第5話 天使とフランの苦悩††
英傑の能力は主に『契約スキル』を使用することによって得ることができる。『契約スキル』を使えば本来なら特殊スキルを得ることができるのだが彼の場合、『系統外魔法』に体内で変換されてしまっていた。元々、彼はこの世界の住人ではない。それが──その情報体が──スキル習得を拒んだのだ。それゆえ、彼が所持している技はスキルではなく、この世界に本来存在しない魔法だ。そのため、水晶が反応しなかった。脳内でイメージし、その情報体を媒介にしてこの世界の根幹に深くアクセスしている。本来ならこの世界で魔法を使えるという事象はありえないはずなのだが、フランは独自で階梯魔法というものを作った。それをフランはひた隠しにしている。そんな彼が作り上げた『階梯魔法』は『系統外魔法』の下位互換だ。つまり、この世界で彼は魔王ですら凌駕するほどの最強になってしまった。エレノアが知ることができたのはここまでだった。対し、『契約スキル』は未だに健在で彼はその力を変換できずにいる。(彼が唯一所持しているスキルと言っても過言ではない)契約スキルは相手と契約することによって生まれる新スキル、彼の場合は新魔法が手に入るもののことだ。そんな本来契約でしか得られない魔法を彼女は早々に三つもこの男に与えてしまった。具体的には『剣技残像』、『加速』、『螺旋結界』だ。どちらも魔法としての脅威度はほぼマックスに達していた。彼女──エレノアは、天界にある椅子に座って彼を見ていた。(もはやストーカーに近いのだが、当の彼女はそんなこと微塵も思っていなかった。)彼に先に与えてしまった系統外魔法を使用するところを見ていた。手元にある、紅茶を一口啜ろうとするが途中でやめて宙に浮かせる。これも、以前の英傑が作った階梯魔法の一種である。今某ギルドでギルドマスターをしている。
──彼に系統外魔法はまだ早かったかしら。
とはいえ、与えてしまったが故、後の祭りである。彼女は早々に後悔していたが、とりあえず経過観察することにした。
──そうだ、彼にちょっとした試練を与えよう。
そう思った彼女は早速その試練の下準備に取り掛かったのだった。
◇ ◇ ◇
──エルセルト街・冒険者ギルド、受付カウンターの奥の一角にある、フランの部屋──
彼は絶賛倒れるかと思うほどに興奮で胸が高まっていた。ハヤトという新米冒険者が連れてきた彼女に対して。
「ハヤトか、ってそこにいるのは……まさか!」
「ご無沙汰している。エルセルト街・ギルドマスターのフラン」
フランは呼びかけたままの動作で硬直していた。だが、脳内ではその画像がしっかりと処理されている。
──彼女が、ここにいる?いや、待て、彼女は死んだはずじゃ‥‥‥。幽霊じゃ、ないよな?
確かにフランはSランク冒険として何回も顔を合わせている。しかし、実際に真正面から見るのは初めてだ。いつもはフードをしているのでよく視えていなかった。声はなんとなくそんな気がしただけで単なる偶然だと思っていた。
──彼女の名前、Sランク冒険者という称号、どれをとっても彼女そのものだ。二◯◯◯年前に死んだ、アリナにそっくりだ。
彼はどう声をかけようかと迷う。
──だが、彼女は俺のこと、覚えているだろうか。確かに俺は知っているが彼女が覚えているとは限らない。
とりあえず、ハヤトに肩を組んで耳打ちする。
「なんでお前がカリナをつれてるんだ?」
「色々あって……」
流石にギルドマスターの立ち位置を使って人を詮索するのはよくない、そう思った彼はひとまずひくことにした。
「まあ、あれこれ散策するのはやめておくよ。それに、マナー違反でもあるしな、ギルドマスターの俺がそれを破るわけにもいかん」
フランは彼女に再び視線を戻した。できるだけ平然とした顔を作って問う。
「それで、本部ギルドからの呼び出しか?」
彼女は困ったような顔を作りながら横に振った。
「そうじゃない。今日来たのは所属パーティの変更手続き」
「そうか、解った。少し待ってろ」
フランはそう言うと奥にある記録用紙を探すために姿を消した。彼女が視界から消えた瞬間、さっきまで押さえていた興奮が再び蘇る。今すぐにでも彼女に俺の正体を明かしたい。
──でも、あの時俺の判断ミスで彼女を殺したんだ。彼女に合わせる顔がない。
彼が彼女にそのことを告白しても、『あれは事故だ』の一点張りでおそらく怒ってなどいないだろう。だが、その一歩を踏み出す勇気はもう彼から消え去っていた。そもそも彼女がアリナの生まれ変わりであるという確信はどこにもない。この話はあくまで「彼女が転生している」という前提条件のもと成り立っている。その前提が間違っていれば彼は余計な恥をかくことになるだけだ。そんなことを考えていたらいつの間にかかなりの時間が経っていることに気がつき、慌てて元の作業に戻った。
「すまんな、少し資料が多くて。それで、パーティの変更、だったな」
「お願い」
「──よし、終わったぞ。これでハヤトのパーティになった。二人とも、頑張れよ」
彼女らが見えなくなったところで、フランは深いため息をついた。
「俺がここまで動揺させられたのは久しぶりだ。これも何かの縁ってことか、なあ、エレノア。‥‥‥いや待てよ、もしかしたらあいつらも‥‥‥!」
誰もいない空に向かって一人、そう呟くのだった。