第3話 Sランク冒険者の少女
宿屋に戻ると、すでに少女が目を覚ましていて、シャロンの手伝いをしていた。日はとうにに沈み切っており、外は真っ暗だ。
「戻ってきたか。目が覚めたのはついさっきのことだよ。そうだ、ついでに挨拶に行ってきな。そこの奥の部屋使っていいから」
ハヤトは用意してもらった奥の部屋へ入った。しばらくすると、まだフードを被った少女がぺこっとお辞儀をして中に入ってくる。体は幼なげだが、その凛とした立ち振る舞いからは年齢以上の何かが現れていた。ハヤトが直感で「強い」と思えるほどだ。それは実際彼女の周りに存在しているオーラから感じ取ることができる。オーラはより強力な相手ほど色素が濃く見える。それは一般的なことではなく、ハヤトが脳内でイメージすることによって初めて現れるものだ。つまり、イメージできない者は色素は愚か、オーラを感じ取ることすらできない。
「その、さっきはありがとう」
「そんなの気にしなくていい。名前は?」
彼女は一瞬の迷いを見せたが、即座にその迷いを捨て名を口にした。
「……カリナ」
「「……」」
ハヤトは何処となく気まずさを覚えたのだが、そんなこと気にも留めず彼女が話し始めた。
「……これからする話、驚かないで聞いて」
「ああ、別に問題はない。話を続けてくれ」
ハヤトがそう言い切ると、少し安堵を示したカリナは体の力を抜く。そして事象変更を体に対して行使した。
「───────」
カリナが口にした言葉は聞き取ることができなかった。だが、それを詠唱し終えた途端、彼女の身体が光に包まれていく。ハヤトは不思議な感覚陥りながらも、それをただ単に眺めている他なかった。そうして数秒経つと、その光は自然に消え去った。光が消え去った後、ハヤトは驚愕に包まれた。そこにいたのはさっきの幼い少女ではなく、体全体が成長した猫耳少女だった。見た目はさっきまで10歳くらい出会ったのに対し、今は大体16、7歳くらいにまで成長していた。先程までの華奢な肢体は消え失せ、いかにも女らしい体つきに変化していた。そして、今の彼女は完全なる全裸だった。だが、幸い大事なところは髪の毛などで隠れていて見えはしなかった。幼かった時よりもオーラの色素が一層濃くなっている。
──目のやり場にかなり困るな。
正直ハヤトは今すぐにでもこの部屋から逃げ出したかったが、そんな真似できるはずもなく。
「これが本来の私。フードを被っていたのは猫耳を隠すため」
この世界では昔から獣人族は奴隷として扱われていた、そうシャロンから聞かされていたのだが、それが本当だとはハヤトは信じていなかった。
「それで、カリナはどうしてあそこにいたんだ?」
今更ながらの質問をハヤトは口にした。カリナの方もそれは聞かれても当然だと思っていたらしく、別に嫌がることなく教えてくれた。内容は割愛するが、要は奴隷として冒険者に雇われ、そこで怪我を負った挙句パーティから追放されたということだった。
──全く、ひどいこともあるもんだ。
「そんなことがあったのか…。その時は今の姿だったのか?」
カリナが「いいえ」と首を振る。
「その時はあの姿のままだった。私は面倒ごとを避けるためにあの姿をしてた。強いけど、それは人に見せるためのものじゃない」
彼女は確かに言った──『強い』と。やはり、とハヤトの感じていたものが確信に変わる。
「カリナは強いのか?」
「さっきの体で冒険者ランクAに相当する。今の体だとSランク。ライセンスカードもある」
彼女は胸を張ってそう言い切った。発展途上の胸が少し揺れる。ハヤトは慌てて彼女の身体から目を逸らした。一方彼女の方は特に恥ずかしさもないらしく、一切顔色を変えずにハヤトを見ている。
──Sランク冒険者か。それなら俺とこの世界を旅してはくれないだろうか。こいつなら利用できるかもしれない。
本来なら、彼女は奴隷商人に捕まった時点で逃げ出すこともできたのだが、そのためにはSランク相当が必要だった。というのも、不運なことに彼女が捕まった組織はAランクが統括しているものだった。流石に少女姿の体では勝つことはできないと考えることは容易だった。本来の力を示すと何かと面倒だったのも事実である。それゆえ、彼女は唯一の逃げ口である冒険者に買われるという選択肢を取ったのだ。
「それで、これからはどうするんだ?」
「…………」
カリナは黙って下を向いてしまった。当然Sランク冒険者であれば、誰かとパーティを組まずとも怪物級モンスターを狩ることはできるだろう。
「──私、ハヤトと一緒に旅をしたい」
「いやそうだよな。そんなことが都合よく行くはず……?今なんて言った?」
「私はハヤトと旅をしたい」
「……マジ?」
その言葉をどうにか口に出してそのままハヤトは硬直してしまった。ここまで上手くことが進むとは考えていなかった。カリナの方はその目に揺るぎない決心の塊が強く刻み込まれている。その決心を根本から崩すような真似、彼には到底できなかった。だが、彼の心で葛藤があったのも事実だ。確かにカリナがいてくれればかなり心強い、しかしそれは私利私欲のために彼女を使うことと同義だ。彼女を自身の目的のために連れ回さない方が良い、というのが彼の本音だった。しかし彼女がいないとこんがかなり大変かもしれない。そんな思惑が彼の心を負のスパイラルに落とし込めていく。数秒考えた後、結局ハヤトはカリナを連れて行くことにした。
「わかった。それなら俺と一緒に旅をしてくれ」
そうハヤトが伝えるとカリナはまだ幼なさが抜けていない童顔の顔で「ありがとう」と笑った。その笑顔に彼は心を少し踊らされそうになった。いや、妖艶の妖魔に取り憑かれたかのような感覚がした、という表現の方が正しいのかもしれない。
「ハヤト、これからよろしく」
ともかく、そうしてハヤトと猫耳少女の旅が幕を開けた。
◇ ◇ ◇
その後シャロンにも話し、しばらくの間この宿の一室を無償で貸してくれた。なんでも、こんな可愛い少女をわけも分からないところで寝させるのは良くない、そう思ったらしい。カリナは元々あまり感情を出さない。しかし、何か予想外の嬉しいことがあるとそんなことも忘れて少女の顔になる。本人によれば、普段の態度はSランク冒険者相応の態度になるためのあくまで演技、ということらしい。彼女の演じ分けは凄まじく、ハヤトが少しでも気を抜けば彼女に惚れてしまうのではないかという具合だ。
「こんな広い部屋を貸してくれるなんて……」
「そうだな。今までこんなところに来たことはなかったのか?」
「結局私奴隷の立場だったから、あったとしても入れさせてもらえなかった」
「そうか…。よし、これからここはひとまず俺とカリナ部屋だ。好きなように使っていいよ」
「本当!? じゃあここにベッドを置いて…」
無邪気に話し始める彼女を見ながら彼は唐突に思ったことを尋ねた。
「そういえばさっきから気になってたんだが、この体のままでいいのか?」
今の彼女は幼い体型ではなく、先程のままになっている。一瞬驚いた顔になったが、いきなり拗ねた表情になった。カリナの目はまるで獲物を追い詰めるかのようだった。むぅ、と口を膨らませてハヤトに詰め寄る。
「……ハヤトはこの体よりも小さい方がいい?」
「いや、別にそんなことは思ってないぞ?ただただ興味本位で聞いただけだ」
「別に今の体で問題はない、って言っても、それはシャロンに正体を明かしたからなんだけど。私の体は古代スキルによって事象変更を体に施すことができる。Sランク冒険者として振る舞う時はこの姿だよ。身分はいくつあってもいいから」
つまり、彼女の言い分はこうだ。一人の行動の時は幼い格好だが、ハヤトと旅をすると決めたことで一人でいる時間が少なくなり、あまり必要がなくなったということだった。正式にパーティに入れば身分を偽る必要がなくなる。そのため彼女は普段から幼い体型をしなくてよくなった。
「理由はもう一つあるんだけど……聞きたい?」
少しカリナの妖艶さが増したような気がしてハヤトは急いでガブリを振った。
「いや、今は聞かなくてもいい。そうだ、カリナ、腹減ってないか?」
今日は何かと奔走していたため、彼は一食しか食べていなかった。というのを今の今まで忘れていた。カリナの方も同じようで、首を縦に振った。
「うん、お腹減ってる。この辺の店にでも行く?」
「そうだな、荷物の整理は後にしてとりあえず何か食べに行くか」
そう言ってハヤトはカリナを連れて飲食店へと向かった。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、レストラン:イート&ハングリーへ。今日は何名様ですか?」
二人はとあるレストランに来ていた。レストランは居酒屋とは違い、さまざまな食事が用意されている。
「えっと、二人で」
「二名様ですね。それではこの座席をどうぞ、ごゆっくり」
ひとまず指定された席につく。座ってメニューを眺め始めてから、ハヤトは少し疑問に思っていたことを聞いた。
「カリナってレストラン来るの初めてか?」
「──昔…ううん、小さい時に何回か来たことあるけどそれっきり。ここ数年は奴隷のせいでろくに食べ物すら食べていなかった。好きなの頼んでいいの?」
「いいよ。ただ、あんまり食いすぎるなよ」
「わかってる。じゃあ…このA5ランクの特性魔物肉のステーキ。ハヤトは?」
「そうだな…魔物のヒレ肉のカツ丼にでもしようかな。すいませーん!」
店員さんに注文した。
「ところでカリナって何歳なんだ?」
「確か……あそこに6年いて…その後に…多分17歳くらいだと思う。けど猫耳族だと寿命が異なるから……」
実際ハヤトもそんな気がしてはいたが、まさか本当に当たっているとは思っておらず、少し驚いた。
「お持ちいたしました。こちらA5ランクの特性魔物ステーキでございます。こちらが魔物ヒレ肉のカツ丼でございます。ごゆっくりどうぞ」
「美味しそう。ハヤト、ちょっともらっていい?」
「ああ、別に構わないぞ。ってあああ熱い、熱い!ゆっくり取れって。食材はどこにも行かないから!」
そんなこんなで一通り二人は食事を採った。そのタイミングでハヤトは今後の予定をカリナに話した。
「ところで少し相談なんだが、ちょっといいか?」
「ん?」
「ここ数日はこのエルセルト街で依頼をこなしてもいいか?」
「ハヤトがそれでいいなら私もいい。まだお互いのスキルのことが全くわからない」
「そしてだ。そのあと、とりあえず王都まで行ってみようと思うんだが」
『王都』と聞いただけでカリナは目を輝かせる。それがなぜだったのか、ハヤトが知る機会はついぞなかった。
「本当?ハヤトと一緒に行くのが楽しみ」
「その前に冒険者ギルドに行くか」