第1話 義妹に婚約破棄を迫られています
「お姉様はレイン様に相応しくありませせん!なので婚約破棄してください!」
何が「なので」だ。勝手なことを言ってくれる。
私は呑気にコーヒーを飲みながら目の前にいる義妹に心の中でため息をついた。
茶色の緩いカールのかかった髪に大きなピンクゴールドの瞳。
小柄で庇護欲をそそると男性から好評で素直かつ感情をよく表に出す義妹だが、裏を返せばワガママで少々気性が荒い。
父親と義母が甘やかした影響なのだろうか、これは。
あまり深く考えず物を言っているであろう義妹に仕方なく分かりきった質問をしてみる。
「で?私とレインが婚約破棄して貴女にはなんの得があるの?」
「そんなの私と婚約するに決まってるじゃないですか!」
何も分かってない夢見る乙女の顔。
これが幼女なら可愛いと思えたが、生憎私の目の前にいるのはそろそろ結婚の適齢期を迎える成人直後の義妹。
レインと婚約、か。
私は遠い目をしながらそろそろ婚約破棄をすることになりそうな婚約者を思い浮かべる。
白銀の長い髪とルビーのように鮮やかな紅い瞳。それに芸術作品のように精巧な整った顔立ち。
貴族令嬢からの人気NO.1と呼び声の高いその男の名前はレイン・アンダーソン。
由緒正しいアンダーソン公爵家の長男であり、優秀な嫡男というハイスペック男だ。
しかし、私は婚約していながらレインという男がどうも苦手であった。
同じ派閥の侯爵家だったから貴族の事情で婚約したわけだけれど、自由恋愛が出来たら絶対に婚約なんかしないと思う。
私はカップをこぼさない程度に傾け、目を瞑って考える。
熟考の末、私はパッと目を開いた。
「うん、いいよ」
「!本当ですか!?」
キラキラと目を輝かせる義妹。
普段は私を見下した目で見てくるというのに、調子の良い子だ。
でも義妹は魔力が強いし、魔道士の家系であるアンダーソン公爵家は私ではなく義妹でもいいだろう。
むしろ歓迎するかもしれない。
「うん。その代わりお父様に貴女が言いなさい」
「分かりました!」
適当なことを言えば義妹は簡単に承諾した。
まさか婚約破棄をするなんて思っても無かったので何も準備してなかったが、こんなことならもっと早く準備しとくんだった。
義妹が部屋を出ていくのを見届け、私は鏡の前に鋏を持って立つ。
そして、一思いに腰まであった黒髪を肩ほどまで切った。
重い髪が床にバサリと落ちる。
毛先を軽く揃え、貯めておいた金やら最低限の服やらをバックに纏めた。
婚約破棄は別に構わないが、こうなっては義母が嫌がらせとして変な相手と私を婚約させる可能性がある。
その前に絶縁してさっさと逃げてしまおう。
私は母の形見のネックレスをバックの奥底にしまい込む。
亡き母が残していった中で私を一番守ってくれたのは国の情勢を揺るがしかねない公爵家との婚約だったのかもしれない。
しかし、それも今や無くなったも同然。
義妹の言うことを父親が聞かないわけが無い。
今頃、父親は義妹の話を了承しているだろう。
そんなことを考えていれば、珍しく誰かの足音が聞こえてきた。
「ソフィア!」
扉の外から義母の声がした。
義母の顔を忘れるほど会っていないのだが、私の脳みそは声を忘れていなかったらしい。
「どうぞお入りください」
そう告げれば、扉が勢いよく開けられた。
予想通りそこに立っていたのは義母であった。
そうだ。こんな顔だった。
義妹と同じ茶髪にピンクゴールドの瞳を見てそんなことを考えていれば、義母は私を見るやいなや鼻で笑った。
「貴女の婚約破棄が決まったわ」
「そうですか」
流石に早すぎる。
まだ正式に婚約破棄したわけじゃないだろと思いつつも、特に驚きは無かった。
父が義妹に甘いのはいつものことだ。
そんな反応が気に食わなかったのか、義母の眉間に皺が寄るが特に気にしない。
気にしても無駄だから。
「最初からこうすれば良かったんだわ。だからアンタはもう用済みなのよ。私がいい相手を見つけてあげるからさっさと───」
「絶縁させてください」
「……何を言ってるの?」
義母は一瞬無言になり、唖然とした表情になる。
これは貴族が平民にならせてくださいと言っているのとイコールだ。
人にとっては死より屈辱的な事かもしれない。
でも、それでいい。それでいいのだ。
私はもうこの立場に疲れてしまった。変わってくれるならば、義妹でもいい。
「書類の処理はそちらにお任せします。まあ、国王に許可を貰わなければならないですし、割と大掛かりな作業ではありますが、何卒よろしくお願いいたします」
「ちょっと待ちなさ……」
「では」
ちゃんと書類を出してくれるだろうか。
そんな不安に駆られながらも私は二階の窓から飛び降りた。
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