第2話 【急募】自由
家を出てから早数ヶ月。
私は王城の一室でカリカリとペンを動かしていた。
別に私も考え無しに家を出たわけじゃない。
知り合いに雇って貰えると分かった上で出てきたのだ。
予想通り雇って貰えた私は、現在知り合いの仕事の手伝いをしている。
扉がノックされ、私を顔を上げる。
部屋に入ってきたのは、私の雇い主である金髪碧眼の同年代の青年だった。
王道のイケメンフェイスをした青年はレイン同様令嬢の憧れの的だ。
「やあ、ソフィア。今日も順調なようだね」
「第二王子殿下におきましてはご機嫌麗しゅうございます」
「丁寧なソフィアとか気持ち悪いからいつも通りでいいよ」
「なんていうこと言うんですか」
仮にも貴族の令嬢である(あった?)私に対して失礼な物言いである。
いや、それ以上に自分が不敬なのだが。
それはそうと、私は現在この第二王子ことミカエルの手伝いをしている。
昔からの腐れ縁である為、事情を伝えれば大爆笑してすぐに職と部屋を与えてくれた。
トラブルメーカーの腐れ縁が初めて役に立った瞬間である。
そんなミカエルは私の前までやって来ると、丸まった紙を一枚机の上に置いた。
仕事の書類、という訳でも無さそうだ。
「はい、プレゼント」
「嫌な予感しかしないんですけど。受け取らないという選択肢は?」
「ないね」
ないのか。
ミカエルにいい笑顔でそう返され、私は早々に諦める。
ミカエルは表情が柔らかくとっつきやすいが、王位継承を争う五人の王子のうちの王太子候補筆頭だ。
つまり、当然の如く腹黒い。第一王子を退けるくらいには。
嫌々紙を手に取り、広げて見慣れた字で綴られた文章を読む。
そして、読み終えた私はそれを魔法で燃やした。灰になった紙がボロボロと床に落ちていく。
小さくて丸っこい字が段々崩壊していく様はこの紙を書いた当人の精神状態だとすぐに分かった。
「自業自得ですね。彼奴に自ら近づくからこんなことになるんです」
「レインにお近づきになりたい令嬢は沢山いると思うけどね?」
全て見透かしているのだろうか、この王子様は。
茶化すようにこちらを見てくるミカエルを一瞥し、私は溜息を着く。
お近づきになりたいのと実際にお近づきになるのとじゃ随分訳が違うだろう。
「それは私も知っています。しかし、彼奴の本性を知ってしまえばみんな逃げたくなるでしょう」
定期的に無くなる衣服、誰かに観察されているかのような視線、気が狂いそうなあの地下室。
あの変態の本性を知れば誰だってドン引きするはずだ。
家とは別ベクトルでクるものがある。
「そんなソフィアにもう一つプレゼントがあるんだけど」
「いらないです」
「まあまあ、そんなこと言わずに」
やめてほしい、本当に嫌な予感しかしない。
身構える私とは対照的に丸まった紙を取り出すミカエルの表情は明るかった。
「大丈夫、こっちは君にとって悪い知らせじゃない」
そう言って彼は私の目の前で紙を見せつけるように広げた。
「おめでとう、ソフィア。君は無事エスティバン侯爵家から勘当された」
「え」
珍しく嫌な予感が外れ、思わずいつも死んでいると言われる目を輝かせる。
勘当。
そんな普通の貴族からしたら絶望でしかない言葉も私の手にかかれば魔法の言葉に様変わりする。
私はちゃんと絶縁して貰えたのだ。
「今日から平民か……」
「そうだね」
なんだか不思議な感覚だ。
ミカエルの用意してくれた労働環境が良すぎて全然平民になった感がない。
これから生きていけるのか、私は。
「これからなんの仕事しようかな」
「僕としては王太子になるまで手伝ってくれると有難いんだけど」
そういう事を言われるともう少しここにいようかなと思ってしまうのでやめてほしい。
少し金稼ぎが出来たら出ていくつもりなのだから。
ペンを置き、どうしようかと首を捻れば扉がノックされた。
使用人かと思いミカエルに目をやれば、首を横に振られる。
まさか。
そう思った刹那、高価そうな扉が無惨にも吹っ飛んだ。
「やっぱりお前が頼るとしたらミカエルか」
そして現れたのは一人の青年だった。
白銀の長い髪をたなびかせ、特徴的な赤い瞳は氷のように凍てついている。
これは、相当怒っている。
「信じたくなかったんだがな……やっぱりここにいたか、ソフィア」
口角を上げた青年は、元婚約者であるレイン・アンダーソンその人だった。