第9話 契約
「……ト、ハヤト」
「んん……カリナか。俺はどうなったんだ?」
あの石碑に触れた後、突然意識をなくしたかのように倒れたらしい。カリナが心配そうにみている。ハヤトはゆっくり立ち上がり、もう一度石碑に触れてみる──が何も起きなかった。再び石碑の文字に目を落とす。
『ここを通る者、一切の迷いを捨てよ。全身に神経を集中させ、自らを清めよ。さすれば何時の願い、聞き届けられよう』
さっきのエレノアの言葉がこだまする。
『あなたは──英傑』
「カリナ、契約してみてもいいか?」
突然でなんのことだか分からない彼女はポカン、という表情を浮かべていた。
「契約?それって英傑スキルの?いいよ」
カリナは不思議がりながらも近くまで寄ってくる。ハヤトは彼女と握手する格好になった。
──こうすれば、いいのか?
ハヤトは深呼吸をし、目を閉じて全身に意識を集中させ、カリナと接続する。
『契約スキル、発動』
その瞬間、ハヤトとカリナの周りに白い陣形ができ、あたりが急に暗くなる。闇が包み込むように彼らを覆う。
「大丈夫か?」
「うん、今のところは……」
「……悪い、嫌だったか?」
「そんなことない。ハヤト、続けて」
ハヤトはさらに意識を集中させる。その白い陣形が二人の身体を通り抜ける。ハヤトは急に浮かんできた言葉をそのまま詠唱した。これがエレノアが言っていた「自然に発動する」という意味合いだった。
『我、英傑ハヤトなり。我は汝との契約を誓う。カリナ、汝は我の契約者となり我に力を貸すことを誓うか?』
契約スキルが発動状態であるためかハヤトは決められた言葉のみ発することができた。一通りハヤトが詠唱をし終えると、カリナが口を開く。
『我、カリナ、猫耳族にして最強の剣士なり。我は其方に力を貸すと誓う』
そう口にした途端、二人の間に白い紐が浮かび上がる。片方はハヤトの、もう片方はカリナの手に結ばれる。その紐がだんだん透明になって──そして消えた。視界が急に元に戻る。白い陣形も消えた。そして、さっきまであった洞窟も跡形もなく消えている。
「終わったのか?」
カリナとの接続を解除してハヤトは呟く。さっきまで陣形の中にいたからなのか、少しふらついた。
「ハヤト。手をみて」
ハヤトはおろしていた右手に視線を動かす。それまでなんともなかった右手が発光し始めた。発光色は──無色、いや白だった。
──何だ?もしかして……系統外魔法か?
ハヤトは白く光る手を見た途端、脳にカリナの使うスキルが過ぎる。およそ数十秒、カリナに心配されながらも伝達された情報を解析しようとハヤトは高速で脳を動かした。その中で見たこともないような情報が駆け巡る。炎に剣を纏わせ、全てを弾き返している姿──突然視界が真っ暗になり、再び目を開ける。
「大丈夫?」
「ああ、系統外魔法が習得できたのかはわからないけど」
「──魔法?」
よくわからないという表情でハヤトを見るカリナ。外はすでに暗くなっていて、今日は森の中で寝ることになりそうだった。ハヤトはお腹もあまり空いていなかったので、そのまま簡易ベッドを作りハヤトは寝転びながら、さっき天界であったことを話した。
「つまり、私たちが魔王を倒す、ってこと?」
「まあザックリそんな感じだ。俺たちは今ここの──ラグナイト大陸にいるらしい。これからエルセルト街を出て
南西にある街を通過して王都に行こうと思ってる」
「さっきの話だと、私以外にもSランク冒険者をパーティに引き込まなきゃ行けないんだよね?」
「そういうこと。そういえば聞きたかったんだが、Sランク冒険者に連絡できないのか?」
少し考えるそぶりを見せ、カリナはううんと首を振る。彼女の目はもう半分閉じかけていたのだが、当の本人はそれに抗うように無理やり頭を回転させていた。
「私たちSランク冒険者は基本的に単独で動くことが多いから、そもそもどのくらいの人数がいるのかすらわからない。他の冒険者を頼らなくてもある程度は稼げる」
少し胸を張って答える──先の戦いで外傷こそなかったが、服が少し破れている。ハヤトは際どい場所に目を向けないよう、必死に抗った。というのはハヤトの脳内で行ったことである。
「そうか……とりあえず、このルートで行ってもいいか?」
なんとも少し気まずくなり、ハヤトは話を元の線に戻した。一方カリナはそこに突っ込まれなかったことに少し頬を膨らませていた。今にも「むぅ」が聞こえてきそうだ。
「わかった。……私はハヤトと一緒に入れればどこでもいいよ。それに」
嬉しそうな声を隠しきれずにカリナはこうつぶやいた。
「私はもうハヤトの契約者──ううん、婚約者だよ?」
ハヤトはというと、なんとなくそんな話になりそうだったのであらかじめ寝たふりをしていた。しっかり寝息まで立てておく。
「って寝てるの?──せっかくいいこと言ったのに」
──いや、さっきの言葉全部聞こえてるからな?
「まあいいや。これからもよろしくね、ハヤト」
無事洞窟を出られた彼らは、そんな話をしながら一晩過ごしたのだった。カリナにいつ襲われるか怖かったハヤトはなかなか寝付けなかった、というのは彼しか知り得ないことだった。
◇ ◇ ◇
──閑話休題──
朝の日差しが目に入り、ハヤトは眠たい体を起こそうと奮起する。なんだか周りが騒がしい。辺り一面から変な音が聞こえる。
──ん?音?俺たちは確か森の中で寝ていたはずだが……。
ハヤトはいきなり冷水を浴びせられたかのように錯覚し、一気に飛び起きた。んんっーと伸びをして、目を擦った。微かに麦の匂いがする。あたり一面は見覚えがある道だった。ふと隣に目を動かす。そこには猫耳と尻尾が丸出しのカリナが気持ちよさそうに寝息を立てていた。外傷はすでに消え去っており、その華奢な肢体を元通りになった服が包み込んでいる。流石にハヤトもまずいと思ったが、無理に起こす必要はないと思い直し、結局放置した。そんな彼女をしばらく眺めていると、突然体がぴくっと動き、寝言を発した。
「んん…ハヤト……美味しいご飯が……食べたい…」
カリナにも無理をさせたことに若干の罪悪感を覚えながら今日はカリナと美味しい肉料理を作ろうと決め、ハヤトは馬車を運転している人に挨拶をした。さっきから一言も発さずに運転だけをしている。服装はエルセルト街騎士団のものだった。さすがというべきか、その姿は気品に満ち溢れている。
「すみません、あなたは?」
声をかけられた本人はあらかじめそうなるだろうと予測していたのかと思うくらい動揺しなかった。その点、ハヤトはそのことに対して逆に少し驚いた。
「申し遅れました、私はセティーラ。エルセルト街・騎士団代理団長です。以後お見知り置きを」
騎士団長のフランが動けば、冒険者ギルドも動くということになり少し面倒だったのだろう。代わりに代理団長を立てることで騎士団として動いていることが窺えた。
「ところで、なんでエルセルト街からの騎士団がここにいるんだ?」
「ああ、そのこと…。今日の昼頃、教会の神像からお告げがあったみたいで」
そのお告げがあったのは異世界時間午前六時ごろだった。いきなり銅像が光り出したと思ったら『冒険者二人を助けよ』という言葉を残してすぐに元に戻った、ということだった。ハヤトはその話で天使のエレノアを想像していた。
「私も半信半疑だったのですが、馬車で洞窟付近を通りかかった時にお二人が倒れているのを見つけ、今に至ります」
「そうだったのか‥‥‥本当にありがとう」
「もう一人のお方はあなたの連れですか?」
空をしばらく眺めていたハヤトだったが、そんな声で意識が副団長に戻る。どうやらセティーラはカリナがSランク冒険者だと知らないらしい。カリナは少女の姿でいれば意外と気が付かれることはない。
──本当に身分を偽っているのか、こいつ。
「ああ、俺の大切な仲間だ」
ハヤトは少し考えてからそう告げた。というのも、ここで奴隷なんかと言えばこの世界で無差別運動が浸透している中、いささか不謹慎だろうと考えての発言である。
「そうだったんですか…てっきり私は奴隷なのではないかと…ってすみません、不謹慎でしたね」
「気にするな。そう思われても仕方のない世界だ」
やはりいまだに猫耳族は奴隷として位置付けられている。だが、この世界ではどうしようもない事実である以上、何も言うことはできない。とはいえ、一応王都が動いているらしいのだが結局のところ、それはこの世界の種族間の思い込みであり、王国が声明を出したからといって必ずしもなくなるとは限らない。そんなことを話していると、今までぐっすり寝ていたカリナが目を覚ました。
「……ハヤト?………ここどこ?」
寝ぼけた頭で数秒間をかけて声を発する。その姿はまるで大の大人が熱で幼児化した時のようだった。ハヤトは言葉を選び、できる限りゆっくりと発音した。
「今、副団長が俺たちをエルセルト街まで乗せてくれている最中だ」
「そう……なの?」
「ああ、ただ……できればその耳と尻尾は隠しておいて欲しいんだが」
カリナはハッとした顔つきになり、急いでフードを被った。前の座席に座っている彼女に聞こえないようにカリナに経緯を話した。
「大丈夫だ。彼女はセティーラ、冒険者ギルドの代理団長だ。それに…カリナのことも知らない。だから別に耳と尻尾を急いで隠す必要はない。俺が言いたかったのは、もうすぐエルセルト街に着くから準備をしろ、ということだ」
「そうなの‥‥‥?」
ふと窓の外を見る──遠くから何かが迫って来るのを目視した。ハヤトはその正体について知ろうとセフィーラに声をかけた。
「セティーラさん、あの遠くに見えるのって‥‥‥」
彼女はハヤトが指した方向に目を向ける。突然彼女の顔つきが変わる。
「お二人とも、少し下がっていてください」
動かしていた馬車を急いで止め、ハヤトたちにそう指示をした後、セティーラは剣を構えた。エルセルト街まで後少しだったため、門番をしていた衛兵と冒険者が近づいてきている。
──いったいあれはなんだ?
「あれは‥‥‥ゴブリン?どうしてこんなところに‥‥‥!」
エルセルト街まであと数キロというところでわずかに群がったゴブリンが街に向かってきている。
「それなら俺も‥‥っ?」
ハヤトがそう言いかけたところでカリナが俺の袖を掴み、首を左右に振った。
「ハヤトは今登録上Eランク。ゴブリン討伐の推奨ランクはD以上。こんなところで出しゃばったら系統外魔法の所有者ってことがバレる。ここは彼女に任せよう」
「わかった。それなら彼女の背中に甘えよう」
ハヤトはそんなことを言うカリナを放っておけず、結局セフィーラに全て任せることにした。そんな会話をしている間にも、ゴブリンは距離を詰めている。
「二人とも、私の後ろに下がって、決して離れないでください」
一匹のゴブリンが彼女に襲いかかる。彼女は攻撃スキルを発動させた。彼はセティーラのオーラが一瞬だがかなりの濃度で練られているのを目視した。
『流剣』
その文字のごとく、近づいてきたゴブリンの肢体を流れるような剣技で切り裂いていく。一切無駄な動きがない。この技を見るにかなりの鍛錬時間を要したのだろう。その技は見惚れるくらいに洗練されていて、綺麗だ。その剣の鋭さのせいか、血が噴き出ることもなく真っ二つに割れ、ゴブリンが倒れていく──ものの数秒程度でゴブリンを撃退してしまった。彼女の息は上がっていない。ふう、と一呼吸つき、剣を鞘に収めたところでハヤトは彼女に質問した。
「セティーラさんってライセンスどのくらいなんだ?」
「私は一応Aランクを取得しております」
セフィーラがAランクを取得したのは齢20歳前後、今現在、彼女の年齢は22歳である。ハヤトはその若さでこのライセンスを取得したこと、その年齢で代理団長、つまり騎士団序列第二位を獲得したことに感嘆を隠せなかった。
──そりゃ強いわけだ。
「それにしても変ですね。こんなところに今までゴブリンなんて来なかったのに」
彼女は考え込むように腕を胸元で組んだ。
「そうなのか?」
「ええ、少なくとも私がエルセルト街の傭兵団に入ってからは一度もありませんでした」
「それって魔王復活と何か関係しているのか?」
「おそらくは。言い伝えによると、魔王封印してから2000年後、つまり今年中に魔王が復活する可能性が高いらしいです。──そろそろ英傑がきてもおかしくないはずなんですが‥‥‥」
その言葉でハヤトは一瞬だけ凍りついた。いや、正確に期すと彼のいる半径50メートル圏内の空気が凍りついた。背中に冷たい汗が伝う。だが、人が見ているところで英傑だと明かすほど彼は思量に欠けた人間ではなかった。そんな彼の心中を見透かしてか、セフィーラはイタズラっぽい笑顔を見せた。
「まあ何がともあれ、ひと段落つきましたのでこれから先程の報告も兼ねて冒険者ギルドに行くのですが、乗って行きますか?」
その言葉を聞いて、ハヤトはカリナと顔を見合わせた。
「じゃあ、乗っていくか。すまん、俺たちも乗せていってくれ」
「かしこ参りました。それでは、冒険者ギルドへ」
お読みいただきありがとうございました。久々の更新となりましたが、最新話いかがだったでしょうか。これから先、ハヤトはフランによってとあることに巻き込まれてしまいます。ぜひこれから先も楽しみにしていただけると幸いです。更新していない間も来ていただいた方、本当にありがとうございました。これからもよりいい作品が作れるよう精進していきますので応援していただけると幸いです。




