第8話 英傑と契約スキル
意識領域空間の中。ハヤトは再びここに訪れていた。今度は意識がはっきりしている。周囲には粒子が散乱しており、それは時折妖しい光を放ちながらどことなく漂っている。
「ここはどこだ?」
そんな応答に応えるかのように向こう側から声が聞こえる
『こっちにいらっしゃい』
体が急に拘束されたかのような感覚に陥り、そのまま引き寄せられる──気ついた時には一人の人間らしき人物と共に立っていた。
「ここは一体どこなんだ?」
そう尋ねると、その人物はクスクスと笑って答えた。
「ここは天界です」
「……やっぱりここは天界か。思ってたのとなんか違うな」
「悪かったですね、思ってたのと違くて。今回は私が天界治安委員会として直接呼び出しました。」
「……あんたは一体誰なんだ?」
「私は……そう、天使です」
確かに、天使の風格がある。ハヤトはその天使に聞きたかったことを尋ねることにした。彼女はまたクスクス笑った。
「ええ、そのためにあなたを呼び出したのです」
「──天界治安委員会ってなんだ?」
「いきなりそこの話ですか。それなら、はじめにこの世界について話します」
天使エレノアが話した内容はこうだった。
──この異世界というのは元々地球の『パラレルワールド』であり、平行線世界だった。だが、以前施した魔王の封印が解けようとしており、以前と同じようになんらかの方法で本来の世界との接触を図った、というものだ。なんらかの方法で、と言ったのはこれは天界治安委員会が決定した極秘事項であり、人に教えてはならないからだ。ちなみにそれはパラレルワールドの文明がかつて地球よりも発展していたため可能なことだった。逆に地球から接触することはほぼ不可能に近い。それを可能にするためには地球で膨大なエネルギーが必要だ──
一通り聞いたハヤトは地球との時間差はあるのかと聞いた。
「いえ、この世界の暦とあなた方の世界の暦は少しずれがあります。生憎──」
彼女は『世界』に目を向ける。
「私たちもこの世界の正確な暦は把握できていません」
──つまり、今地球とこの世界の年差がわからないってことか。
「──話を戻しましょう。以前の英傑はSランク冒険者を何人か集めて討伐にかかりましたが、それでも魔王の方がやや優勢でした。もっとも、彼は自分の判断ミスとか言っていましたけど」
近くに浮いていたマグカップを一口啜った。
「そこから天界治安委員会というものが発足しました。そこでは、魔王復活に備えるため英傑候補を探し出したり、主にこの世界を守るために動いていたりしています。それで、あなたが今回の英傑に選ばれたんです」
「なるほど……って全然理解できないんだが。そもそも英傑って?」
「あなたはすでに特殊能力を使っているはずです」
『あれなのか?普通のスキルではなく?』そう彼が内心ぼやいてしまうのも無理はなかった。
「あなたが脳内で映像化しているものは系統外魔法と呼ばれるものです。本来ならあの魔法は英傑固有スキル──つまりあなたが唯一所持している契約スキル──で会得できるものです。ですが、私どもの手違いで少々早めに与えることになってしまいました。あなたは体質上、スキルを体内で自動変換し魔法に変えています。そのため本来では視えない空間上の魔法を定義する粒子、『対零基子』、そしてスキルを定義する『零基子』があなただけ特別に視えています」
ハヤトは自身が扱っていたのもがスキルではなく魔法だと知り、一人納得していた。文献を読み漁ったりしても見つからなかったことにも説明がつく。
「つまり、俺はスキルは一切使えない。その代わりに魔法を使える、っていう解釈であってるか?」
「ええ。契約スキルを除けば、そのような解釈になります」
「その契約スキルってなんだ?」
「そう慌てないでください。今から説明します。契約スキルとは、相手と特別な契約を交わすことのできるスキルです。これを使うことで、貴方様の従者になることを条件に相手から情報体の一部を借りることができます。そして強力魔法が構築されます。例えばあなたが定義した三つの魔法の正式名称は『剣技残像』、『加速』、『螺旋結界』です。契約スキルがなくても威力は少し劣ってしまいますが、魔法を自身が直接生成し、定義することができます」
だんだん話の筋が見え、これからの展開を想像できた彼は急に背筋が寒くなるのを覚えた。
「そこであなたにはこの世界でもトップクラスのライセンスを持つSランク冒険者を見つけ出し、魔王討伐をお願いしたいのです」
──やっぱりか……結局英傑というのは魔王討伐をするものなのか。それに、魔王討伐をするのなら明らかに強い方がいい。つまりSランク冒険者を仲間に引き入れることが必須だ。
「わかった。要は仲間をパーティにして魔王討伐をしてくれ、ということだな」
「話が早くて助かります。では、この件よろしくお願いします」
──いや、まだ受けるとは言っていないんだが。
視界がぼやける。だが、ハヤトにはまだ確認しておかなければならないことがいくつかあった。
「ちょっと待ってくれ、まだ聞きたいことがある」
「なんですか?」
「契約スキルってどう使うんだ?」
「それは……まあ発動しようと念じれば勝手に発動しますのでお構いなく」
最後の言葉はよく聞き取れないまま、ハヤトは光に包まれた…。
◇ ◇ ◇
魔界──魔王城にて。
魔王復活計画は着々と進められていたが、完全復活にはまだ程遠い。そこでは魔王最高幹部──デルタスが指揮をとっていた。
「デルタス様、発言をお許しくださいますでしょうか」
「うむ、何だ、カル」
カル──彼は魔王幹部の中の一人である。そして魔王軍第十部隊軍団長でもある。
「エルセルト街進軍準備が整いました。いつでも進軍を開始できます」
「おお、よくやった。そうだな…では一週間後に進軍を開始せよ」
「承知いたしました。では一週間後の夜、この私めが指揮をとり進軍いたします。必ずエルセルト街を壊滅させて参ります」
「頼んだぞ、カル」
そう言うと玉座の間から姿を消した。
「今度こそエルセルト街を壊滅させる」
デルタスは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。エルセルト街はかつて、エンラスト大帝国と呼ばれており高度な文明を築き上げていた。当時そんなことも知らず、デルタスが指揮をとった時、高度な文明兵器によって自分の部下を全滅させてしまっていたのだ。だが、その後エンラスト大帝国は大戦争に巻き込まれ、その中で文明が消え去ってしまった。いい機会だと思い進軍したが次は英傑とやらに壊滅させられ、片腕を失った。つまりデルタスはあの土地に住んでいる人間にすでに二回敗北しているのである。そんなことを思い返していると、自然に右手に力が入り、怒りの感情が込み上げてくる。だが、その怒りは意外な人物が玉座の間に入ってきたことで収まった。
「誰だ──ってお前か、ダティエス。珍しいな、お前がくるなんて」
ダティエス──彼はデルタスの古い友人である。彼もまた、魔王復活計画の実行者の一人である。
「ちょっと妙な話が入ってな、それをお前に伝えにきた」
「というと?」
「うむ、何やら最近エルセルト街に入ってきた冒険者が異常なスキルを持っていて、次々に魔物を討伐しているらしい。これから進軍をするなら気をつけた方がいい」
「……」
よもやエルセルト街でそんなことが起こっているとは。だが、今更進軍を辞めるわけにはいかない。
「了解した。こちらも気をつけて動くとしよう」
「要件はそれだけだ。またな」
そういうと一瞬のうちに暗闇に包まれ、目を戻した頃にはすでにいなくなっていた……。