第15話 戦場と敵策
──戦場・遊撃部隊──
セティーラの号令とともに遊撃部隊は戦場に足を踏み入れていた。それに魔王軍も気づいたようで、こちら側に戦闘を仕掛けてくる。とはいっても所詮魔物の集まり、相手は戦うことしか念頭に置いていなかった。最初に迎え撃ったのは小型のゴブリン。棍棒を持って片手には石を持っている。
──もうその軌跡は何度も視た!
『加速』を使い、一気に距離をつめる。そこで空に剣を振る。対零基子がその剣によって鋭い刃と化した。それは昔剣道で使っていた彼の流派による技だ。そこに魔法を加え、本来より強力な力を秘めていた。
『秘剣:空斬り』
空気を割るような感覚で近くにいたゴブリンを一気に斬り、体内にある魔石が一気に割れた。
「ハヤト、伏せて!」
『爆風竜巻』
ハヤトが伏せた瞬間、カリナのスキル『爆風竜巻』が横を掠めた。前にいたゴブリンを一気に巻き上げ、敵陣へと押し戻す。さすがSランク冒険者。威力が桁違いだ。
「サンキュー、カリナ!」
「次はあのオークの軍団」
ゴブリンを一時的に排除できたと思いきや次はオークの集団だ。オークは本来Bランク以上が受注できるクエストモンスターに指定されている。だが、そんなことは解るはずもなく。さっきのカリナの攻撃が当たっていたはずだが、さすがに体格が大きく、重いためあの程度の竜巻では吹き飛ばされなかったようだ。オークが素手で巨石を持ち上げ、それが大きな振動とともに地面に叩きつけられる。飛び散った破片がハヤトの頬、腕、足などをかすめ、軽い出血を起こした。次々に巨石が隕石の如く落ち、仲間がどんどん怪我をしていく。岩に叩き潰された者はもう命など助かるはずもない。だが、そのオークの集団の中でいきなり何かが動いたように視え、その瞬間オークが血を吹き出してどんどん倒れていく。それはまさに一瞬の出来事だった。
「大丈夫でしょうか?ハヤトさん、カリナさん」
オークが倒れていく中でセティーラが顔を覗かせた。
「ああ、俺たちは大丈夫だ……さっきのはセティーラが?」
「はい。オークは少し厄介でしたので、急いでここまで駆けつけました」
さっきのスキルは彼女のものだった。Sランクと言っても差し支えないかもしれない。一瞬にして人間の数倍はあるオークを倒したことにハヤトは驚嘆していた。一方、それとは別に彼女は用事もあってここにきたらしかった。
「この場は任せてさらに奥に進んでください。それから当然ですが敵の本陣に近づくに連れて魔物の強さも上がりますのでお気をつけて」
彼女はそういうとハヤトのそばから離れ、他の者の手助けをしに行った。ハヤトは再び緩んでいた右手の剣をしっかりと持ち直し、少し震えていた体に力を入れる。だが、震えはおさまるどころか、足がすくんで動けない。何かの恐怖がハヤトの体に絡みついていた。周囲を注意深く観察する。戦場はどちらのものか判別できない血で溢れかえっていた。仲間の剣は血だらけになっており、いかにも戦っている様子が窺える。生き残って戦っているものもいれば、すでに死んでいる者もいる。戦場なのだから当たり前だ。セティーラは先陣を切って指揮と助けに回っている。一方、後ろに控えているフランら迎撃部隊もすでに戦闘に突入している。救護部隊はリーゼットを中心として治療に当たっている。この場にいる全員がこの戦いを全力で勝とうとしていることが見ているだけでも感じ取れた。
──俺だけが弱っていてどうする。みんな必死に戦っているんだ、それに俺が応えないでどうする!
そんな思いがハヤトの頭の中に浮かぶ。ハヤトは初めからこの戦いにビビっていた。まだこの世界に来て日が浅い。それにあまり戦闘経験がなく、系統外魔法の扱い方にもまだ完全に慣れたわけではない。カリナと出会えたことも単なる偶然だ。それにハヤト自身、勇者になれたからと言ってもそこまで強くないと思っている。初めからこの世界のスキルさえまともに使えなかったのだから当然だろう。そんなことを考えている間にも、敵味方それぞれが殺したり殺されたりしている。顔に生ぬるい冷や汗が汗と混じって伝う。
「ハヤト!」
カリナの焦りの声で意識が覚醒する。視界の先ではカリナがハヤトの目の前まで迫った剣を受け止めていた。よほど急いだのだろう。彼女の脇腹から少量だが血が流れている。受け止める過程で刺されたのだろうか。だが、当の本人はそんなことを気にするそぶりも見せずハヤトだけをただ一心に見ていた。
──いや、今はそんなことはどうでもいい。ここは戦場だ。
自然と足に力が入る。さっきまで震えていた体が自然に戻っていく。ハヤトはカリナが受け止めている剣を押し返し、その反動でオークの頭を一気に抉る。その後、二体同時に襲って来たのだが、ハヤトは自前の瞬発力で全ての攻撃を交わし、系統外魔法で一網打尽にした。
「すまん。怪我大丈夫か?」
「…‥大丈夫。特に問題はない」
少頬が膨れているカリナ。「何が言いたいのかは解るが、戦場なので後でにしていただきたい」そう思ったハヤトだったが、そこは空気を読んでわざと口に出すことはしなかった。
──まあ俺が言えたことじゃないか。
「ハヤト、さっき言った。気を抜かないでって。ここは戦場。勇者のハヤトが簡単に死んだら困る」
拗ねた表情でカリナがハヤトに詰め寄った。ちなみに、さっき倒した直後、カリナが結界を張ってくれたおかげで少なくとも今のところは安全だ。
「……説教は後で聞くから」
「……本当に大丈夫?」
ハヤトは力強く頷く。
「ああ、もう大丈夫だ。心配かけた」
「それじゃあ、さっさと魔王軍幹部を倒そう?」
カリナの目が獣を狩る時の目に変わっていた。ハヤトはその目に強い意志を宿し、敵陣に踏み込んだのだった。ちなみにこの時のカリナの目がハヤトには狂気の悪魔のように写っていたのだが、それを知っているのはハヤト自身だけだった。
◇ ◇ ◇
二人はセティーラの指示通り敵陣の深部まで到達していた。もうあたりを見回しても仲間と思われる冒険者も僅かになっている。実際、ここまで来ている冒険者はAランク冒険者及びBランク冒険者くらいのものだ。フランの作戦通り、比較的ライセンスが低いものは雑魚処理、高ランクになればより敵陣に足を踏み入れている。さすが高ライセンス組だけあって、パーティの連携技も見ていて一瞬たりとも隙がない。そしてその剣捌きは人を圧倒させるぐらいの華麗さを持ち合わせていた。
──カリナとの連携、もっと練習しないとな。
敵陣に踏み込んでいるのにハヤトは呑気にそんなことを考えていた。さっきまでのビビり具合はどこに行ったのだろうか、というぐらいである。敵陣に近づくにつれ空気は一層濃くなり、吐き気が催してくる。しばらく進むといきなり視界が白い何かでぼやけ、前が見えなくなってしまった。
──いきなりなんだ、この白いものは……。
白い霧の中、しばらく進んでいたのだが、先人を切って進んでいたカリナが何を思ったのか急に後ろに飛び退いた。その行動にハヤトはカリナが何かを察知したと読んで同時に下がる。
「ハヤト、何かが来る」
カリナが彼にそう告げたほんの数秒後、ハヤトの直感でもそれが視えた。ハヤトは警戒しながらも剣を構える。カリナの方も同じく剣を抜き、数メートル先に向かって威嚇していた。
『我の領域に足を踏み込んでくるとは一体何者だ?』
白い霧のようなものの至る所から奇妙な声が聞こえてくる。
「誰だ!」
『先に貴様らが名乗るのが礼儀であろう……まあ良い。──我は魔王軍第十部隊の指揮官カルである』
──いきなり指揮官の登場か。こいつがフランの言っていたやつなのか?
ハヤトはあらかじめ彼と今回のことについて戦略を立てていた。フランが指摘したのは、今回指揮をしているのが魔王軍幹部第一席の者か、第十席の者のどちらかだということだった。魔王軍幹部は他の魔王軍と比べても強い、彼はこうも言っていたのを思い出す。
「ってことはこいつを殺ればいいってこと?」
『小娘、貴様我に向かってその口の聞き方はなんだ。それに…我を殺せるとでも?』
「やってみる価値はある」
カリナが目を光らせてそれに応えた。彼女はより一層剣を強く握った。
『──面白い。それなら貴様ら二人で我を倒せるかやってみるがいい!』
そう言ってカルは右手に剣を握った。
次話が山場となります故、ぜひ読んでいただけると幸いです。




