第2話 番外編 ユリアの一日††
──エルセルト街・受付にて──
ユリアは次々に受注にくる冒険者の列を眺めながら一際大きいため息をついていた。もうかれこれ数時間この状態が続いている。最近あるイレギュラー二人が魔王軍第十部隊軍団長カルを討伐してから、以前よりも魔物の出現数が減ったものの、その残党が未だ討伐し切れていなかった。その結果、冒険者ギルドに大量の依頼書が届き、しかもその報酬がいつもの通常依頼よりも多かったのも大行列が続いている一つの原因だろう。だが、仕事の手前、それを表情に出すことは憚られた。
「受注依頼ですか?」
内心悪態をつきながらも笑顔を貼り付けて冒険者に取り合う。いちいち依頼受注のたびにハンコを押す作業にもいい加減嫌気がさしてきていた。依頼書にハンコを押して、完了の旨を伝えた。
「受注完了いたしました。気をつけていってらっしゃいませ」
ひとまず長蛇の列が収まりつつあったので他の受付嬢と交代し、しばしの休息を取った。
──受注依頼なんて自分でやれっつーの!
どうもそれが表情に出ていたらしい。
「どうしたの?さっきからため息ばかりついて……まあ気持ちはわからなくもないけど」
話しかけてきたのはユリアの先輩でシーナ。彼女はユリアと同年代くらいなのにも関わらず仕事がとにかく早い。彼女の方が長く仕事をしているのでそれは当たり前だ。
「そりゃため息くらいつきたくなりますよ。一体何時間あの作業をしたと思っているんですか。あの作業、冒険者が自分でやれば良くないですか?」
「まあまあ、そんなこと言わないの。これでも受付嬢は冒険者よりも稼いでいるんだから。はい、お茶」
ユリアはシーナが投げてきたペットボトル的なものを両手で受け取る。ユリアは『こんなの日本にいた時と変わらないじゃない!』と時折叫びたくなるが、そんなことを言えるはずもなかった。そもそも、なぜ彼女がこの世界にいるのかすら全くわからない状況だ。
「この後まだ依頼の貼り付けあります?」
「ええ、後ざっとこれくらい」
シーナが提示してきたのは仮事務室にある大量の──捌ききれるかかなり怪しいくらいの──紙束だった。それを見て口から魂が抜けそうになる。
「まだこんなにあるんですか!?それに上層部からの指示で今日中に全て捌ききれと!?」
おもわず素っ頓狂な声をあげてしまった。受付カウンターは全部で五つ。そして受付嬢は八人編成。全員が休憩に一斉に入れるわけもなく、シフト交代制で仕事をしていた。たった八人で大量の受注依頼を受け付けなければならないということを悟ったユリアは唐突に叫んだ。
「もう、お前らが全部やればいいだろうがー!!」
そんな声が受付の方まで聞こえていたのか、仲間の心配そうな目線が刺さった。ユリアは恥ずかしそうに顔を顰め、そそくさと休憩室に入った。
◇ ◇ ◇
結局、その後すぐにシフト交代の時間になり、ユリアは仕方なく──これでも仕事だと割り切っていた──休憩室を後にし、受付カウンターまで戻る。そしていつもの通常業務(今日はいつも以上に多い)である依頼受付の紙を貼った。ただその簡単な作業だというのに、数十枚同じ作業をするのは流石にキツい。ユリアはそのことに対して段々と怒りを覚えていた。
──大体何でこの世界は紙なの?!日本だったら簡単にネットでできるのに。
いちいち紙を貼り出す、それがこの世界での唯一の情報共有体だ。日本のような簡単に送りつけられるシステムなど、この世界に存在するはずもなかった。そんなイラつきがオーラとなって現れていたのだろう。それを見た他の受付嬢がユリアに駆け寄ってくる。
「手伝います!」
だが、彼女はあくまで表面上にっこりと微笑みながら、それをさりげなく断る。というのは建前であり、本音を言うと、自分の方が他人と共同でやるよりも早く終わるのを知っていたからだった。それは彼女の実体験に基づく推測であった。
「大丈夫、もうすぐ終わるから。それよりもカウンターでの対応をお願いしてもいい?」
内心『めんどくせぇ』と思いながらも一応職場の雰囲気を壊さぬよう、フォローを入れておくことも忘れなかった。結局その貼り付けの仕事が終わったのはそんな話をしてから三十分後のことだった。もうすでに昼時だ。ここからまた冒険者が増加することを彼女は知っていた。それゆえ、また口からため息が漏れる。と、そこに冒険者パーティがやってきた。彼女は表情筋を引き締め、あくまで仕事として接客する。
「受注依頼ですか?」
「そうなんだけど。お姉さん、これから暇?」
そのパーティは完全にナンパ目的でユリアに近づいたのだ。彼女は言っている意味がうまく処理できず、もう一度聞き返した。
「すみません、もう一度お願いします」
「だーかーらー。お姉さん、これから暇?」
明らかに関わってはいけない人種だと彼女の直感がそう叫んでいる。一応彼女も申し訳なさそうな、困ったような顔を作り、その『面倒な客』に対して接する。
「申し訳ございません、見ての通り勤務中でして……」
そう断ったのだが、彼らはそれを少々勘違いしたらしい。
「ってことは終わってから空いてるってことでいい?」
流石にここまで言われると、彼女の堪忍袋の尾が切れた。というか、ここ最近残業続きだったユリアはこれから度重なる業務のことを思い返し、余計に苛立っていたのかもしれない。ユリアは彼らが持ってきた冒険者受注依頼書をバンッと机に叩きつけると、ついにその口から怒号が飛んだ。
「お前ら冒険者はいいよなぁ!残業とかなくてよ!こっちは毎日お前らの手続きのせいで残業なんだよ!ナンパとかしている暇があるならなぁ!お前らが私の仕事やれよぉ!!!!!!!!」
言いたいことを一通り言い終わったユリアだったが、空気が凍りついているのを肌で感じ、すぐさま営業モードに切り替えた。
「はい。受注完了しました、気をつけて行ってらっしゃいませ」
営業スマイルで彼らを強引に冒険者ギルド、もとい受付カウンターから引き剥がす。
その後、彼女がかなり怖い受付嬢だとして噂されるのだが、当の本人はそれを知らない。
◇ ◇ ◇
無事仕事を終えて帰宅できたのは夜の闇が濃くなった時だった。ユリアはこの世界にとって宇宙人みたいな者だが、受付嬢をしていることもありちょっとしたコネクションで家を借りることができた。もちろん、家賃は相場より少し、いや、かなり安めだ。普通に受付嬢をやっていても余裕が出てくるほどだ。冒険者は何かしらの依頼を完遂しなければならないが、受付嬢はれっきとした職業のため、ただ毎日出勤して受付をするだけでお金が入ってくる。だが、受付嬢の職を手にするにはかなりの倍率をくぐり抜ける必要があった。その点、彼女は幸運だった。彼女は冒険者ギルドの方から勧誘を受けていたのだ。
「はぁ〜!!つっかれたー!!」
家に帰ってすぐ、ユリアは着替えもせずに自分のベッドに倒れ込んだ。いつもの営業仮面はすでに剥がれている。
「これじゃあ日本と変わらないじゃない!あー仕事辞めてぇー」
それが彼女の偽らざる本心だった。だが、うめいていても何か変わるわけでもない。ひとしきりだるさ宣言をしてから意を決してもう一度起き上がり、着替え、入浴、その他を済ませた。全てを終わらせ、彼女が再びベッドに寝転んだのは午後十一時三十分くらいだった。
「そういえばあのハヤトって人、うまくやってんのかな」
そんな言葉が自然と口から溢れた。彼の言動、行動が毎回彼女が先輩と慕っていた彼を想起させ、その度に心配になる。彼は今頃どうしているのだろうか、これから先、日本に帰ることができるのだろうか、そう考えているうちに彼女は疲れが溜まっているせいか、それとも想い人のことを考えて安心したのかユリアは深い眠りについたのだった。
次話から第二章へ突入します。




