第4話 パーティ結成
「お久しぶりです、ギルドマスター」
「ハヤトか、ってそこにいるのは……まさか!」
「ご無沙汰してる。エルセルト街・ギルドマスターのフラン」
彼はしばらく動けずにいたが、我に返り首に手をかけてハヤトに耳打ちした。
「なんでお前がカリナをつれてるんだ?」
「色々あって……」
ハヤトは適当に誤魔化すように頬を掻く。本当はあの小さい子供だったなんて到底言えるはずもなかった。
「まあ、あれこれ散策するのはやめておくよ。それに、マナー違反でもあるしな、ギルドマスターの俺がそれを破るわけにもいかん」
彼はカリナに再び視線を戻した。
「それで、本部ギルドからの呼び出しか?」
カリナは困ったような顔を作りながら横に振った。
「そうじゃない。今日来たのは所属パーティの変更手続き」
カリナは淡々とフランに理由を伝えた。
「そうか、解った。少し待ってろ」
フランはそう言うと奥に消えていった。
「マスターとは知り合いなのか?」
「ギルドマスターの会合に出席した時にあった」
彼女は少し──言葉を濁した気がした。それっきりカリナは言葉を発しなかった。数分後、フランが書類を持って戻ってきた。
「すまんな、少し資料が多くて。それで、パーティの変更、だったな」
「お願い」
「──よし、終わったぞ。これでハヤトのパーティになった。二人とも、頑張れよ」
「ありがとう」
二人のやりとりを微笑ましくギルドマスターのフランは眺めていた──彼らが冒険者ギルドから完全にいなくなった後でフランは回りきっていない頭で思案を始めた。
──カリナ、か。俺のこと、覚えてるだろうか……いや、そんなこと怖くて聞けたもんじゃないな。カリナはあいつにそっくりだ、なんて言えない。俺のせいで……。
そんなこんなで思案していたのだが、その思案は騎士団副団長の声によって消え去った。
「おお、エリック、戻ってきたか。それで今魔物の群れはどうなっている?」
「申し上げます、フラン様。先ほどエルセルト街周辺を回っていたのですが、どうやらここ数ヶ月で魔物の量が少し増えたような気がします。そして冒険者ギルドへの依頼数も徐々に増えているそうです」
「ということは……魔王軍か」
フランも魔王軍の現状についてはある程度把握している。フランらには追い返せるほど強力な戦力がなく、結局放置していた。そして今その状況が新たに動き始めたのだ。
「いかがなさいますか?」
「うむ、とりあえず冒険者たちで少しずつ魔物を狩っていこうと思っている。彼らが動いてくれるのを待つしかない」
「彼ら、と申しますと?」
「ああ、さっきこっちにきていた冒険者二人だ。あいつらは私からみてもかなり見込みのある奴だと思う。もしかしたら魔王を討伐してくれるかもしれないし、な」
「なるほど、ギルドマスターがおっしゃるということは余程の方々なのですね……。では、私たちは引き続き調査を行なってきます」
「また何かあったら教えてくれ」
そう言うとエリック騎士団長は部屋を後にした。再びため息が漏れる。
「──このエルセルト街が魔物に包囲されることは避けなければならない。よし、私もやるべきことをしよう、冒険者を死なせないために」
冒険者ギルドマスター・フラン。彼は現役時、Sランク冒険者を超越する存在──英傑である。だが、それは今となっては昔のこと。とは言っても別に力が衰えている訳ではない。彼は一種の『封印』によって英傑の力を出せずにいた。彼もハヤトと同様転移者だ。そして、日本・第三魔法研究所の第一被験者。彼はある人物の試みを成功させるため自ら被験者になったのだが、詳細は思い出すことができなかった。彼は早く日本に帰還したいと願っていたのだった。
◇ ◇ ◇
「ハヤト、この服とあの服どっちが似合う?」
ハヤトらはと言うと、冒険者ギルドを後にしてから早速防具店へ向かった。ちなみに武器の方はもう調達済みである。
「いや別に耐久性だけあればそれで十分だろ」
「もっと真剣に選んで」
「そんなこと言われてもな…」
カリナから少しだけ、気持ち程度に目を逸らす。さっきからやたらと胸を強調するような服を選んできてはハヤトにいい悪いを聞いてくる。
「一応女の子なんだけど」
「そ、そんなこと言ってないで早く決めろ」
「わかった。じゃあ、これならどう?」
「…耐久性には少し劣るがまあ悪くないんじゃないか?」
「ハヤトはこの服装、好き?」
「いや、似合ってると思うが」
本当は控えめに言ってかなり可愛い。だが、ハヤトは男のプライドとして素直に褒めることができなかった。一方でカリナの方はその返事で満足したらしく、すでに買うことを決めていた。
「これ買ってくるからちょっと待ってて」
タタタっとカリナは会計に向かった。数分経って、彼女は買った服を着替えて出てきた。
「じゃあ、装備も揃ったし早速行くか」
「冒険者依頼は取らないの?」
「流石にいきなりは取らない。少し二人で練習してからだな」
──閑話休題──
森林──カリナによれば、ここはエンライト森林らしい──に出て最近ハヤトが狩場にしていた場所に向かった。そこには薬草などが適度に生えていて、基本的に傷口はその場で治すことができる。最も、カリナには必要ないとハヤトは思っていた。
「よし、この辺でいいか。それじゃあ試しに近くにいるゴブリンたちを倒すか」
「じゃあ私から」
そういうとカリナはスキル『察知』を発動させ、周囲のゴブリンの数を測ってから本命のスキル発動させた。体が影によって分裂し、それを放つ。
『分身剣舞』
瞬時の間に数匹で群れていたゴブリンはあっという間に串刺しになった。ものの数秒で片付けた彼女にハヤトは感嘆を隠せなかった。とはいえ、これくらいSランク冒険者にとって朝飯前のものだった。
「私のスキル分身剣舞。体を疑似的に分離させて動かすスキル」
「すごいな、さすがだ」
「秘技スキルもあるけど……使ってもいい?」
ハヤトは周囲を見回し、近くに人影がないことを確認してから了承した。
「わかった。一応最低火力まで落とすけど、身を守っておいて」
ハヤトは言われた通り少し離れ、脳内で『障壁』をイメージした。それによって空間に事象変更がもたらされ、二人の間に結界が施された。
『秘技解放:爆炎光』
剣先からとんでもない速さでかつ高熱の光の玉が放たれる。だが、この光の玉はみることができず、目視できたのは周辺の木一帯が燃えていることだけだった。いや、燃えている、という表現には少し語弊がある。というのも残っていたのはすでに焼け焦げて灰になったものだけだったからだ。カリナの様子はというと、秘技スキルを使っているせいか、少し髪の先が朱色を帯びている。彼女が剣を鞘に収めると元の銀髪に戻る。
「これ一体どういうスキルなんだ?」
「これは秘技スキルで、Sランク冒険者だけが使えるその人に特化したスキルの総称。つまり奥義の一種ってこと。次はハヤトの番」
「カリナほどすごいかって言われると全然だが……」
散策をしてはや十分。今度はゴブリンではなく、狼に似ている魔物──カリナによるとそれはトシリーらしい──に遭遇した。 意識を剣先に全集中させる。ふうっと息をついて構え直し、脳内にこの世界に来て初めて使った技をイメージする。突如としてその技が発動した。トリシーが牙を向いてこちら側に走ってくる。攻撃をそのまま剣で受け止め、その反動で分身が『カウンター』攻撃を放つ。キン、という生ぬるい音ではなく、グシャっという音がしてトリシーの内臓が潰れ、血があたり一面に飛び散った。
「──私のスキルみたい」
カリナはまるで本当に信じられないものを見たような顔をしていた。とはいっても表情はいつもと変わらず無表情で目だけが輝いていた。
「今のスキルって……」
「ああ、このスキルか?俺は冒険者ギルドでスキルは使えないって言われたんだが。俺にもよくわからない」
そもそもハヤト自身、これがスキルなのかどうかすら解っていなかった。本来なら詠唱することでスキルが発動するトリガーとなるはずなのに、彼は無詠唱でも空間の粒子を操作することができる。しかもその粒子が色覚情報として視えている。これはこの世界では本来あり得ない事象だった。この世界では一般人がスキルをいきなり使えるようになる、というのは珍しくもないケースだ。それゆえカリナは扱えること自体は不思議に思っていなかった。