第8話 猫耳美少女と宿屋
──英傑らがエルセルト街を訪れる少し前。
魔王幹部最高指揮官から命じられた二人はとある計画について話し合っていた。魔王復活の時は近い。しかし、近いといってもそれは二千年の範囲で言ってしまえばだ。彼らにとって一年、二年そこらは特に遠いとは感じていなかった。
「──それで、メディライン。君はどう動くんだね?」
メディラインと呼ばれた魔人──魔王軍第九部隊を率いている彼は人相悪い笑みをこぼしながらこれからの計画を話し始めた。彼らが使う言語はこの世界が扱う文字と同じである。彼らはその文字を使って作戦事項を羊用紙に書いていく。もし仮に人間が彼らの行動を見れば大層驚くに違いない。「魔人も文字をかけたのか……」と。
「……とまあ、こんな感じでどうだ?グレッド」
「うむ……これで問題なかろう。我の軍勢も君の戦略なら無理なく動けそうだ。問題は──あの英傑をどう殺すかだな」
魔王軍第十部隊を指揮していたカルが死んだということを念頭におきながら、英傑を倒すための作戦を考える。カルは正直あまり戦略が得意なわけではない、というのは意外にも他の魔王軍軍団長は周知の事実だ。脳筋野郎が死んだ以上、かなり精密に作戦を立てる必要がある、と二人は感じていた。
「それにしても、未だにカルの直接的な死因が判明していないのは妙だな」
「確かに。本来ならばすぐに見つかるはずなんだが……まあしかし最近の虚数は入り乱れているからな。何があってもおかしくない状況だ」
カルの死因を情報部隊が解明し始めてからすでに十日近く経っている。しかしカルが死ぬ直前の記録が依然として見つけられないでいた。そもそもその情報媒体が存在しない以上、突き止めるのはほぼ不可能に近かった。したがって、彼ら魔王軍は英傑『ハヤト』がどのような力を会得しているのかを一切つかめていない。
「とにかく、奴を葬るにはそれ相応の代償がつきものってわけだ。グレッド、覚悟はできているのか?」
グレッドはその言葉に乾いた笑いで返しながらも、皮肉で反論した。
「ああ……しかし、死ぬのは我ではなく、君だ」
彼は完全に誤解している、とメディラインは認識したため、おどけた様子で先程の言葉を訂正した。
「違う違う、俺が言いたいのはそうではなくてだな……俺らの部下が全滅する可能性があるってことだ。俺らが死ぬなんてことあり得るはずもない。そうだろう?」
二人揃って薄汚い笑みを浮かべた。
「全くもってその通りだ。だが、くれぐれも英雄を見誤るなよ」
グレッドは羊用紙をもって席を立った。それでメディラインにも話はこれでおしまい、ということは解った。
「ではこの作戦通りに動いてくれ」
グレッドは頷きながらメディラインの視界から消え去った。
◆ ◆ ◆
「すみません、現在お部屋空いていなくって……」
その言葉を聞いた瞬間、ハヤトは氷水を浴びせられたかのような錯覚を覚えた。その隣ではカリナさんが勝機の笑みを浮かべている。その笑みは明らかに妖艶を含んでいた。やられたか、そうハヤトは思っていたのだがそれを表情に出すことはしなかった。
「──本当に一つしかないのか?」
「ええ、申し訳ございません。もしでしたら別の宿をご利用なされては……」
しかしカリナが間髪入れずに答えた。
「ここで大丈夫。ハヤトなら一緒でもいいよ」
明らかに妖艶が入り混じっていたが、時間も時間でおそらく他のところに行っても空いてないだろうと思い直し、結局ここに泊まることにした。一部屋とはいえ、割といい値段がしたのは言うまでもない。
「ご利用ありがとうございます。何か困ったことなどあれば私たちにお声がけください」
受付から鍵をもらい、二人は早速部屋に移動した。
「本当に広い。やっぱりここで正解だった」
部屋へ着くやいなや彼女は微笑を浮かべながら「やー」と言うセリフを吐いてお決まりの「ベッドダイブ」を果たした。綺麗に敷かれたシーツにしわが入る。
「先に風呂に入ってきたらどうだ?」
そんなカリナを尻目にハヤトはカリナが先に風呂を使うように促した。あまり女性経験がないハヤトだったが、日本にいた時によく言われていた「レディー・ファースト」くらいは流石に知っていた。しかし、それはあらぬ方向へ傾いた。
「……一緒に入る?」
真顔でそんなことを言うもんだからハヤトとしてもたまったものではない。
「い、いや、そういうのはいいからさっさと入って……こい!」
そんなことを言うカリナにハヤトは専用のバスタオルを投げた。それが彼女に当たった……かと思いきや、持ち前の瞬発力で飛んでくるそれをひょいとかわし、後ろに回した手でキャッチした。
「ハヤト、甘い。私が避けられないと思った?」
カリナはバスタオルを片手におかしそうに微笑しながらハヤトに近づいた。そんな動作も可愛いのでハヤトはぐぅの音も出ない。突如視界が真っ暗に染まった。その後じわじわと顔面に軽い痛みが押し寄せてくる。
「お返し」
耳元で囁かれたハヤトはその瞬間にのけぞった。
「あ……それと」
風呂場に向かいながらカリナは妖艶の笑みを浮かべた。
「少しなら、のぞいてもいいよ?」
「のぞかないから!」
ふふっと笑いながらカリナは風呂場に消えた。誰もいなくなった部屋でハヤトは一人ため息をつきながら先程までカリナが持っていたエリティナ大迷宮の詳細図を再び確認した。しかし先程の襲撃とも取れる相手の行動が頭にこびりついてなかなか取れる気配がしない。
──あれは誰だったんだろう?実力的にはかなりのものだと見て間違いはなさそうだが……。
先程の状況を脳内でフラッシュバックさせる。暗闇に包まれて姿が確認できなかったがハヤトに零基子で圧をかけてきたことから察するに、相手の強さは多く見積もってカリナに匹敵するだろう。なんにせよ情報足りなすぎる、そうハヤトは自己分析をしていた。
──特に襲ってくる気配はしなかったが……まあ用心するに越したことはないだろう……。
「……ト、ハヤト」
「………ん、んー……」
ああ、眩しい。最初に思ったのはこれだった。あまりにも眩しすぎるので目をあけることは憚られた。
「……起きないとちゅーするよ」
そう言われても未だ夢の間にいるハヤトにはそれが夢であると認識していた。
「勝手にしてくれ……俺はまだ眠たいんだ」
それを聞いた彼女の目に再び妖艶の光が現れた。しかし、あまりの妖艶さに頭ではなく、理性が反応した。咄嗟にベッドの端まで転がり、カリナとの物理的距離をとる。その瞬間、ハヤトの脳は完全に冷めた。目を開けて初めて見た光景は先程距離を置いたはずのカリナだ。ハヤトにまたがるような格好で、彼女は顔を近づけている。目を開けたことを察知したカリナはモーニングコールを発した。
「グッドモーニング、ハヤト」
「いや、なんでお前が英語知ってるんだ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた。
「てか、今何時だ?かなりよく寝た気がするんだが」
「……太陽が出てる」
「解答外の答えを返すな!」
カリナは少し考えるそぶりを見せてから付け加えた。
「……じゃあ、月が破壊されて太陽が降臨した」
「違う、そういう意味じゃない!しかもなんで月が破壊されなきゃいけないんだ?そしたら明日の月はどうするよ?」
「明日はもう来ない」
「なんて不吉なことを言ってくれるんだ!……まあいいや、おかげでスッキリしたよ。要は寝落ちしたってことか」
ハヤトの寝落ち癖は実は転移前の日本でも同じだった。その癖は未だに抜けきっていないらしい。
「とりあえず今の話は一旦棚にあげよう。それで……エリティナ大迷宮の攻略作戦、どうする?」




