第7話 試練と英傑候補††
視点切り替え
──††カリナ視点──
「──っ!!カリナ、上だ!!気をつ──!」
言葉を話し終える前に何かが降ってきた。その何かが私とハヤトを分断してしまう。
「ギャキキキキャャャーーーー!!」
それはいわゆるゴブリン王と呼ばれるものだった。全長はざっと四メートルくらいあり、両手には棍棒が握られていた。何だかとても嫌な予感がする。
「大丈夫か?」
「このくらいなんてことない。けど、上級モンスターなんて久しぶり」
口ではそう言っているものの、これは上級モンスターなどではないことは確かだ。おそらくSランク冒険者ですら苦戦するという超級モンスター、あるいは魔王軍の手下なのかもしれない。だが、私はそんなことおくびにも出さずハヤトに近づき、『攻撃強化』を施した。
「とりあえず、両方から挟み撃ちだ!」
彼は右サイド、私は左サイドで攻撃を繰り出す。だが、その攻撃が魔物に当たることはなく、思いっきり吹っ飛ばされた。
「──っ!!」
私は硬い洞窟の床に背中を打ちつけた──かと思うくらいギリギリで着地する。正直久しぶりの大物の戦いで身体の感覚がにぶい。だが、これくらいで倒れるような戦士ではない。ふと彼の方を見ると何やら合図を送っていた。
──ハヤトに何か作戦があるの?あの超級モンスター相手に?
そんな疑問もあったが、とりあえず即行動に移す。彼がゴブリン王の間合いを詰めている。
「チェンジ!!」
その重圧を押し返すように剣を振る。周囲にはどっちのものか分からない血が火花と一緒に宙を舞っているが、それを悠長に眺める私ではない。
「カリナ!!」
あらかじめ待機していた場所から、チェンジと同時に技を繰り出す。斬撃スキル『神技滅殺』。魔物の隙をついてその技の名前通り滅殺する──が、傷ができたところが即座に回復してしまう。
「へえ、これくらいじゃ殺せないか」
これは明らかに私の強がりだ。実際のところ、内心ではかなり焦っていた。
「次の攻撃に備えろ!」
力強く頷くと防御スキル『防御結界』を展開させた。
彼との両方に防御結界が施された──と同時に魔物の攻撃が放たれる。両腕に持った棍棒の二連撃、からのコンボ技。だが、結界のおかげで何とか持ち堪えることができた。
「大丈夫か?」
「これでも私はSランク冒険者。特に問題はない。多分あの魔物の魔力供給場所はあの両肩の魔石だと思う」
さっきの攻撃の時、確かに私は見ていた。回復する寸前に肩にある魔石が妖しく光ったことに。
「次の攻撃で仕掛けるぞ!」
ゴブリンロードはまたコンボ技を繰り出そうとしている。
「そうだ!カリナ、俺に身体強化スキルと爆発スキルを打ってくれ!」
いきなりそんなことを言ってきた。だが本来、そんなスキルの使い方は当然しない。
「でもそんなことしたらハヤトの体が!」
でもこの状況でどうにかする手段は持ち合わせていない。それは私にも分かっている。
「俺があのゴブリン王の魔石を砕く。だからあとは頼んだ」
「……わかった」
彼に身体強化スキル『瞬足』を施した。
「じゃあ、いくよ!」
『爆風竜巻』
途端に彼が私のスキルで吹っ飛んでいったのが見えた。そこからでは見えないが、おそらく気絶しかけているんだろう。一つ、また一つとハヤトの背中にある結界が崩れていく音がする。爆風と瞬足のおかげでかなりの速度でゴブリンロードとの間合いをつけていく。そして彼は以前私に見せてくれた技を発動させた。その発動は詠唱を伴うものではなく、一秒ですらかかっていないかもしれない。彼の後ろにいつの間にか影分身ができている。私がそれを目視したのとハヤトが二つの魔石を割るのがほとんど同時だった。その隙をついて、私は呼ばれた。
「カリナ!後は頼む!」
そして──肉体的に限界を超えていた彼は深い闇に呑まれてしまった。私は魔石を失ったゴブリン王に狙いをつける。魔石がなくなれば一気に上級モンスターに降格する。ゴブリン王は奇声をあげ、再度攻撃しようと棍棒を振り回していた。身体強化スキル『瞬足』を施し、身体にかかる負担を最大限減らしておく。そして──銀髪が朱色を帯びた。
『秘技解放:血滅紅魔剣』
数多の血が剣先に集まり、鋭いもう一つの剣が顕現した。そのまま高速でゴブリン王の背後に回り込む。魔石を失ったゴブリン王は死に物狂いであちこちに攻撃をしていた──もはや目の前にいる戦士なんてお構いなしだ。私は背後で大きく跳躍し、もう一つの秘技を発動させる。通常スキル『分身剣舞』の強化版。
『秘技解放:黒殺剣舞』
二つの剣を持った分身が一人、ゴブリン王の足元目掛けて斬る。その隙を逃さず、私は片方の血の剣を本来の剣に纏わり付かせ、その勢いで一気に八つ裂きにした。その剣はもはや妖刀と言っても差し支えないかもしれない。勝負は一瞬にしてついた。ゴブリン王は叫ぶまもなく一気に崩れ落ちた。心臓あたりにあったもう一つの魔石が顕になる。それを拾い上げ、私は彼の元へ向かった。
◇ ◇ ◇
数分後、ハヤトはカリナの呼びかけによって意識が戻っていた。
「ぁあ、カリナか。……それで、倒したのか?」
「大丈夫、私がしっかりとどめさしておいた。ほら、魔石」
カリナに手を伸ばそうとしたが、苦痛で顔が歪む。
「っ!!」
「じっとしてて。今止血するから」
包帯などを巻いてもらっている間、ハヤトは空虚な洞窟の天井を眺めていた。
──あのゴブリンは一体なんだったんだろうか。どうしてこんなところにいたのか。
「ハヤト?」
「ああ、ごめん。なんでこんな洞窟にいたんだろうなって考えてた」
「……確かに。昔はこんなところにいなかったのに」
「今なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。それより、少し休んだら出口探さないとね」
「そうだった。まだ俺ら閉じ込められたままだった……いっそのこと、カリナの秘技で破壊したらどうだ?」
柄でもなく冗談を言う。それは彼の気が抜けたからなのかもしれない。彼女は苦笑しながらそれに応えた。
「そんなことしたら地上が大変なことになる。ほら、ここの洞窟かなり広いし」
「それもそうだな……まあとりあえず、少し寝るか」
地上ではもう真夜中だ。再びハヤトは眠りについた。
◇ ◇ ◇
ハヤトは確かに眠りについた──はずだ。だが、現に立っている。頭はあまり働いていないらしく、さっきからボーッとする。……といきなりあたりから声がする。
『ハヤト様、ハヤト様』
ハヤトは誰もいない虚空に向かって声を出す。
「俺がそのハヤトだが、なんか用か?」
『この度、天界治安委員会の決定に則り、ハヤト様──もとい霧崎隼人様を正式にこの世界における英傑とすることが決定いたしました。つきましては──』
彼はさっきから言っていることが全く理解できずにいた。様々な疑問が波となって一気に頭の中を駆け巡る。
──俺が英傑?天界治安委員会ってなんだ?
だが、そんな考えも虚しく、話はどんどん進んでいったが途中でぷつんと視界が切れた。
◇ ◇ ◇
はるか上空の天界より。そこには天界治安委員会の一人である天使が椅子に座って地上が見える球体を見ていた。そこから見えるのは彼である。彼を眺めながら天使はひと段落ついたとでもいうようにぼーっとしていた。その後はっと我に帰り、んーっと伸びをした。
「──これで私の役目もひと段落ついたわ。私の目に狂いはなかったようね。これからの彼の活躍が楽しみだわ」
そういうと彼女はふふっと笑って紅茶を啜るのだった──。
◇ ◇ ◇
「……ト」
何だか聞き覚えのある声がぐぐもって聞こえる。
「ん…ん?」
「よかった。大丈夫?」
どうやら先に目覚めたのはカリナで、あんまりにも起きないハヤトを起こしにきたという訳らしい。それも小さなハヤトの寝袋に入って。
「ああ、俺は大丈夫だ…ってああああああああ!!」
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃねーよ!なんで俺のところに入ってきてるんだ」
「……てへ」
「てへ、じゃねーよ!朝から人を驚かせるな」
──だめだ。頭の中がガンガンする。
ハヤトは夢の中で起きたことをカリナに話した。
「本当?ってことは、私英傑のハヤトと旅できるってことだよね」
「……お前が望むならそうなるな」
彼女はガッツポーズを虚空の空に向ける。だが、数秒間そのポーズでいると急に恥ずかしくなったのか、『なんか反応してよ』とか言いながら顔を赤くして座った。
「で、ハヤトはこれからどうするの?」
「そうだな…いずれ北方の地の魔界に行かなければならないけど、とりあえずはまったり冒険でもしようかと思ってる。それに仲間も見つけないとな」
「そうね。もしかしたらこれから仲間が増えるかもしれないし。とりあえずは魔物を倒したりして、自分のスキルを磨かないと」
「これ以上強くなる気かよ」
ハヤトは笑いながらそう応えた。
「とりあえず、問題はどうやってここから脱出するかってことだ。魔物を倒したら必然的に外に出られると思ってたんだが…」
そんな話で盛り上がっていたが、未だ彼らは洞窟の中から抜け出せていない。
「ハヤト、ちょっとこっちきて」
「一体どうしたんだ?」
「ハヤトが寝てる時にちょっと気になったものを見つけて……」
ハヤトは言われた通りの場所に視線を動かす。とそこには地上へと繋がっているであろう階段が出現していた。だが、よく見てみると、階段全体に水の膜が張り巡らされている。
「まだここにもトラップがあるのか。一体こんなもの誰が作ったんだ?」
ハヤトは呆れながら階段に近づいた。古代文字だと思われるものが書かれている。
『ここを通る者、一切の迷いを捨てよ。全身に神経を集中させ、自らを清めよ。さすれば汝の願い、聞き届けられよう』
「これどういうことなんだ?」
しばらく考える様子をしてから口を開いた。
「これ、自らを清めろ、って秘技的なもの?でもハヤトは使えない……」
特に何か思ったわけでもなく、その石碑に触れてみる──いきなりその石碑が発光し始めた。
その途端、ハヤトの意識は再び途切れることとなった。