第6話 陰謀と試練
──魔王城にて
「様子はどうだ、カル」
「はい、デルダス様。ただいまエルセルト街への進軍準備を開始しております。もうまもなく進軍を開始する予定です。魔王様の様子はいかがですか?」
「うむ、魔王様復活計画は今のところ順調に行っている。これ以上邪魔が入らなければ、もう少しだろう。貴様も気づいているだろうが、最近冒険者どもの動きが活発になってきている。いいか、くれぐれも冒険者を侮るな」
「は、承知いたしました。では私はこれで」
そう言うとカルと呼ばれた魔族は王室を出ていく。
「冒険者、か。久しいな、今回はどんな奴らを送り込んでくるのやら」
デルタスはくっくっくっと笑った。
「此度も全員殺してやるわ。さあ、冒険者ども来るがよい」
そうしてデルタスは書斎に戻って行った…。
──閑話休題──
カリナはご飯のいい匂いで目が覚めた。ハヤトは彼女が寝ていることを尻目に料理を作っていた。慣れない手つきでなんとかご飯を作ることに成功した。
「ん…これ何の食材の匂い?──何だかとても美味しそうな匂いがする」
「ああ、これのことか?」
ハヤトはまさに今持っていた肉を持ち上げてみせる。手にしたのは、先程──数時間前に倒したゴブリンの肉片だった。本来であれば魔石に変化するのだが、特殊な薬草を使うことによって姿形を保ったまま魔石だけ取り除かれる。これはハヤトが冒険者から──酒場から仕入れた情報だった。
「それって……さっきのゴブリン?」
「ああ。どうやらゴブリンの煮込みはうまいらしくてな。食べるか?」
「──食べる」
今にもよだれが飛び出してきそうな勢いのカリナを嗜め、スープをお皿に盛り付けた。
「なにこれ……!美味しい」
「意外といけるだろ?まあ、作ったのは初めてだが」
「そうなの?」
そんな話をしながらカリナはそうそうハヤトが盛り付けた料理を完食してしまった。
「──よし、一休憩終わったし、これから夜の探索にでもいくか」
夜になると一風変わった魔物が低確率で出現する。そしてその食材はとても美味しいらしく、高価で取引されるものだ。ハヤトらはそれを探しに森の深部に再び潜った。しばらく森林の中を探索していると、小さな洞窟を発見した。その洞窟の中は、何かのスキルなのか光をつけても遠くまで見通すことができない。だが、ハヤトは全身に悪寒が走るような感覚だけは至る所に感じていた。カリナも同じようで、耳と尻尾の毛が逆立っている。
「ハヤト、この先に大物がいる」
カリナがそう喚起する。
「……ここは一旦引き返そう」
ハヤトは同じように思っていたため、急いでもと来た道を引き返し始めた。
「出口ってこの辺だったよね?」
数分探しても入ってきた洞窟の穴は見つからない。焦りを感じ、より一層必死になって探し始めたがやはり出口は見つからなかった。なにかしらの仕掛けで外部との接触を絶ったのだろう。ハヤトは再び洞窟に広がっている暗闇に目を向けた。
「ということはこの先に進むしかなさそうだ」
「──私がいる限り大丈夫」
奥に進むにつれて悪寒が強くなり、気配も濃くなる。ハヤトたちは洞窟の最深部だと思われるような場所に辿り着いた。
「ここを突破すれば地上に帰れるかもしれない。カリナ、準備はいいか?」
「うん、大丈夫。気をつけて」
「わかった──じゃあ、いくか」
息が苦しくなるような重圧に抗うように重い扉を開けた。
「──ん?何も…ない」
とりあえず中心部まで行ってみる──だが、中心に立つか否かというところでいきなり気配が濃くなる。
「──っ!!カリナ、上だ!!気をつ──!」
言葉を話し終える前に何かが降ってきた。その何かがカリナとハヤトを分断してしまう。
『ギャキキキキャャャーーーー!!』
それはいわゆるゴブリン王と呼ばれるものだった。全長はざっと四メートルくらいあり、両手には棍棒が握られていた。それから発せられるオーラの濃度にハヤトは驚きつつも体制を立て直す。
「大丈夫か?」
「──このくらいなんてことない。けど、上級モンスターなんて久しぶり」
上級モンスターと言ってはいるが、対象ランクはA〜Sランクだ。本来であればAランク冒険者六人のパーティでギリギリ倒せるくらいだった。一旦陣形を立て直し、カリナの『攻撃強化』を受けた。
「とりあえず、両方から挟み撃ちだ!」
ハヤトは右サイド、カリナは左サイドで攻撃を繰り出す。だが、その攻撃が魔物に当たることはなく、思いっきり吹っ飛ばされた。
「──っ!!」
咄嗟に脳内で障壁をイメージする。そのイメージに則って粒子が運動を始め、事象を書き換えることで結界が具現化した。
「ゔっ!!」
岩の壁に当たる寸前のところでギリギリ耐えだが、やはり衝撃は大きかった。左手から血が流れ出ている。だが、そんなことを気にする暇もなく魔物は次の攻撃に入ろうとしている。
──どんなに重いものであろうと、俺が防いでみせる!
それがハヤトの願いだった。カリナに目で合図してから彼は走って前に行き次の攻撃を間一髪で受け、そして叫ぶ。
「チェンジ!!」
その重圧を押し返すように剣を振る。周囲にはどっちのものか分からない血が火花と一緒に宙を舞う。だが、そんなことを気にしている余裕はない。あらかじめ待機していたカリナが彼のチェンジと同時に技を繰り出す。斬撃スキル『神技滅殺』。そのスキルでカリナはゴブリンロードを斬った──が、傷ができたところが即座に回復してしまう。
「へえ、さすがは上級モンスター。これくらいじゃ殺せないか」
──これってあの魔石のせいなのか?
ゴブリンロードの両肩に魔石が埋め込まれている。だがそんなこと考えている暇もなく、次々と攻撃を仕掛けてくる。
「次の攻撃に備えろ!」
力強く頷くと防御スキル『防御結界』を発動させた。
ハヤトとカリナの両方に防御結界が施された──と同時に魔物の攻撃が放たれる。両腕に持った棍棒の二連撃、からのコンボ技。カリナの結界のおかげで何とか持ち堪えることができた。
「大丈夫か?」
「これでも私はSランク冒険者。特に問題はない。多分あの魔物の魔力供給場所はあの両肩の魔石だと思う」
カリナはハヤトと同じ見解を示した。ゴブリンの両肩には一際大きな魔石が埋め込まれている。それを砕かなければいつまで経っても回復されてしまう。彼はそこを第一目標に定めることにした。
「次の攻撃で仕掛けるぞ!」
ゴブリン王はまたコンボ技を繰り出そうと溜め始めた。
──今の力ではあの攻撃を防ぎきれない。どうする?
「そうだ!俺に身体強化スキルと爆発スキルを打ってくれ!」
「でもそんなことしたらハヤトの体が」
しかしこの状況でどうにかする手段は持ち合わせていない。それはカリナの方も同じだった。
「俺があのゴブリン王の魔石を砕く。だからあとは頼んだ」
「……わかった」
その前にハヤトは自分でもイメージによって障壁を作り出した。そこにカリナが身体強化スキル『瞬足』が加わり、かつてない体の軽さを実感していた。
「じゃあ、いくよ」
カリナは攻撃スキルを発動させた。
『爆風竜巻』
途端にハヤトの背中に強烈な力を感じる。一瞬でも気を抜けば、爆風で自分がかなりのダメージを負ってしまう。それほどに危険な賭けだった。気を失いそうになるのを必死に抑え、ゴブリン王の右肩にある魔石に狙いをつける。一つ、また一つと背中にある結界が崩れていく音がする。だが、そんなことに構っている暇はない。爆風と瞬足のおかげでかなりの速度でゴブリン王との間合いをつけていく。その風圧に耐えながらも剣をしっかり構え、そのままその足で高く跳躍する。そして「カウンターによる影の先制攻撃」をイメージした。脳内で定義し終えた時、聞き慣れた超音波音が聞こえてくる。そして彼はイメージによって空間の事象を一時的に書き換える。より具体的には「空間粒子の自由運動」から「空間粒子をある方向へとベクトル運動させる」という事象に書き換えた。それにより、ハヤトの技が発動する。ゴブリン王がハヤトを目掛けて棍棒を振り上げる。それを受け止め、『カウンター』を発動させる。分身が後ろから攻撃を仕掛ける。ゴブリン王がその攻撃を防ごうと一瞬隙を見せた時──ハヤトの剣がゴブリン王の右肩にある魔石に刺さり──そして、割れた。対し、彼の影武者の方は左肩の魔石をほとんど同時に割った。その瞬間、事象書き換えが解除される。ハヤトの影もそれと同時にいなくなった。その隙をついて、カリナに向かって叫んだ。
「カリナ!後は頼む!」
そして──肉体的に限界を超えていたハヤトは深い闇に呑まれた。