第6話 買い物
冒険者ギルドで一通りの『入国手続き』をし終え、二人は近くの空いている椅子に腰掛けた。冒険者ギルドはエルセルト街よりも少しばかり大きく、ギルド内に酒場が入っている。そして冒険者依頼掲示板には所狭しと依頼書が嵩張っていた。
「カリナ、レイラとの待ち合わせまで少し時間があるけどこの後何かしたいことあるか?」
ハヤトはカリナにそう問いた。断じて彼が沈黙を嫌ったわけではない。最近連れ回してばっかりのカリナを少しでもリラックスさせたいという感情からこの言葉が自然と彼の口から出た。それに彼はあまりこの街に滞在しないつもりでいる。
「──じゃあ、少しお話ししよ?」
てっきり宿屋でも提案するのだろうかと思っていたハヤトは少し安堵の表情を浮かべた。というのも、ハヤトにはいまだにあの夜の恐怖心から抜け出せないでいる。しかし、正確に記すと、カリナは少なめにいって最高だった。ハヤトの心境はどっちともいえないくらいに傾いていた。
「……今、何かいやらしいこと考えてた?」
先ほどまで店を回ることにワクワクして目が輝いていたのだが、ハヤトが再び彼女を見るとジト目に変わっていた。両手で身体を包み込むようにしてクネクネさせている。それが側から見れば痴漢しているように見えたかも知れない。彼は強制的に思考を切り替えた。
「……さあ、何から話す?」
「何、今の間は?」
ハヤトは意識的に話を方向転換させ、カリナの意識を強制的に逸らそうと努めた。一方、カリナの方は単に揶揄っただけで、それ以上追求する意思はなかった。カリナは人相悪い顔を受けべて、久しぶりになんてことないことで二人は笑い合った。話がひと段落したのはちょうどレイラとの待ち合わせ時間だった。
「じゃあ、行こっか」
二人は冒険者ギルドを出た──出ようとした直前、ハヤトが急に立ち止まった。カリナは不思議そうに彼を見つめている。彼は先ほど感じた違和感、零基子の動きの動向を注意深く探った。しかし、突如としてその流れは消え失せた。それ以外に零基子の動きは視られない。
「どうしたの?」
カリナは怪訝そうに声を発した。
「──さっき零基子の動きを感じたんだが……。ああいや、なんでもない」
カリナには零基子の動きは読み取れない。だから知らなくても無理はなかった。ハヤトは頭の片隅にある違和感を無理矢理拭い去り、冒険者ギルドを後にした。そしてレイラたちとの集合場所である先程パーソナルラインを降りたところへ向かった。実際、カリナは二人で買い物をしたかったのだが、それは口には出さなかった。
◇ ◇ ◇
「見て!店がたくさんある!」
「この街にはたくさんの品が売っているんですよ」
レイラを含めた三人は冒険者ギルドを出て、パーソナルラインに乗りこの街の中心部の市街地に訪れていた。パーソナルラインは基本的に盗聴、盗撮防止のため、特殊スキルが施されている。ハヤトはその情報体を読み取り、自身の脳に入れた。カリナはというと、未だ市街地に到着していないにも関わらず、窓から見える賑やかな風景に興奮を隠しきれない様子だ。しかも窓を開けて顔を出している。
「こんな風に景色を見るのは久しぶりだ」
エルセルト街からラディンオス街までの道のりで確かに景色を見ていたが、周囲の警戒を強化していたため、ハヤトが心からゆっくりするのは本当に久しぶりだった。パーソナルラインの背もたれに寄りかかりながら窓を覗き込む。確かにカリナが言ったようにさまざまな店が並んでいた。この街は魔王侵略の際、奇跡的に被害を被らなかったので古代遺物が現存している唯一の都市だ。そのため、文明が他の地域と比べて圧倒的に発展していた。それ故か、単に住んでいる人口を数えればエルセルト街の数倍は人がいる。そして彼らが向かっているのはそのラディンオス街の中でも中心地の所謂『中央区』だ。昼どきだからなのだろうか、店の周囲にはかなりの人が密集している。
「それにしてもかなり混んでるな……」
「そうだね。エルセルト街だとこんなに店に人が集中することはなかった。あっ、後であそこ行ってもいい?」
「エルセルト街もかなり大きい方ですよ」
そんなレイラのツッコミをよそに、カリナは唐突に窓の外に見えるとある一つの店を指差して言った。
「じゃあ、後でそこに行くか。そういえばレイラ、聞きたいことがあるんだが」
ハヤトはカリナの発言をさらっと受け流し(?)、レイラに質問を投げかけた。その行為が気に入らなかったのか、カリナは一人、頬をぷくっと膨らませている。
「この街はシトラス家で取りまとめているのか」
「はい……とは言っても実権は私にはほとんどありませんけど。今は私の父がこの街をまとめています。ああでも、シトラス家は別にこの街を支配しているわけではないですよ?私たちの主な役割はこの街の安全を確実なものにすること、そして古代遺物の解析をすることです」
実際問題、それはシトラス家が事実上この街を支配しているんじゃないか、ハヤトはそう思ったがレイラの前で到底その皮肉とも言える言葉をを言うのは憚られた。
「ところでレイラはなんの用事?」
流石に痺れを切らしたのか、いきなりカリナが話題に入ってきた。
「それは……」
レイラが口を開きかけたが、パーソナルラインの自動アナウンスによって塞がれた。そのアナウンスを聞いて、そこまでの技術があるのになぜインターネットといういわば情報受送信ツールがないのか、ハヤトは不思議でならなかった。しかしそんな疑問も口にする前に到着とのアナウンスが再び入る。
「それではお二人とも、この街の散策を楽しんでいらしてください。私はこれから用事がありますので、終わり次第そちらと合流します」
パーソナルラインを降りた後、レイラのそんな一言で再び解散となった。結果的にはカリナの願いは達成されたわけだ。それ故か、カリナはかなり喜んでいるように伺えた。二人だけの空間となった彼らは早速店を回ることにした。
◇ ◇ ◇
午前十一時三十分。ハヤトはカリナを連れて──レイラを含めて──ラディンオス街のレストランに来ていた。ハヤトらが『中央区』についたのは午前九時前。それから二人は二時間あまりさまざまな店を回ってきた。とにかくカリナが店を回る速度があまりにも早く、付き添いであるハヤトが狼狽するくらいだった。そして彼の両手は先ほど買ってきたばかりの荷物で塞がっている。
「それにしてもカリナ……流石に買すぎじゃないか?」
カリナが買ったものは別に必要ないものではない。主に装備品が中心で、守護アクセサリーなんかも買った。それにカリナはハヤトの装備も選んでくれたので、ある程度荷物が多くなるのも仕方がなかった。しかし、明らかに戦闘用でないものもいくつか散見された。猫耳が生えた、まるでカリナのようなそのぬいぐるみは本当に必要だったのだろうか。
「別にいいじゃない。全部使うものだし」
確かにカリナが入っているのは正論だ。しかし、ハヤトが引くくらいには買い込んでいた。その量の荷物をカリナの目立たないよう力量を抑えた秘技解放『量子展開』で発生させた量子空間に次々と放り投げていく。そんな様子をハヤトは呆れ返りながら見ていた。座ったテーブルの位置的に、レイラにはその行動は見えていない。
「だが、俺たちは冒険者だ。それに俺の魔法とカリナのリリースがあればあんまり装備なんていらないだろ」
「ですが、冒険者として備えあれば憂いなしですよ」
その会話を聞いたレイラはふふっと笑いながらそう応えた。確かに魔法という聞き慣れない単語とリリースという言葉をレイラは聞いたはずなのだが、そこはスルーしていた。いや、実際にはあえて突っ込まなかったのかもしれない。お金の方も確かに魔王軍討伐報酬である程度の余裕はあるが、それでもハヤトは今後のために備蓄しておきたくもあった。しかし買ってしまったものはもうどうしようもない。とりあえず、ハヤトは目の前にある美味しい昼飯にフォーカスすることにした。




