第2話 依頼
あれからハヤトは魔物討伐を数日間楽しんだ。普通のRPGならレベル上げというものが存在するのだが、この世界にはランクシステムが採られていて、レベル上げが存在しない。冒険者ランクはS、A、B、C、D、Eの六段階存在する。ランクを上げるためには昇格試験を突破する必要がある。今ハヤトは駆け出しのEランク冒険者である。そしてこの世界には『依頼』というものが存在するが、これはよくあるサブクエストに属する。この依頼をこなすことで、それなりの報酬が手に入るので冒険者はここで生計を立てている。
◇ ◇ ◇
今日ハヤトは初めて依頼を受けようと冒険者ギルドまで来ていた。なんだかんだ依頼の量は多くてこの街の冒険者が全員で受けても終わらないくらいだ。ハヤトはここ最近で疲労が溜まってきていることを体を通して実感していた。そこで選んだのは軽い薬草探しだ。だが、薬草探し、と言っても採取スポットが分からなければ労力は魔物を倒す時よりも消費する。そこは女将をやっているシャロンにでもお願いしようと考えていた。ハヤトは依頼書を受付嬢のところへ持っていく。そこで対応してくれた受付嬢はユリアだった。
「この依頼を受けたいんだが」
彼女はハヤトを見るなり、少し照れくさそうな表情をした。先の冒険者登録の時のことをまだ引きずっているのだろうか。
「あっ!どうもです!ハヤト様は今日が初めての依頼ですよね?」
「ああ、そうだ」
ハヤトは謎にテンションが高いユリアに疑問を抱きながら頷く。
「それでしたら、ライセンスカードをご提示お願いします」
「これか?」
ハヤトは以前ギルドマスターからもらったカードを手元に出す。そのライセンスカードは身分証明証に当たるものだ。
「はい、確認いたしました。この依頼は薬草探しで、報酬は1000Gtですけれどよろしいですか?」
「ああ」
「では受注完了とさせていただきます。気をつけてくださいね」
彼女は去り際に軽くウィンクをしたような気がしたが、ハヤトはそれを軽く受け流して歩き出した。ひとまず依頼を受けて冒険者ギルドから出ようとし、ハヤトは足を止めた。目を横にスライドさせると、フードを被った少女が一人でテーブルに座っていた。周りの視線は他人であるハヤトでさえ悪寒を感じさせる。何だか外へ出るのも気まずくなり、その少女に話しかけた。
「君は冒険者か?」
その少女は突然声をかけられたせいかビクッと体を振るわせ、顔を上げた。だが、その顔と露出している身体の部分を見て、ハヤトは驚く。
「ポーションは持ってないのか?」
首を横に振る。周りを見るとまるで腫れ物を扱うかのような目線が飛び交っている。ハヤトは緊急性を感じ、即座にシャロンのいる宿屋に連れていくことを決意した。
「とりあえずここから出るぞ。後で話を聞かせてくれ」
シャロンに内心謝罪しつつ、彼女の華奢な体を一思いに担ぎそのままシャロンのところまで運び込んだ。
◇ ◇ ◇
「おや、あんたが人を連れてくるなんて珍しいこともあったもんだ」
「シャロンさん、軽口はいいのでとりあえずこの子の治療を」
「傷を負っているのかい、さあ早くこのベッドにおいて」
傷口と彼女の顔をを見てシャロンの顔が曇る。心配になってつい聞いてしまう。
「シャロンさん、治せる傷か?」
「ああ、いやごめん。傷自体を治すことができるんだけど。少女の顔、どっかで見たことがあるんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。昔は私も冒険者でね。多分その時に見たんだろうねぇ。ってそんなことより治療治療!」
何か重要なことを言おうとしている雰囲気だったが、ことがことだけにシャロンは急いで回復系スキルを発動させた。
『回復』
ベッドを覆うようにスキルが形成される。そして光に包まれ、治った時にはもう少女の体の傷は癒えていた。
「とりあえず治療は終わったよ。今は寝ているけど」
「本当に感謝する。このお礼は必ず…!」
「いや、いいんだ。元々本業は女将で、それに人を助けないほど私も腐っていないからね。それにしても、この子どっから連れてきたんだい?」
先程の旨をシャロンに伝え終わると、彼女は納得したような表情でハヤトを見た。
「たまにあそこに怪我を負った人がいるんだ。あんたは見過ごすことができなかったんだろ?」
ハヤトはそれが図星だったため、何だか気恥ずかしくなり別の話題を振る。
「そういえば今日冒険者ギルドで依頼を受けたんだが……」
「へえ、どんな依頼だい?」
「薬草取りという依頼だ。おすすめのスポットとかあるか?」
彼はダメおしでシャロンに聞いてみる。もし仮にシャロンが知らなかった場合、自力で探さなければならない。そうするとかえって体に負担をかけてしまうことになる。
「なんだ、てっきり魔物討伐以来でも受けたのかと思っちまったよ。それで私によく薬草が取れる場所を教えて欲しい、と。ちょっと待ってな」
何やらゴソゴソと棚を漁る。そして紙と羽ペンを持って戻ってくる。
「この街の東門あるだろ?そこを出て、少し道を行くと、分かれ道ある。そこをまっすぐ進むとダグル湖が見えてくるはずだ。確かそのダグル湖周辺で薬草が取れたと思う。それにあそこは景色が綺麗で最高だぞ」
「今から出かけてきても……?」
「あいよ、いってきな!私がしっかりこの子を見ておくから」
シャロンに見送られながら宿屋を出る。あたりは昼過ぎぐらいで、ちょうど大通りに人がごった返していた。彼は言われた通り東門から出ようとしたのだが、あまりにもエルセルト街が広すぎて東門に行くまでかなり時間がかかった。ようやく東門に辿り着いた時にはもう昼をだいぶ過ぎていた。その後、シャロンに言われた通りに進み、ダグル湖についた。
「これは……!」
点々と生えているなんていう状況ではない。ハヤトはその薬草を取ろうとして手を伸ばす──何かの物音がした。ハヤトは瞬時に戦闘体制に入る。そのまましばらくすると、いきなり湖の中から変な怪物が姿を現した。見てくれは魚なのだが、足が生えていて見ているだけで気分が悪くなる。しかもかなりの魚臭である。見た目の気持ち悪さと臭さから吐き出したいのを我慢して、どう倒そうか思案する。おそらく、魚なだけあって全身の鱗はかなりの強度だろう。仮に鱗ではない部分をついたとしてもツルツルしてまず普通の武器では切り込めないだろうと予測をつける。だが、その魔物もハヤトを当然待ってくれるはずもなく。いきなり変なものが飛んできた。反射速度のおかげもあって瞬時に避けることができたが、液体が植物に当たった途端溶け出した。さっきの液体は酸た。
──だとしたらかなり厄介だ。剣を溶かされてしまう可能性も否めない。
そう判断したハヤトは咄嗟に障壁を脳内でイメージした。相変わらず、イメージするだけで簡単に結界を作ることに成功した。しかし、 酸に関してそれは効き目が無いようで貫通してくるので避けなければならない。今度は持っていた槍で攻撃しようとする。だが、彼は初めから心配などしていなかった。というのも、ここ数日障壁の強度を測っていて、それが大物相手でない限り効力が持続することがわかっていたからだ。しかし彼の読みは少しばかり甘かった。背後から迫ってくる酸に直前まで気づくことができなかった。
「っ!!」
まだ防具の上からだったので傷はそこまで深くはなかったが、これが当たったのが顔だったら、そう想像するだけで冷や汗が背中を伝う。ハヤトは体が震えそうになるのを必死に耐えながら魔物の行動を慎重に観察する。今度は二体同時に酸による攻撃だった。
──何か策を考えなければこのまま溶かされて終わってしまう。何か使えるものは…。
必死に思いを巡らせる。
──そういえば……。
手元のポーチから、シャロンからもらった爆弾付きのロープを取り出す。そこで彼は再び脳内で「早く走る」という事象をイメージした。それによってハヤトは空間の事象を書き換え、空間粒子を体に(実際見えることはないのだが、それはオーラあるいは変換されたエネルギーで視ることができる)纏わせる。そして足に力を入れた。走り出す直前、脳内に超音波音が聞こえたのを確認しながらハヤトは高速で駆けた。その勢いのまま、魔物との間合いを一気に詰める。そのまま剣を地面に突き刺し、ロープをそれぞれの足を素早く括り付けていく。空間の事象を書き換えていることによって、魔物はハヤトが突然消えたとそう認識していた。突然いなくなった彼を探し始めたが、当然見つけることなどできなかった。いやできるはずもなかった。ハヤトは魔物の足に爆弾つきロープを括り付け終え、間合いを開けた。間合いを開けた直後、空間に作用していた事象変更の力が効力を失った。その状態から、一気にロープを爆発させる。
「爆ぜろ!」
爆風により魔物はおろか、ハヤトでさえも吹き飛ばされてしまう──そしてみるみる内側から崩壊現象を起こしていく。魔物を全て倒し終えるのにそう時間はかからなかった。少し疲れた体を無理矢理起こし、魔物が落としていった魔石を拾い、本来の目的である薬草とりを始めた。ふとした瞬間、顔を上げるとシャロンの言っていた通り景色は最高だった。今度ここで昼寝でもしてみようと心に決め、ハヤトは冒険者ギルドへ戻った。
◇ ◇ ◇
「はい、無事薬草を確認し終えました。依頼達成です、お疲れ様でした。今回の報酬です」
あの後、特に魔物と鉢合わせることなくハヤトは冒険者ギルドに辿り着いた。その時に持ち帰った薬草を見てもらったのだが、かなり質が良かったらしい。本来の報酬に加えて追加でいくらか貰った。そしてついでに魔石も報酬に加えてもらうことも忘れなかった。
「またのご利用をお待ちしております」
ハヤトはその足でシャロンと少女が待っている宿屋に向かった。