第3話 新たな動向
魔王城──謁見室
「なんだと!?カルがやられた!?」
魔王城謁見室──魔族幹部総勢が招集されている部屋──はカルの媒体から得た情報を情報収集部隊から聞き、騒然となっていた。情報収集部隊とは、主に冒険者の動向を探ったり、あるいは死んだ仲間の情報媒体を読み取ることを主な仕事にした部隊だ。情報体はこの世界の謎の空間──あらゆる情報を現在進行形で記録している『虚数空間』に干渉することによって存在が消えるその瞬間までの情報を収集できる。その情報を聞き、特に動揺しているのはデルタスだった。彼は怒りを露わにしながら声を荒げた。
「なぜだ!なぜ……!」
カルが結局エルセルト街を陥落させられなかったことで、魔王軍、特にデルタスはこれで四度目ともなる失敗を犯した。しかも今回は古代のアーティファクトではなく、完全に人間の手で、だった。それも彼の屈辱さを増幅させる一要因となっていた。
「落ち着いてください、デルタス様」
「黙れ!人間どもに何度屈辱を味わされたことか!貴様らには知れたことじゃなかろう!」
魔族幹部のうち一人が冷静になるよう呼びかけるも、結局それは逆効果となった。さらにデルタスの周囲のオーラが濃くなる。誰もが次は自分ではないだろうか、そう冷や汗をかきながら思い始めた頃だった。唐突に謁見室の扉が開く。
「デルタス様!至急お知らせがございます」
「……なんだ?」
面倒臭そうに顔をそちらに向ける。
「先ほどまでデータの解析をしていたのですが、今回のカル軍団長様を倒したのはただの人間ではなく、『英傑』だと判明いたしました」
「──貴様、今『英傑』と言ったか?あの最強と謂れたイレウス・ラギナではなくか?」
途端にデルタスは不敵に笑い始めた。その笑いは完全に乾き切ったものだったのだが、それについて誰も言及はしなかった。『イレウス・ラギナ』とは、この世界に誕生する人種を超えた逸材──Sランク冒険者の別名だ。この名称は古代、かつてこの世界に精霊が存在していた時から存在する。元々は精霊種族の言語だったが、今ではすでにその言語は失われ、人間はおろか、長く生きているデルタスでさえ、この言語のことについては何も知らない。
「それは面白い、また『英傑』か。今度はどんななんだ?」
ひとしきり笑った後で、さっきまでの怒りはどこへ消えたのか、真顔で彼は聞いた。また、というのは、前回も英傑に敗北したからだ。
「──それについては未だ解析中でして……」
「そうか。引き続き解析を頼む」
その者にそう伝えると、そそくさと謁見の間から退出した。退出したのを見届けてからデルタスは本題を切り出した。
「それで、話を戻そう。今回の計画でカルが死んだ。つまり、序列第十位の座が開いたわけだが……今はそんなことはどうでもいい。次は貴様らに仕事を言い渡す」
貴様ら、と言われた魔族幹部二人はデルタスの前に立つ。その二人は魔王軍序列第九位と第八位だ。
「命令だ。その『英傑』を殺してこい」
「「御意」」
命令された二人はそうデルタスに返事をし、元の場所へと戻った。
「では、今回の定例会議はここまでだ。いいか、くれぐれも気をつけろ」
そう言い残して、デルタスは急足で謁見の間から退出した。先の通り内心、全員の中で一番動揺していたのは彼だった。その動揺が彼の場合、怒りで表現されていた。(とは言っても、他方も動揺していたのだが、一番顔に出さなかったのはデルタスだ。)彼は周りにいた側近を無視し、魔王がいる部屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
カルが勇者ハヤトによって討伐される数分前。カルはかつてない恐怖心と格闘していた。というのも、あらかじめ聞いていた情報よりも圧倒的に敵が強かったのだ。最初の方はなんてことない冒険者に毛が生えた程度だった。そのため、カルにも余裕が存在していたが、少年が不敵に笑ってからが最悪の始まりだった。さっきまでの逃げ腰の姿ではなくなり、一振り一振りがかなり正確に打ち出されている。それに、少女が使う『秘技解放:自動再生』もなかなか厄介だった。本来なら一度致命傷を受ければ死ぬ以外に選択肢は残されていない。だが、その少女はそもそも攻撃を喰らわなかった──なかったことに事象を書き換えている。流石に戦闘経験が豊富なカルであっても、圧倒的不利な立場に置かれていることは一目瞭然だった。カルは決して戦闘面で弱いわけではない。少なくとも魔族幹部の序列に並ぶくらいには強かった。だが、その彼が今目の前にしている少年に対してそこしれない恐怖を感じていた。デルタスに教わった英傑特有のスキルに加えて、少年の本来の力が上乗せされているのだ。それに少女の方も少年には及ばないが、戦闘における力は一線を超えている。ちなみにこの時点ではまだ彼が系統外魔法の使い手だということを知らなかった。それゆえ、カルは系統外スキルの対処法しか知り得なかったのだ。端的にいうと、カルは完全に混乱していた。
──この少年、ただものではない!
即座にカルの頭にそんな言葉が通り抜ける。確かに今おとなしく帰れば殺されないかもしれない。だが、そうするとデルタスの面目を潰してしまいかねない。その葛藤の狭間にいたせいもあり、カルは徐々に戦闘スタイルが乱れていく。正直言って、本当の化け物はあの少年だ。明らかにこの世界に『存在してはいけない人間』であることはカルにも解る。必死に自分が死ぬ運命に抗う。しかし、そんな抵抗も虚しく、彼らが使ったスキルによって腹部を思いっきり抉られる。
──いったいなんなんだ、こいつらは!明らかに俺の強さを超えている……!
「これでお前たちは終わりだぁぁぁ!!!」
そう言いながら、カルは渾身の一撃を放つ。
『虚数干渉:降り注げ!氷柱の剣!』
カルが生み出した氷柱の剣が次々と乱射されていく。しかもそれは地面に当たった途端乱反射した。虚数空間に干渉できるのは魔族特有の──魔王直々に教わったものだ。どうやらそれを使えば冒険者、イレウス・ラギナの強力なスキル『秘技』であっても、より正確に記すならば『神精スキル』でさえも封じることができるらしい。だが、結果それは間違いだった。いや、確かに間違いではないのだが、それは通常の冒険者であった場合に適応するものだった。今カルが目の前にしているのは明らかに常識を超えた人物だった。
その少年は自身の系統外魔法によってカルの氷の剣を全て捌き、彼の剣に当たったかと思えばそれはすでに消滅し、そして彼はさっきと全く同じルートでカルを狙いに来ていた。
「何度やっても同じことだ」
そう少しは強がって見せたものの、相変わらずカルの焦りは止まらない。カルはさっきと同じ軌道で剣を振りかぶった。がしかし、ハヤトの剣がカルに当たる瞬間、姿が消えた。実際は零基子によってさらに加速した。
──なんだと……消えた!俺が読み取れないほどの速さでっ……!!
流石にカルは驚きを隠せなかった。その動揺のせいで、一瞬、ほんの一瞬だけ反応が遅れた。その隙を彼らは見逃さず、カルの両方の翼をサックリ切り落とした。
「アァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
カルは悲痛な声をあげる。それも当然だろう、自分の羽を抉り取られたのだから。翼を切り落とされたカルは地面に落下するが、ギリギリのところで右手に持っていた剣で速度を落とすことに成功した。だが、現状は何も変わっていない。カルは圧倒的窮地に立たされていた。最後の足掻きで攻撃を試みるも、もはやそれは覇気のないただの弱々しい攻撃に他ならなかった。そんな攻撃を避けるようにして彼らはカルに向かって突撃してくる。もうカルは逃げる気力も残っていなかった。そのまま彼らに剣で刺される。
──この記録だけは……魔王様に伝えなければ……!!
刺される瞬間に虚数空間記録にアクセスし、自分が持っている死ぬ直前までの記憶を即座に流し込んだ。情報体が全て転送された瞬間、カルはハヤトが用いた階梯魔法によって深淵の闇に葬られたのだった。
◆ ◆ ◆
とある場所にて。若い男女二人がこの光景を眺めていた。先ほどから『英傑』と『魔王軍軍団長』との戦いが始まっている。一見魔王軍の方が強いかと思われたが、英傑の技によってその思惑は覆された。
「ねえ、これって放っておいて大丈夫なやつなの?」
片方の女が問う。それに男が返答した。
「このまま放っておくというのも不本意だが……。ああ、そうだ。虚数空間のアクセス記録を抹消しておいてくれ」
「またぁ?つい最近したばっかりじゃん」
虚数空間とは、この世界のあらゆる情報を『一時的に』記録できる空間だ。ここから空間に生じた異質物を排除しにかかっている。つまり、ねじ変えられた事象を元の形に修正する作業をしているのだ。彼女は文句を言いながらも早速修復作業に取り掛かっている。
「もうちょっと空間事象にも気を遣ってほしいくらいなんだけど」
結局のところ、カルが転送した情報体、もとい彼の記憶は何者かの手によって戦闘の途中から情報が抹殺され、上書きされていたのだが、そのことについて知るものは誰もいなかった。




