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転校生をバカにすることなかれ

転校生をバカにすることなかれ~小学校編~

作者: 折原さゆみ

「えにし、すまないがまた引っ越しだ。」


 もうこれで何度目の転校だろうか。だがそれにももう慣れた。父の仕事の都合で転校してばかりの私だが、転校するのはやはり寂しい。短かったとはいえ、ともに学んだクラスメイトや「恋人」と別れるのはつらい。とはいえ、今回も私の目的はすでに果たされたのだから、別れがつらいとはいえ、特に未練は残っていない。むしろ、早く次の学校に行きたいという思いの方が強かった。



「別府えにしです。ここでみなさんと出会えたのはなにかの縁です。よろしくお願いします。」

 

もう何度も繰り返した自己紹介を終え、私は新しいクラス全体を見渡した。このクラスの人数は30人ほど。この中にもきっと私の「大好きな」人種がいるはずだ。そして仲良くなれるはずだ。

 

休み時間になると、クラスメイトがこぞって私の席の周りに集まってきた。私はさっそくクラスの実態を把握にかかる。この学校は田舎にあり、転校生は珍しいらしい。これは好都合だ。


「えにしちゃんって呼んでもいいかな。変わった名前だよね。」


「前の学校はどんな感じだった。うちとどう違う。」


「いいなあ。いろんなところに行けて。うらやましい。」


一度にたくさんの人から話しかけられて、転校に慣れていなかった頃の私はそれだけでもう学校に行くことに恐怖を覚えた。知らない土地、知らない人間、知らないことだらけで恐怖を覚えることは仕方ないことだろう。人見知りだった昔の私なら、なおのこと学校には行きたくなかった。


 しかし、今はもうそんなことはない。私は転校した学校での楽しみを見つけた。それはそれは楽しい遊びを。




「未来ちゃんと太一君は幼馴染なんだね。いいなあ、幼馴染って。私にはいないからうらやましいな。」


 私は転校した新しい学校で、まず初めに「幼馴染」を探す。できれば男女の幼馴染がよい。そして、彼らが「仲良し」なことが重要だ。仲が良く、クラス全体がその幼馴染の男女が付き合うことを容認している、もしくはすでにクラス公認の仲が理想だ。そのような人間は大抵、クラス内には最低一組ぐらいは存在する。その把握をするために転校して一か月くらいは、おとなしい人畜無害そうな性格に見えるようにふるまうことにしている。


「幼馴染なんていいものじゃないよ。ずっと一緒にいるっていうだけでセット扱いされるし、親ももう太一にしておけばとか言ってくるし。つまんない。」


 文句を言う割に声の調子は軽い。怒っている様子は見られないし、どちらかというと、照れくさい感じで、私に言わせればただののろけにしか聞こえない。


「親にまで認められているんだね。いいなあ、太一君と将来を約束されているなんてすごいことだよ。私もここに来てから1か月くらいだけど、太一君って、かっこよくて、優しくて頼りになって理想の人だよ。私のタイプかも。でも、太一君は未来ちゃんのものだよね。残念。」


ここで私は盛大に太一君をほめる。あたかも惚れてしまったかのように。そして未来ちゃんのせいで私は太一君に告白できないことをほのめかす。


「太一はそんなんじゃないよ。かっこよくなんてないし、優しくもないし、頼りになんてならないよ。それに私のものじゃないし……。」


「えにし、それぐらいにしたら。未来と太一の仲に入れる奴なんていないんだから。いくらえにしの好みだって無理だよ。あきらめな。」


「そうそう。あきらめなって。太一に告白する女子多いけど、みんな玉砕してるから、やめときな。」


「そうだね。みんながそういうならやめておくよ。」 


クラスの女子たちに、太一はやめときなといわれるので、私はあたかもあきらめたような残念な風を装って答えておいた。まあ、実際あきらめるつもりは毛頭ないが。だって私の楽しみなんだもの。


 

私は「幼馴染」という言葉が大嫌いだ。漫画やアニメ、小説、いたるところで幼馴染をテーマに扱った恋愛ものと出くわす。そのたびに引っ越しが多い転勤族には無縁のもので、何が幼馴染だ、そんなものは私には存在しないんだよ、と思っていた。


 そして、大抵の物語は幼馴染同士が結局つき合うことになるのだ。転校生などのよそ者はただの、幼馴染たちのつき合うための一歩を与えるに過ぎない、かませの存在でしか扱われることはない。


 昔はそれが嫌で嫌でたまらなかった。しかし、ある出来事をきっかけに幼馴染という存在が私にとって、生きがいとも思える存在になった。


好きになりかけた男の子がいた。小学4年生くらいの時だったと思う。いつものように転校した学校で私は慣れない学校生活に苦戦していた。この時は、クラスメイトの視線が怖くて、学校に行くのが苦痛でしかなかった。


その子には幼馴染の女の子がいた。その女の子は、クラスからの人望が厚く、クラスの中心にいる人物だった。そしてその男の子もかっこよかったので、お似合いの二人だと言われていた。


それでも好きという気持ちは止めることはできなかった。その男の子は転校してきたばかりで何も知らない私にいろいろ教えてくれた。面倒見のよい性格だったのだろう。クラスメイトのこと、先生のこと、学校のこと、幼馴染の女の子のこと、とにかくたくさんのことを教えてくれた。


ただ、その男の子にとっては転校生という私が珍しかっただけなのだろう。それで私の面倒を見てくれた。それだけだったはずだ。


「のぞむ、なんであんな女にばかり構っているの。あんなよそ者、どうでもいいでしょ。あんたには私がいるんだから、他の女に構っている暇なんてないでしょ。」


 あるとき、ふと女の子が男の子に話しかけているところを目撃してしまった。たまたま、階段の踊り場にいたところを見つけ、とっさに二人から見えないところに身を隠した。


「そんなこと言うなよ。転校したてで右も左もわからないだろ。面倒見てあげたくなるだろう、普通。」


「普通じゃない。だってあの女、のぞむが優しくしてあげても全然うれしそうじゃない、いつも無表情で面倒見てあげるだけ無駄じゃん。絶対感謝なんてしてないよ。」


「そうかなあ。れいがそういうならそうかもしれないけど……。れいがそこまでいうなら、これからは彼女との接触は控えるよ。」


話を聞いていると、その女の一言で男は私の態度を変えるようだ。なんて薄情な、まあ別にいいんだけど。優しくしてくれて好きになりかけた私がばかみたいじゃないか。


確かに私は感情が顔にあまり出るタイプではない。昔は年相応に感情が顔に現れていたと思う。しかし、転校を繰り返してきたので、そのたびに悲しみに明け暮れていては身がもたない。そのために、徐々に感情が顔に出なくなってしまった。無表情に見えがちだが、表情だけであって、心の方は完全に感情を消し去ることはできていない。


 私はその話を聞いて、多少のショックを受けた。とはいえ、まだそこまで本気ではなかったことが救いだった。本気で好きになったとしても、どうせすぐに転校するのだから告白する予定はなく、心の中に淡い恋の思い出を残すにとどまるだけだったが。




その後、本当に男は私に対する態度を変えてきた。私が話しかけようとするとあからさまに避けようとするし、向こうから話しかけてくることも減った。あろうことか、女の方に熱心に話しかけるようになった。じゃあ、前から私じゃなくてその女に話しかけろよ、と突っ込みたかったが、やめておいた。無駄な争いは避けるのが得策だ。


 それから私はある計画をたてた。子供が好きな子に対して冷たくされたことに拗ねてする嫌がらせの行動みたいなものだ。ただ子供にしては少々えげつない気はしたが。



実行のため、その男が無視しているにもかかわらず、私はこれまでよりさらにその男に積極的に話しかけることにした。女の幼馴染にはない魅力を存分に発揮するため、その女とは正反対のはかない感じの性格を演じることにした。


その女はそもそも地元志向が強すぎて排除的である。自分に害をなすと思ったら排除する主義らしい。田舎にあるこの学校では転校生もほとんどなく、さらに保育園か幼稚園の頃からの付き合いで女の地位は固められている


女はスクールカーストの中で上位にいるようだった。その女のいうことは絶対らしい。井の中の蛙というべきか。クラスの中心にいることはわかっていたが、大して勉強ができるわけでもなく、頭の回転も遅い。運動神経は良いらしいが、それならただの脳筋と変わらない。


ただの田舎女がこのクラスの頂点なんてくそくらえ。それに対して、クラスメイトは何も思わないのだろうか。あるとき、私は取り巻きの一人に聞いてみた。


「どうしてそんなにれいのことを慕っているの。私たちに対して偉そうだし、なんか感じ悪い。」


「そんなことないよ。私たちのことしっかり考えてくれるし、最高の仲間だよ。」


「そうだよ。偉そうなのはリーダーシップを発揮しているからだし、感じ悪いことなんてないよ。」


取り巻きたちは女について嬉しそうに話し始めた。取り巻き以外のクラスの女子にも聞いたが、結果は同じだった。どいつもこいつもそろってリーダーシップがある、優しい、頼りになると言っている。世間が狭いとはこのことだ。私が自分の好きな男と少し仲良くするだけで無視するような、心の狭い女だ。そんなくそみたいな女がスクールカーストの上にいるなんてことを許しておけるはずがない。


女の方も私のことをあからさまに無視するようになった。さらに私に話しかけなければならない時は、わざわざ「別府さん」と苗字呼びするようになった。最初は親しげに「えっちゃん」と呼んでいたのに。どうやら本当に敵認識されてしまったようだ。


無視されること以外に特にいじめのようなことは起こらなかった。無視すれば私が男のことをあきらめるとでも思ったのだろうか。アニメや漫画のように壮絶ないじめがなくてよかったとは思う。


クラス全員から無視されたり、机に「死ね」「ブス」と落書きされていたり、金銭を要求されたりなど、無駄に悪い想像をしてしまった。もしそんなことが起こったらすぐに親に相談している。両親が私をいじめた子の親に怒鳴り込みに行くだろうし、それがだめなら、こんな学校にいる必要はないといって、すぐに転校の手続きしてくれるだろう。


転校が多いことで、私に苦労をかけていると自覚し、心配してくれる優しい親である。少し過保護で、モンスターペアレント気味ではあるが、それで子供が安心して学校に通えるならそれはそれで問題ないだろう。そのような親にあたった担任は不運でしかないが。


もちろん、私も何かしらの報復はするとは思うが、いじめられたら精神的に参ってしまい、自殺を考えてしまうかもしれない。そうなる前にやはりまずは親に相談すると思う。私の両親はモンスターペアレントといってもいいので、私が報復する必要もなく、いじめの問題は解決するだろう。相手の親に殴り込みに行き、こてんぱんにやっつけること間違いない。


結果として、それは子供に伝わり、あの子に逆らうなということになってしまうかもしれないが、それで自殺を防ぐことができるなら別に構わないと思う。


そもそも、私には地元で長く過ごすという経験をしたことがない。長くても3年くらいしか同じ地域に住んだことがない。地元の付き合い、地域との付き合い方というものはわからないし、わかる努力もしていない。どうせ転校するのだから別に地域ぐるみの付き合いを頑張る必要がないからだ。両親もそのような考え方だから似たもの親子というべきだろう。


 それなのに私の名前には「縁」という名前である。縁を大切にしてきたことはないので、私は自分の名前があまり好きではない。「えにし」なんて変な名前だとしか思ったことがない。


ということで、多少クラスでの人間関係が崩れても、数年我慢すれば、引っ越してしまう。私はいわゆるよそ者である。だからこそ、親も先生や子供の親に強気でいられるのかもしれない。


かくいう私も同じようなものだ。どうせ、別れてしまうのだからということが常に頭にあるのは否定しない。


ここで先生に相談すると考えなかったのは、先生はあてにならないと知っているからだ。先生たちも忙しいためか、児童の話を聞くことは聞くが、本気で対応してくれる人はなかなかいない。今回の先生は特にそのタイプだった。


今回の転校先の担任は、女と一緒で排他的であった。どうやら私のことが気に入らないらしい。担任にも敵認定されてしまったようだ。どいつもこいつも世間が狭くてつまらない奴ばかりである。


担任は腹いせに問題児の面倒を私にみさせることにしたようだ。全く、生徒も生徒ならその先生も先生である。


私のクラス担任は若い未婚の女性で、男の子やかわいい児童が大好きだ。特に男の子が好きらしい。独身だから男が恋しいのだろうか。あからさまに男の子に対して甘い気がする。小学生に対してそうなのだから、あきれてものが言えない。男女平等などはなからありえない。差別社会はすでに小学生から始まっている。


児童を叱るときも男の子には一見きつく叱っているように見えるが、大して気持ちがこもっていないのがまるわかりだ。叱り方がわざとらしい。それに引き換え、私たち女の子に対してはきつく叱らないかわりにねちねちとしつこくて、嫌味たらしさ全開だ。女の子の中でも先生に気に入られている生徒は違う。叱り方が甘く、猫なで声で気色悪い。


クラスの中には先生のお気に召さない児童ももちろん存在するが、彼女が嫌いなのは私のようなタイプらしい。先生に頼ることをしない、先生を尊敬していない生徒。先生に媚びることをしない生徒も嫌いらしい。


私は先生に頼ることなんてしたことがない。そもそも相談したところですぐに転校してしまうので、相談する時間がもったいないからだ。それにそんな短時間で先生を信用できるはずもないので、結局親に相談してしまう。それを知らない担任は、私が先生に頼りもしないクソガキだと思ったのだろう。さらには私は常に無表情のことが多いので、何を考えているかわからない薄気味悪い児童とでも思っているのだろうか。



学校では席替えがある。その方法は様々で、くじ引き、先生の独断、生徒の意思を尊重した席替えなどがあると思う。今回は明らかに先生の独断によるものだった。


席替えにより、私の席は教壇のある列の前から2番目になった。別にそれは構わない。授業をさぼるようなこともないので、漫画やアニメのように窓側の一番後ろを希望していたわけではないし、一番前でもないので特に不満はない。ただ、私の席の周りに大いに問題があった。

 

学校では班活動というものが必ず存在する。それに伴い、自分の席の隣はもちろん、前後の席の児童は席替えにおいて、注目すべきことである。班活動において、班のメンバーが役に立つか立たないか、気が合うか合わないかでその席でよかった、悪かったかが決まるといっても過言ではない。私の場合、どうせ短い付き合いだし、誰でもよかったのだが、今回ばかりは驚いた。

 

私は周囲を見渡した。そこには明らかに差別を行った形跡があった。班活動を行うにあたり、席替えではそれに合わせて班の能力が均等になるように配置する。私以外の班は均等に席が配置されていた。とはいえ、私を嫌っている幼馴染の女と私を無視し始めた男は隣同士になっていた。


その周りには彼らの仲間たちが勢ぞろいしていた。その点を踏まえると、私の班だけがおかしいとは言い切れなかった。彼女たちの仲間は「類は友を呼ぶ」ではないが、正直に言って私から見たら役立たずの愚民しかいないからだ。その点を鑑みると、私の班と女のいる班が能力的におかしなことになっていた。


しかし、私はあえて席替えに文句を言わないことにした。私のある計画のために、これはうってつけのシチュエーションだ。


班のメンバー構成で最悪なのは、お互いの意見が拮抗してしまい、結局何も決まらないままになってしまい、班での作業が滞ってしまうことだ。発表や作品が課せられている場合、作品の質が逆に下がってしまう恐れがある。我が強い面子が集まってしまうのは意見が出るうえでは好ましいが、それをまとめるリーダーがいないとせっかくの意見がまとまらない。


そういった点において、今回の私の班のメンバーは私にとって実に都合がいい。我の強い面子はいないし、私のいうことに素直に従ってくれるものばかりだった。 

班のメンバーは私を含めて4人。3人ともおとなしいのが特徴だ。さらにおとなしいだけでなく、成績も芳しくなかった。3人ともテストの成績は最下位を独占している。おとなしくて成績が良くない。


一人の男は恰好が清潔ではない。いつも汚らしい服を着て、しゃべり方もドモリがちだ。一人の男は天然なのか、やることがふつうと違っている。そもそも常識がない。突然訳の分からないことを言い出し、教室から出て行ってしまう。さらにデブでちびときた。この男は愛嬌があっただけましということか。


もう一人は女でとりあえず容量がものすごく悪い。何をやらせても遅い。期限を守って提出物を出したことがない。容量が悪いうえにこちらもデブだ。以上の3人が私の今回のメンバーだ。たまたまこの学校ではいじめはないらしく、この3人は平穏無事に学校生活を送ることができているようだった。


彼らを批判するつもりはないが、これだけの面子を一つの班に収めている先生はどう考えても私をいじめにかかっているとしか思えない。ある意味、私に対する宣戦布告か、すでにいじめを開始しているとしか思えない。


私がおとなしく優等生を演じているからか。私一人にクラスの問題児を押し付けたとしか思えない。それに加えて、あえて、女の周りに親しい仲間を配置する辺りもあからさますぎる。


さらに言ってしまえば、私以外の児童をクラスの恥としてさらすつもりがあるとしか思えない。もし、私が無能な彼らのようなふりをしたら、この班は、どう考えてもクラスの笑いものになる未来しか見えない。


彼ら三人をいじめていると訴えることも可能なすごい席替えをしたものである。ただし今回はクラスの恥になることはない。私がいる限り、そんなことはおこらない。いや、そんな事態は絶対におこすつもりはない。


担任には、私がいかに優秀な人物か、いかに敵に回すべきではない人物かわからせる必要がある。


私は珍しく、頭に来ていた。いくら私が優しくてもこれはない。こんないかにもな席替えをして許せるはずもない。席替えによって不登校になってしまったクラスメイトも見てきた。席替えは学校生活において大変重要なことだ。


それなのにこんな席に決めた担任もあの女と一緒に復讐することに決めた。


班活動での重要性が問われたのは家庭科の調理実習だった。


今回調理するのはご飯と味噌汁。米と、味噌汁の材料は各班のメンバーがそれぞれ持ち寄るというものだった。一人一つの材料を持ち寄ることが条件らしい。班のメンバーをいかに信用できるかにかかっている。


むろん、そんなことをすれば、材料を忘れた場合、私の損害は大きく、これは避けたいところである。特に私の班はそんなことをすれば、最悪の場合、材料が集まらずに調理自体が危うくなってしまう可能性もある。


私が全部の食材を持参するというのが一番安全な方法ではあるが、それでは私だけに費用が掛かり、不公平だ。先生のチェックが入った場合、説明のしようがない。私はうまく説明できる自信がある。しかし、私以外がだめだ。この案は却下せざるを得ない。他に良い方法はないものか。



 今回の調理実習は、私を無視してきた幼馴染の男に私がいかに優秀な女か証明し、さらに幼馴染の女に私の方が男にふさわしいか見せつける場と考えている。つまり、クラスで一番おいしくご飯と味噌汁を作らなければならない。


そうすることで私のハイスペックさを印象つけることができる。ついでに担任にはこの面子でも何の問題もなく、差別にもハンデになっていないことを証明できる。


男に料理上手なことをアピールし、好感度を上げる作戦である。ちなみに女の方は料理が壊滅的であると調査済みである。加えて、担任に差別に屈しないという強い意志を示す機会でもある。

 

材料集めで私が考えたのは、調理実習前日の放課後に一緒に材料を買いに行くということだった。それなら一緒に買ったことを先生に説明できるし、グループの絆を高める行動として評価される。買い物で発生した代金は先に私が払うことにした。


調理実習が終わったら、それぞれ3人の家に赴き、徴収することにした。工夫も何もない案だが、仕方ない。これしか方法が思いつかない。これなら確実に材料をそろえることができる。買いそろえた材料は私が責任をもって持ち帰ることにした。私が忘れなければ、これで材料の心配をしなくてもいいということだ。


 調理実習は成功に終わった。無事に一緒に買い物に行き、お金も何とか集めることができた。ご飯もふっくらつやつやに炊くことができたし、味噌汁も赤味噌と白味噌の合わさった程よい味のコクがあるものができた。


先生にはたいそう褒められた。当たり前だ。私にかかればこんなことは朝飯前だ。私一人で作っていては班活動としての評価が低くなることはわかっていたので、3人には野菜をピーラーで剥いてもらったり、鍋をかき混ぜてもらったりした。


ご飯を炊くときの水の量や味噌汁の味付けは全て私が行った。大事なことは私がやりつつ、誰でも出来て失敗が少なそうな野菜の皮むきや鍋をかき混ぜることを3人にはやらせた。


後片付けもしっかり指示を出し、クラスの中で一番早く料理が完成し、片付けももちろん一番に終わった。協力して作っていることもしっかりとアピールできていたはずだ。


 

あの女と男の班にはご飯と味噌汁を多く作ってしまったと届けに行った。その班には女もいたのだが、ご飯も味噌汁も最悪の出来であった。ご飯は鍋に入れる水の量を間違えたらしく、おかゆのような代物だった。味噌汁は野菜が固く、味も塩辛くて、飲めたようなものではない。


班のメンバーは楽しそうだったが、私はごめんだ。いくら楽しくてもこんなくそまずい料理は食べたくはない。

 

 男の評価は上々だった。私の株は急上昇したようだ。私のことをほめちぎってくれた。


「こんなにおいしい味噌汁は初めてで、毎日飲みたいくらいだ。」


 一昔前の結婚の時のプロポーズのようなことも言われた。ただし、すでに男のくそみたいな性格を知ってしまっているので、大してうれしくもない告白だった。


「ありがとう。家で手伝いをしているだけだよ。」


 お礼を言うだけにとどめておくことにした。その際にしっかりと男の幼馴染と比べることを忘れなかったが。


「そんなに味噌汁が好きなら、りんちゃんに作ってもらったらいいよ。りんちゃんはのぞむ君のこと好きみたいだし、のぞむ君が言ったら、毎日でも作ってくれると思うよ。」


 私は絶対にお断りだ。女の言うこと一つで態度を変える男なんていくら格好良くてもこっちからお断りである。

 

私の発言に男は苦笑いを浮かべた。男も女の料理ができないことは知っているらしい。女の方は悔しそうに私のことをにらんでいた。


 調理実習が終わり、男は私のことが気になるようで、ちらちら視線を向けてくるようになった。女の言うこともあり、私に直接話しかけてはこなかったが、明らかに好意を含んだまなざしだった。


料理一つでこんなに変わるなんて、料理で男を落とすのは本当にできるのだと感心したものだ。男の中では、私のはかない感じの性格の演技と、料理が上手なことが合わさったことで、家庭的な女という印象がついたのだろう。女と正反対な性格が功を奏したのかもしれない。それに、私のクラスにははかない感じの女子はいない。今までにいないタイプの女が現れて、興味がわいたのかもしれない。


男に無視されて以降の私は、無視されても積極的に男に話しかけはするが、あくまで声を荒げず、自然体を保ちつつ、無視されると悲しそうにうつむく。


「のぞむくん、話があるのだけど。」


「……。」


 男は私に名前を呼ばれると、話したそうに口を開くが、女の視線に気づくとさっと私から目をそらし、その場を去っていく。私のことを完全に無視できなくなるのも時間の問題である。


 女と違うことといえば、性格以外にも男の呼び方がある。この学校では男子は基本的に名前を呼び捨てしている。女も例外ではない。だからこそ、私は呼び捨てにしていない。これも女との差別化を図るためである。はかない演技をするうえで大事なことでもある。今のところ、呼び捨てしていないのは私くらいなので、特別な呼ばれ方をしていると、向こうも意識するだろう。


加えて、あの班のメンバーで席替えをしたいということなく、普通に学校に来ていることもポイントを稼げるだろう。嫌な席でもけなげに我慢していると勘違いしているようだ。どうやら、男も今回の席替えがおかしいことに気づいたようだ。


 

女がいないときにこっそりと男が話しかけてきた。


「もし、あの席が嫌なら、先生に伝えた方がいいよ。」


 調理実習も終わってすぐのことだった。笑えることこの上ない。私は笑いをこらえながら、首をふって答えた。


「席替えに不満が出るのは当たり前のことだから。私が不満を言って変えてもらったら、それは差別になるでしょう。それに席替えは何回も行われるから、大丈夫だよ。それに私は今の席が気に入っているの。優しいんだね。のぞむ君は。」


 私が渾身のはかない笑顔を振りまくと、男は顔を赤くした。本当にちょろいものである。こんな男を一時でも好きになった私は本当に見る目がない。



 調理実習の他にも、運動会や学芸会などの行事があるたびに私は男に女子力をアピールし続けた。そのため、すでに男は女のことなど眼中にないようで、さらに私ばかりを見つめてくるようになった。


 これはそろそろ最終段階に移る頃合いだ。私は男に告白することに決めた。ちょうど今はバレンタインの季節。私が転校してきたのは確か夏休み明けの9月だった。私がこの学校に転校して、半年が経過したことになる。


私が転校する頻度はとても多い。早くて半年、遅くても2年ぐらいの頻度である。9月に転校したということは3月の学年が変わる頃には転校の可能性がある。その前に何とか計画を完遂しなければならない。


ちょうど1週間後が2月14日、バレンタインデーだ。告白には絶好のチャンスである。どのようなチョコを作るべきか、どの場所で渡すべきか、告白の言葉はどうするか。考えなければならないことは山ほどある。

 

 考えた末、男のためだけにチョコを作ることはやめた。それではあからさますぎる。それに私がそいつだけに作るのはなんだか腹が立つ。


バレンタイン当日は平日で学校がある日であった。当日はクラス全員分のブラウニーを作って持参した。クラス全員に作っていくことで、クラスの中での私の好感度はさらに上がるだろうという魂胆だ。ブラウニーを何本か焼き、クラスの人数分に切り分けただけだが、これがクラスには大好評だった。


いわゆる友チョコとして渡した。お菓子作りが得意ということをクラス全員に示すことができた。そして、クラス全員に日ごろの感謝を込めて作ったと伝えれば、それはそれは喜んでくれた。


「えにしちゃんはおかし作るの上手なんだね。すごいね。」

「このブラウニーおいしい。作るの大変だったのによくクラス分作ってこれたね。優しい。」


クラスのみんなに褒められ、私の株は急上昇である。例によって女は無言である。ここからが本番である。ちなみに女は調理実習でもわかったことだが、料理はからっきしのようだ。お菓子も当然のことながら、作ってきていないようだ。もしかしたら、男の分だけは作ってきているかもしれないが。


「のぞむ君、ちょっと話があるんだけど、放課後時間あるかな。」


 私は男にこっそり尋ねた。もちろん男の他には誰もいない。運よく、私と男は図書委員会で今日は図書当番の日であった。昼休み、図書当番で図書室に二人きり。絶好のチャンスである。


「放課後は無理かな。塾があるし、りんと一緒に帰ることになってるし。」


男は予想通り断ってきた。断ってくるのは想定内なので驚きはしない。


「そうだよね。普通放課後は予定があるよね。忙しいのにごめん。じゃあ今から伝えるね。」


私は男のことが好きだということを伝えた。そして、男の幼馴染の女のりんちゃんのことも男のことを好きだと伝えた。


彼女の気持ちは知っているけれど、のぞむ君のことが好きという気持ちは抑えられない。だから、今日告白をしたという旨を真剣にさも本当のことのように話した。



しかし、男は私の言葉を聞いても表情が変わらなかった。いつも通りの冷静な顔だった。私の告白に驚かなかったどころか、さらには私の告白を断ってきた。まさかの展開である。私が断られることは想定していなかった。


告白したという事実に、じわじわと私の方が恥ずかしくなってしまった。思わず顔を下に向けてうつむいてしまう。


「ごめん。別府さんの告白はうれしいけど、その気持ちには応えられない。僕はりんのことが好き。りんのことを大切に思っている。」


 男はそう言って、呆然としている私を置いて図書室から出ていった。男が出ていくと、昼休み終了のチャイムが図書室に無情にも鳴り響いた。すぐに我に返り、仕方がないので私も男の後に続いて図書室を出た。授業をさぼるわけにはいかない。

 

告白した直後の表情は無表情だったが、その後の男の表情や声のトーンなどに注意していれば、その言葉が心からの言葉かすぐにわかったはずだった。恥ずかしさのあまりに下を向いてうつむいてしまったばかりに、私はそのことに気付くことができなかった。



計画は丸つぶれである。男のことを私は甘く見ていた。まさか私の告白を断ってくるとは思わなかった。さてこれからどうしようか。


 教室に戻ってみるが、クラスはいつも通りだった。私が告白したことを男は他のクラスメイトに話さなかったのだろうか。話さなかったのならば、助かる。クラス公認のお似合いカップルの仲を裂こうとして失敗した、身の程知らずな女にならなくて済んだことは不幸中の幸いである。



その日の夜に父が転勤の知らせを持ってきた。転校は3月の修了式後、4月からは新しい転校先へ行かなければならない。これは非常にまずい事態である。



どうしよう。このままでは私は告白して無残にもふられてしまい、ショックで転校したみたいに見えるではないか。転校していくから、クラスとのかかわりはなくなるが、私の心はすっきりしない。そもそもこれでは私の気が晴れない。幼馴染の男と私が両想いになり、女に自分の方が上だと証明して、すっきりした気持ちで転校したかったのに。


転校までのタイムリミットはあと一か月ほど。それまでに何とかして、あのくそみたいな幼馴染バカップルの仲を裂いて、男を私に夢中にさせる。そして、その後転校を伝えてさよならする。

 

頭の中では最終的な構図が想像されているのにそれにたどりつくための計画が思いつかない。所詮、小学生の頭ではこれくらいが限界ということか。


 ふと、どうせ転校するならば、最後に女たちに私のことを決して忘れないような衝撃的な出来事を起こしてやろうと思った。いじめでも何でも構わないが、衝撃的で一生トラウマになるようなことがいい。



 どんなことをしたら、一生の思い出に残るものになるだろうか。


「別府えにしさんですが、残念なことにお父さんの仕事の都合で、3月でこの学校を転校することになりました。」


 ある日の朝、担任が朝のHRで、私が転校することを説明した。クラス内はざわざわとうるさくなった。私が転校することを純粋に驚いているようだ。


「別府さんが転校するなんて悲しい。ねえ、みんなで別府さんのお別れ会をしよう。」

「そうだな。りんの言う通りだ。」


 担任の言葉に真っ先に反応したのは例の二人だった。二人が提案すれば、途端にクラスメイトも賛成、賛成と言い出した。


「決まりですね。半年という短い時間でしたが、クラスのみなさんはえにしさんと過ごせて本当に楽しかったようです。お別れ会、楽しみにしてくださいね。」


 担任の言葉には気持ちがこもっていなかった。顔はにこりと笑顔を作っているが、ただそれだけで、全く悲しんだ様子は見られない。上辺だけの言葉で、全然私がいなくなっても構わないということだ。声が平坦で感情が全くこもっていなかった。


この担任にとっては、自分を尊敬しない、担任の自分に頼りもしないかわいくない児童であり、いなくなってせいせいしたとしか思っていないのだろう。私も別に悲しんでもらうことは望んでいないのでお互い様である。



 お別れ会が開かれるということは、そこで何かクラスメイト、特にあの幼馴染の二人に記憶に残るような衝撃的な事件を起こせるチャンスである。何をすればいいだろうか。クラスが私のお別れ会について話し合っている中で、私はどんな事件を起こそうか考え、一人にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべていた。


 それから一週間、何をすればいいか必死で考えた。お別れ会当日にクラス全員の上履きをごみ箱に放り込み、靴下で一日を過ごさせる。それとも、クラス全員の上履きに画びょうを一つずつ入れていくというのはどうか。クラス全員の提出物を全部破いて花吹雪のように校庭にばらまくか、例の二人の作品だけはあえて残して、黒板にでも貼って、そこに大きくハートマークでも書いておこうか。


さすがに器物破損になるので教室のガラス全部を割ることはやめた。そこまでやってしまうと、大問題に発展してしまう。それに次に使う後輩たちに迷惑をかけてしまう。


クラス全員の秘密を黒板に書いていくのはどうだろう。これまでクラスメイトを観察してきたのでそれくらいは余裕である。しかし、それでは筆跡で犯人が特定されてしまう。それならクラスメイト一人一人の秘密をパソコンに打ち込んで印刷すればいい。二人の秘密だけは特盛で、あることないことを書けばいい。担任の秘密も書いておかなければならない。担任にも私のことを印象つけておかなければ気が済まない。


やりたいことは山ほど出てきた。どれも魅力的でクラスに驚きを与えることができそうだ。作業はもちろん一人でやることになるが、驚いたクラスメイトの顔が見られると思うだけでやる気がわいてくる。私はひそかに計画を立て、お別れ会当日を楽しみにしていた。


お別れ会の準備は着々と進んでいるようだった。わたしが図書当番でいないときや、休み時間で教室にいないときにうまく進めているようだった。しかし、私がいない時だけで進めるのは難しいらしく、私をわざわざ教室から追い出すこともあった。私を追い出すだけではさすがに可哀想だと思ったのか、私の話し相手に抜擢されたのは、なんとあの男だった。


「ごめんな。みんな別府さんのことを驚かせようとしてお別れ会の準備をがんばっているから、しばらく僕と休み時間を過ごしてくれるとうれしい。」


今日は昼休みの図書当番の日である。当然、私と男の二人きりとなる。男は浮かない表情で私に話しかける。なぜ、浮かない顔をしているのか。告白して振られた私といるのがそんなに嫌なのだろうか。


「そんなに私のことが嫌なら、私を教室から遠ざける役目を他の人に任せればいいのに。図書当番も来なくてもいいよ。どうせ人なんかめったに来ないし、一人でも問題ないから。」


 冷たく言い放つと男は急に慌てだす。おろおろとあたりを見回し、今度は私にだけ聞こえるように小さな声で話し出す。


「別に嫌なわけではないよ。告白を断って置いてそんなことを言える立場ではないんだけど。僕は本当は……。」


「なにしているのかなあ。のぞむ、ちょっとやってほしいことがあるから、一緒に教室に来てくれるかな。」


 男の話を遮ったのはあの女だった。女は引きずるように男を図書室から連れ出す。そして図書室から追い出すとまた戻ってきて、ドアにカギをかける。


「のぞむにちょっかいかけないでくれるかな。別府さんと一番仲よくしていたのがのぞむだったからのぞむに役目を与えたけど、勘違いしないでくれる。」


 言いたいことだけ言って、図書室から出ていった。ドアを閉める音がやけに大きく響いた。

 

突然の女の来訪に笑いがこみ上げる。そんなことは言われなくてもわかっている。だからこそ、お別れ会のサプライズをこちらでも盛大に行おうとしているのだ。

 

女は私に牽制しようとしていたのだが、あいにく私はすでに男のことはどうでもよくなっている。


その後もことあるごとに私と男が二人で話しているところに女は乱入してきた。乱入してくるなら、最初から私と男を二人きりにしなければ良いだけだ。無視し続けるように男に言えばいいだけの話である。


なぜそれをしないのか疑問に思い、考えても答えが出そうになかったので直接聞いてみることにした。お別れ会まであと3日というところで、ちょうどよい機会である。いつものように図書当番で男と二人きりだった時に、これまた話の最中に女は図書室に乱入してきた。男をこれまた追い出して私と彼女は図書室に二人きりとなった。


10

質問するだけのつもりだったが、彼女本人を目の前にして怒りがふつふつと湧いてきたので、質問だけでは済まなくなってしまった。



「いちいち私たちの話を邪魔しないでくれますか。そんなに「のぞむ君」と話してほしくないなら、わざわざ私と二人きりにしなければいいではないですか。それなら私も男に話しかけないので。話の邪魔をされると、いくら私が温厚だからといってさすがに怒りますよ。もしかして、私が怒らせて私の悪いところをクラス中にばらまくつもりですか。あいにくそんなことをしても私は傷つきませんから。もっと時間を有効に使ったらどうですか。小学生といっても高学年になってくると、勉強が難しくなってくるでしょう。そういえば、りんさんは、勉強しなくていいんですか。確か、この前のテスト、ひどすぎて担任に怒られていましたよね。とはいえ、あのくそ担任は本気で怒っていなかったようですが。いいですよね、担任に好かれると頭が悪くても見逃してもらえそうですからね。」

 


怒りに任せて思っていたことを一気に吐き出した。もうこの際だから言いたいことは全て吐き出してしまおう。この時の私は正気ではなかった。今後のことを考えたら、今そんなことを言うべきではなかった。


「そういえば、うすうす感じていましたが、れいさんは私のことが嫌いですよね。それなのにどうして私のお別れ会を率先して仕切っているのでしょう。嫌いならそんなことはしなくていいですよ。なんなら、今からでもお別れ会の開催を辞めてくれても構いませんよ。別に嫌われている人から別れを惜しまれてもうれしくありませんから。無駄なことに時間を使う必要はありません。大好きな「のぞむ君」といちゃついていればいいではないですか。私と仲良くしているのが気に入らないのでしょう。」


 言い終わると、妙な達成感が湧いてきた。同時に冷静になり、これはまずいことをしたと思い始める。何も思ったことをすべていう必要はなかった。


「このくそおんなあ。」


 私が冷静に自分の発した言葉に反省していると、パンっという乾いた音が図書室に響き渡る。二人きりの図書室にその音はやけに大きな音を響かせた。


 顔が急に熱くなる。どうやら私は女に左の頬をはたかれたようだ。相当強くはたいてきたのだろう。頬がじくじくと痛みを訴えている。これは確実に跡が残ってしまう。不思議と怒りは湧いてこなかった。


ただ、この女はバカなことをしたなくらいにしか思わなかった。私が彼女に殴られたと一言両親に言えば、それで今回のことは終わるだろう。何しろ私の親はモンスターペアレント。かわいい娘がクラスメイトに殴られたと知れば、間違いなく殴った本人と担任、それと殴った子供の親を呼びだすだろう。そして、父親は容赦なく、ガンガン彼女たちを責めるはずだ。母親は逆にねちねちとしつこく責めていく。


おそらく両親の攻撃に加害者は値を上げて私に真剣に謝ってくるだろう。それはそれは見物であるに違いない。


 ここまでの流れを想像すると、面白くて笑いがこみ上げる。最初からこの方法をとればよかったのかもしれない。自分で何とかしようと思っていたが、これはこれでよいかもしれない。

 

私が急に笑い出したのを気味悪く思ったのだろう。それに加えて、自分がかっとなり相手をはたいてしまったのを思い出したのか、逃げるように図書室から出て行ってしまった。


11

 さて、このままこの顔で教室に戻るとクラスメイトにいろいろ言われそうだ。まずは保健室によって手当てしてもらおう。それから今日はこのまま早退しよう。そう考えて私も図書室を後にする。

 

図書室の外では男がなぜか窓によりかかっていた。私以外に図書室にはいないが、まさか私を待っているはずはない。そのまま通り過ぎようとすると、声をかけられた。


「その顔、りんにやられたのか。」


「どう思いますか。最愛の彼女「りんちゃん」が私に泥棒猫と叫んだ挙句、殴ってきたのですよ。そんな女が好きなのぞむ君はくそ最低男かもしれませんね。女を見る眼がない。まあ、類は友を呼ぶと言いますしね。仕方ありません。思えば、うちのクラス全員、彼女と類友だと思いますよ。なんとも嘆かわしい限りですね。そう思うと、今回の転校は運が良いのかもしれません。また来年もそんなメンバーと同じクラスになるかと思うと、ぞっとします。」


 またもや、私の口から暴言が飛び始める。別に女に泥棒猫と言われてはいないが、つい嘘をついてしまった。ここまで言う必要は今回もなかったのだが、つい言ってしまった。


「………。」


私の暴言に驚き、呆然としている男を通り抜けて、私は足早に保健室へ向かった。そういえば、いつもは見ないのだが、たまたま朝、テレビをつけたらちょうど占いをやっていた。


「今日の山羊座のあなたの運勢は最下位。我を忘れて感情のままに行動してはNG。今後の生活に支障が出てしまうぞ。冷静に落ち着いた行動を心がけた方が吉。ラッキーカラーは赤。ラッキーアイテムはばんそうこうだよ。」


 占いなんて信じたことはないが、まるでこの占いは私のことを言っているみたいだ。占いの忠告を守らずに行動してしまった。別に後悔はしていないし、今後の生活に支障が出ることもない。逆に今後の私の計画がスムーズに進められるというメリットまで生まれた。


「キーンコーンカーンコーン。」

「占いなんてあてにならないということだな。」


 保健室に向かいながらつぶやく私の声は、昼休み終了のチャイムに重なり、誰にも聞こえることはなかった。



「すごい腫れていますね。いったいなんでこんなことになったのですか。」


 保健室に行くと、ちょうど保健の先生がいたので手当てしてもらった。腫れている場所につけられた消毒液がしみて痛い。保健の先生は若い女の先生だった。優しそうな人当たりがいい、児童に人気の高い先生だった。


「ただの子供の喧嘩ですよ。ただし、これから大人を巻き込んだ大喧嘩になることは必至でしょうけど。」


 私が答えると、先生は微妙な顔をする。いったい何を言い出すのだろう、このガキはと思っているのかもしれない。とはいえ、小学生の言うたわ言とでも思ったのだろう。特に何も言われなかった。


「手当てしてくださってありがとうございます。今日はもう早退してもいいですか。この顔をクラスメイトに見せたくないので………。」


「確かにこの顔は見せられないわね。でも、誰にどういう状況でやられたのかを私と担任の先生に説明はしてもらいますからね。」


 その後に私が保健室に来ていることはクラスのみんなや先生は知っているのかと聞かれた。私は一言、いいえとしか答えなかった。


 それを聞き、しばらく考え込んだような顔をしていた保健の先生は、仕方ないといった感じでイスから立ち上がり、私に5時限目終わるまでここに居るように伝え、教室から出ていった。


 私はそれを了承した。ベットを使ってもいいと言われたので、言葉に甘えることにしてベットに横になった。興奮して疲れていたようだ。すぐに私は眠ってしまった。



12

「別府さん、起きてください。」


 どうして私の名前が呼ばれているのだろう。不思議に思いながら目を開けると、そこには心配そうな顔をした保健の先生があった。


「おはようございます。」


 寝ぼけていて、そんな挨拶をするが、それどころではないようで彼女はひどく慌てた様子だった。


「目が覚めましたね。担任の先生に声をかけたのですが、どうやら相手が悪かったようです。あの佐々木麗という子を怒らせてしまったのでしょう。あの子は市議会議員の娘で先生たちがこぞって甘やかしている悪ガキなんですよ。そんな子を怒らせてさらには殴られてしまうなんてただでは済みませんよ。」


 私が寝ている間に担任に話をしてくれていたようだった。しかし、どうして喧嘩の相手があの女とばれているのか。あの女が自分から話すはずがない。


「中道望君が教えてくれたんですよ。さて、別府さんの言う通り、これから間違いなく親を巻き込んだ大喧嘩が待っていますから覚悟しておいたほうがいいですよ。」


 まったく、あなたはそのことを知っていたのですか。それならなおのことたちが悪いとぶつぶつ私に文句を言う先生の言葉が聞こえたが、私はそれどころではなかった。


 

彼女がそんなに権力を振りかざしていたのはそのためか。いわゆる親の七光りという奴で威張っていたとは知らなかった。しかし、そんなことは関係ない。これから転校するのだから、別に親が市議会議員だろうが、誰だろうが関係ない。親に話してぼこぼこにしてもらうだけだ。そして、そのせいでお別れ会がなくなったとしても、クラスメイトには私が置き土産として盛大な別れを演出しよう。

 

想像すると、またもや笑いがこみ上げてくる。彼女たちが親に叱られて打ちひしがれる様子。クラスメイト全員が自分の秘密をばらされて絶望する姿。


面白いことになってきた。外はどんよりとした曇り空で今にも一雨きそうな天気だった。


 私が楽しみにしていた大喧嘩はすぐには始まらなかった。まずは被害者と加害者の話を聞こうということで、放課後に私と彼女と担任の三人で話し合うことになった。


 結局、早退はさせてもらえなかった。5時間目は休んだのだが、その日はちょうど5時間目しかなかったため、帰りのHRには出るように保健室の先生に言われてしまった。ただし、この腫れた顔で教室に戻るとややこしくなりそうだったので、先生にマスクを借りることにした。これなら、具合が急に悪くなったので保健室で休んでいたと言い訳することができる。


 教室に戻っても、私について言及する声はなかった。ただ、クラスメイトは心配そうにこちらを見るだけだった。女にやられたと知っていたら、もっと騒ぎそうなので、もしかしたら男の方が担任に話しただけなのかもしれない。担任も児童に本当のことを話していないのだろう。


 詮索されなかったので、こちらとしてはありがたかったので、私からも何も話さずにそのままにしておくことにした。


 

放課後の話し合いはただの時間の無駄だった。私の意見は無視され、私に怪我を負わせた本人は謝りこそしたが、先に私を怒らせるようなことを言ったのはあんただと主張していた。それに先生も同意して、殴った彼女も悪いけど、彼女を怒らせるようなことを言ったあなたも悪いのよと諭された。

 

話にならないと思い、はいはいと返事をして無駄な時間は終了した。



 家に帰ると、私の顔を見た母親が驚きの表情を浮かべ、すぐに誰にやられたのか、そいつの家に殴り込みに行ってやると怒りを爆発させていた。私はすぐに相手の名前を伝え、まずは担任に話をした方がいい、そのあとに加害者の親に電話した方がいいかもしれないと助言する。

 

冷静さを失った母親は思い立ったらすぐ行動する。すぐに小学校に電話をかけて、あのくそ担任を呼びだし、ねちねちと説教を始めた。私はその間に自分の部屋に行き、ランドセルを置く。その間にも母の怒鳴り声が聞こえてくる。


「ただいまあ。」


 ちょうど良いタイミングで父親も帰ってきた。今日は仕事が早く終わったようだ。母親が電話で怒鳴っているのを聞いて不思議に思ったのだろう。私の部屋に来て理由を尋ねる。それにこたえる前に私の顔の異変に気付いた父親は、母親と同様に怒りを爆発させた。すぐに電話の相手が誰かわかったのだろう。母親から受話器を奪い、今度は父親が電話に向かって怒鳴りだす。

 

電話はその後、一時間以上続いた。担任との電話が終わると、今度は加害者である彼女の家にも電話をかけようとしていた。怒り爆発で正気を失った両親が今、彼女の家に電話をかけるのは得策ではない。ここは先生に彼女の両親を呼びだしてもらおう。


「いきなり、担任も通さずに電話するのは良くないよ。」


 一時間以上も怒っていたので、さすがに正気に戻ったのか。両親は私の助言に耳を傾けた。そして、やっと私の顔を心配しだした。病院に行かなくてもいいのかと聞かれたので、行くと言っておいた。


 その後、すぐに病院に向かった。幸い、骨に異常はなく、後も残らずに治るとのことだった。私の左の頬は大きなガーゼで覆われた。両親は私のその姿にまたもや怒りを爆発させていたが、私はさすがに病院だよと怒りを抑えるよう伝えた。


13

 次の日、私と両親は小学校に来ていた。昨日は金曜日だったので、今日は本来、学校は休みのはずだった。だが、そんなことで控えるような両親ではない。もちろん、突然土曜日に学校に赴いても、担任が休みであると言われたら意味がない。


その点は心配がいらなかった。両親は昨日の電話で、明日の土曜日に学校に行くと伝えていたからだ。学校に行くと、担任は学校に来ていた。さすがに土曜日で休みというわけにはいかなかったのだろう。


加害者の女と家族も呼びだしていたそうだが、彼女たちが来ることはなかった。それは想定内でもあったので、私は両親に家に乗り込もうと伝えた。両親もそれに賛成した。


 しかし、それを遮ったのは担任だった。彼女の親が市議会議員ということで、事件を極力抑えたいようだ。しかし私たちにそんなことは関係ない。だって、4月には別の場所にいるのだから。ここで何をしようが、次の生活に支障が出ることはない。


 彼女の家はすでに把握している。個人情報保護が騒がれているが、小学生の私がクラスメイトの住所を知りたいといえば、すぐに教えてくれた。


 先生の制止は無視して、すぐに私たち家族は彼女の家に向かう。家の前のインターフォンを押すと、ちょうど女が出た。


「別府えにしです。昨日のことで両親も交えていろいろ話し合いましょう。」

 

まさか昨日の今日で自分の家まで押しかけてくるとは思っていなかったのだろう。女はあわてて、インターフォンから離れたようだ。すると、ドアがガチャリと開いて、中から彼女の両親とみられる男女が出てきた。


母親らしき女が私たちに声をかける。


「休日のこんな朝早くに何の用事ですか。」


「用事なんて一つしかないでしょう。自分の娘から聞いていないのですか。クラスメイトの顔を殴ってしまったことを。」


 両親はすぐに本題に入った。まず、先に話しかけたのは父親だった。それに答えたのは女の父親だと思われる男性だ。


「知りませんね。娘はそんな野蛮なことはしませんよ。証拠はあるのですか。」


「私の娘の顔を見てください。この通り、ひどいでしょう。誰がやったのだと思いますか。なんとあなたの娘さんですよ。さて、この落とし前、どうつけてくれますか。」


 父親は初対面でも遠慮というものを知らないようだ。その言葉に今度は母親が加勢した。


「そんな物騒なことを言ってはいけませんよ。それにしても可哀想に。女の顔は命というほど大事なのに。それを知らない人はいるはずないのに。いや、いましたね。目の前。なんて非常識な娘さんでしょう。」


「なんですか。さっきから私の娘に対しての暴言の数々。許してはおけませんぞ。」


 両親の言葉にカチンときたらしい。私の娘といっているので、父親で間違いないようだ。女の父親が怒り出す。私は大人のやり取りを静かに見守ることにした。女ははらはらと私と自分の両親の様子を見ていた。


「許すも何も。悪いのはそのクソガキでしょうが。どうしたら、言葉より先に手が出る野蛮な娘に育つのでしょうかね。親の顔が見てみたいですね。いや、目の前にそのくそ親がいましたね。」


「こんのくそ野郎があ。」


どうやら娘も娘ならその親も同様に言葉より先に手が出るようだ。さすがに女性に手を出すのははばかられたようで、父親に手を上げようとする。



手を挙げた瞬間、「ぴろんっ。」という音がどこからか聞こえた。


「全く、子供が子供なら親も親。まさに蛙の子は蛙で嫌になってしまうわね。」


 そういってスマホを掲げていたのは私の母親だった。さっきの音はスマホのカメラの音だったようだ。


「さて、この写真からだとあなたが無理やり私の旦那に手を出そうとしているように見えますが、どうしましょうか。この写真と、これまでの会話を録音したものをネットにアップでもしましょうか。もちろん、私たちの声は加工しますよ。」


 その言葉が決定的となった。女の両親は急に慌てふためいた。こんな傷害事件の様子を世間に知られてしまったらやばいことは、普通に考えればわかることだ。


 先ほどの強気な態度とは一変、へこへこと私たちに謝りだした。自分の娘にも頭を下げるように伝えて、3人そろって謝罪しだした。女の父親は自分の娘が悪くないと主張していたが、最後まで母親の方は最初に用件を聞いただけで、その後は無言だった。もしかしたら、家でも父親が権力を振りかざしているのかもしれない。


 それにしても、3人が謝ってくる様子は本当に滑稽だった。笑いがこみあげてきて仕方ない。今まで、権力で何とかしてきて、自分が不利になることはなかったのだろう。他人を馬鹿にするからこうなるのだと心がスカッとした。


 私に対する傷害事件はあっけなく幕を閉じた。このことを公にしたくない彼女たちの意見もあり、私も警察沙汰にまでする必要はないと両親に伝えた。両親は納得いかない様子だったが、私が必死に頼み込むと、えにしがいいなら構わないと最後には納得してくれた。


 

大人たちの平和的な話し合いが行われた後、私は女と二人きりで外で遊んでくると私の両親と女の両親に伝えた。おびえたような顔をした女の手を引き、努めて明るい笑顔で外に連れ出す。


「二人きりで今回のことを話し合いたいと思って。やっぱり、自分たちで起きた出来事だもの、自分たちが納得いくまで話し合わないと。そうでしょう、お父さん、お母さん。」


「そうねえ。確かに私たち大人が無理やり割り込んだようなものだもの。二人で話し合うことは必要ね。」


「そんなことはしなくて……」


「何か言いましたか。」


 女の父親にスマホを見せつける私の母親の圧力に負けたのだろう。否定の言葉は途中でしりすぼみになって、最後まで口にすることはなかった。


 女を連れだした私は、通学路にある公園までたどり着いた。そこにあるベンチに腰かけて、彼女にある提案をした。


 その提案内容に眉をひそめた女だったが、それでも、私の両親のことを思い出したのだろう。文句を言いたそうな顔をしながらも、私の提案に頷いた。 



女との話を終えて、家に帰ると、両親は何度も警察に言わなくてもいいのか何度も言われた。


「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、私はこの手でやられた仕返しをするつもりだから。」


 その言葉に頼もしくてよろしい、と褒められてしまった。



「いじめられて泣き寝入りはダメ。私たちにすぐに相談すること。どうしても許せないなら、正当防衛といって、やり返しなさい。」


 昔から両親に言われていることだ。確かにいじめられて自殺しても何も意味がない。どうせ、すぐに他人の心から私の存在はすぐに消え去ってしまう。死に損という奴だ。


 両親の言葉に従うことにしよう。やられたら、やり返すの精神である。


14

 待ちに待ったお別れ会当日がやってきた。学校が開くと同時に玄関に急ぐ。かねてより考えていた計画を実行していく。一つ一つ丁寧に作業を進めていく。一人で時間はかかったが、児童がやってくる頃には終わらせることができた。


早く学校に来ていることがばれては怪しまれるので、いったん裏口から出て、玄関にもう一度向かう。さも、今登校したばかりを装って玄関に行くと、うちのクラスの児童が騒いでいた。


「私の上履きがないんだけど。」

「私も私も。」

「俺のもないぞ。」


「私の上履きもない。」


 私もその仲間に加わる。何人もの上履きがない事実は瞬く間にクラス中に伝わっていく。


「もしかしたら、誰かクラスを嫌っている人がいて、その人がクラス全員の上履きを隠したのかもしれないね。」


「でも、クラスで浮いた子はいなかったし、それにうちのクラスにいじめがあったとは思えないけど。」


「そうだよ。うちのクラスは仲が良かったでしょ。」


 クラスのみんなが慌てているところを通り抜ける。靴下のまま一日を過ごすのは靴下が汚れてしまって嫌なので、職員室に行ってスリッパを借りに行く。

 

「失礼します。上履きを忘れたので、借りてもいいですか。」


 近くにいた先生に声をかけると、どうしたのかと理由を聞かれた。今日は木曜日で上履きを忘れるということはありえないと思ったのだろう。


「実は……。上履きが誰かに隠されてしまったようで……。」


 私がさも盗まれてどうしようもないという暗い表情で話すと、すぐに納得したようで、快くスリッパを貸してくれた。先生なんてちょろいものである。学年とクラス、名前を聞かれてので、正直に答えておく。


「担任に伝えておくわね。あなたはクラスに戻りなさい。」


 優しい先生である。その言葉に頷き、私は職員室を後にした。


教室に向かうと、そこでも慌てたような声が聞こえてきた。


「私の作品がない。」

「俺のもない、というか、クラス全員の作品がなくなっているぞ。」


 慌てたような声が教室のあちこちから聞こえてきた。私はすでに笑いが止まらなかった。クラス中が慌てふためいている姿は見ていてとても面白い。当然、なくなっている理由を知っているので、私はあわてる必要はない。クラスメイトに助言することにした。 


「誰かが、破り捨てているのかもしれないよ。ごみ箱の中とか探してみようよ。」


そう言って私はごみ箱の中をみんなに見せる。そして、わざとコケるようにして中身をぶちまけた。


中身は宙を舞い、ひらひらと教室中に花吹雪のように広がった。それは、クラスメイトが必死で探していた彼らの作品だった。


「あったあ。誰がこんなひどいことを。」


「ほんとだ。私の作品がこんなに細切れに。ひどいよお。一生懸命作ったのに。」


「見て、私たちの作品以外にも何か落ちているよ。」


クラスメイトはひらひらと舞い落ちる自分の作品の残骸を必死で拾い集めている。そこで、作品の残骸以外にも何か見つけたようだ。


作品の細切れの中に紛れている封筒のようなものを拾った児童が中身を確認する。そこにはクラスメイトの名前と本人の秘密が書かれていた。


「鈴木玲音。好きな女子は同じクラスの高橋みゆき。告白できずに常に彼女のことを見ている。重度のアニメオタク。アニメのヒロインに少し似ているので好きになった。」


「田中ともみ。彼女は実は優等生を装っているがそんなことはない。宿題は全て自分の弟にやらせている。実際にテストの点数は良くない。」



「なっ、何だこれは。」


「きゃー。」


クラスはさらに騒然とした。封筒を開けたクラスメイトが次々に悲鳴を上げる。このままではお別れ会どころではない。しかし、悲劇はまだ終わっていない。


私は教室におかれたCDプレーヤーのスイッチを入れた。私が録音した素晴らしい物語が

大音量でクラス中に響き渡る。


「4年2組の皆さん、私はこのクラスの主である。君たちにはこのクラスを卒業するお祝いとして、私からのとっておきのプレゼントを与えることにした。」


 私の声を加工した機械音が淡々と流れだす。突然の音声に一瞬、クラスが静かになった。その静けさの中、音声は途切れることなく続いていく。


「さて、まずは上履きだ。一年間、ご苦労様という感謝を上履きには伝えることにした。君たちがいかに上履きのお世話になっているのか、実感してもらおうという企画だ。そして、君たちの作品だが、私が懇切丁寧に処分させてもらった。どうせ、家に持ち帰ってもごみになるくらいなら、きれいな花吹雪にでもした方が世のためという私なりの気づかいだ。」



 今日の出来事を懇切丁寧に説明する謎の音声にクラス中は再び騒ぎ出す。


 クラスメイトの一人が音源を突き止めたようだ。すぐにCDプレーヤーの電源をオフにする。ただし、そんなことで止まるような優しいクラスの主ではない。


 また、どこからか、先ほどの続きが流れ出す。


「さて、花吹雪の中の君たちへの封筒は受け取ってくれただろうか。それは私がクラスで見てきた個人的な評価といったところだ。君たちへの通知表といってもいい。有り難く受けとってくれたまえ。」


 CDプレーヤーが止められることは想定内だったので、教室の数か所にボイスレコーダーを仕込んでおいたのだった。一つが止まれば、他の場所のものを動かせば音声は途切れることはない。我ながら良い考えだと思った。


「最後に私本人から、君たちにこのクラスを卒業するにあたってお祝いの言葉を述べて終わりにしよう。」


最初は音の発生源を探そうとしていたクラスメイトは、次第に謎の音声内容に興味がわいたようで、音源を探さずに熱心に聞き入っていた。


「4年2組を卒業おめでとう。そして、君たちにとっておきの不幸が訪れることを願っている。」


 音声はここで終わりとなった。朝からのよくわからない騒動がこれで終わったと思ったのだろう。


 私は呆然としているクラスメイトを横目にこっそりと教室内に隠していたボイスレコーダーを回収する。私はクラス内にいた女に目配せした。女は一つ頷き、CDプレーヤーからCDを取り出し、クラス内に響き渡る声で叫んだ。


「いったい誰がこんなことをしたのかしら。こんなことをするようなみんなじゃないと信じたいけど、実際に起きてしまったことは仕方ない。」


 今朝からの騒動に非常に驚いたと同時に悲しいという絶妙な表情をした。そのまま、CDを割ってしまう。まるで、この音源を憎んでいるかのように。



15

「おはようございます。朝から大変なことになっていますね。いったい何があったのですか。」


 担任がやっと教室に入ってきた。クラスメイトはやっと現実に戻ったようだ。口々に自分たちに起きた出来事を話し出す。上履きがなくなっていたこと、自分たちの作品が破かれて、ゴミ箱から紙吹雪のように舞っていたこと、ゴミ箱の中にクラスメイトの人数分の封筒が入っていて、その中に自分たちの秘密が書かれていたこと、最後にCDプレーヤーから謎の音声が流れだしたことを必死で担任に説明していた。


 説明を聞いた担任はたいそう驚いた顔をしていた。その後に面倒くさいことをしてくれたとばかりに児童を見回してにらみつける。


「いったい誰がこんなことをやらかしたのですか。やったものは正直に手を挙げなさい。今なら、話を聞くだけで許してあげましょう。」


 古今東西、正直に手を挙げる奴や、正直に犯人だと名乗り出るものなどいるわけがない。その例外にもれず、誰も自分が犯人だと名乗り出ることはなかった。当然、今回の事件の犯人は私なので、私以外が手を挙げる必要はないのだが。それでも、私は女にあらかじめ指示しておいたので、女がしぶしぶ手を挙げた。


「まさか、今回のことは麗さんがやったのですか。いくら何でもそれは……。」


「いえ、私ではありません。ええと、ええと……。」


 しきりに目を泳がせている女であるが、決心したのだろう。一度目をつむり、深呼吸して一気に犯人の名前を告げた。


「中道望君です。彼が今回の事件の犯人です。でも、事件を起こした原因は私にあります。叱るなら私を先に叱ってください。」


「僕はやっていない。濡れ衣だ。」


 女が犯人を告げると間髪入れずに男が反論する。まあ、犯人ではないので当然の反応だろう。それでも、犯人になってもらうのだが。


「どういうことですか。のぞむが犯人だというのですか。」


「そんなわけがない。」

「のぞむはそんな悪い奴じゃない。」

「れいったら、何を言っているの。そんなひどいことをのぞむがしないことはれいが一番よく知っているでしょう。」


 一気に話し出したクラスメイトに女は苦笑する。そして、理由を説明し始めた。



 説明を指示したのは私なので、話の内容はすでに知っている。退屈になってきた私はクラスの後ろのロッカーの上に座り、じっと先生と女とクラスメイトの様子を観察することにした。


「ええと、実はのぞむはクラスメイトの別府えにしさんのことが好きで告白したみたいなんです。それで、見事に振られたみたいで。私はそのことが信じられませんでした。のぞむは私のことが好きだったはずなのに、まさか私ではなくて、彼女に告白するとは思ってもみなかった。」


「告白なんてしていない。告白してきたのは別府さんだ。」


「私は告白されましたよ。驚いてふってしまいましたけど。それに私は転校してしまう。告白はうれしかったけど、付き合えないでしょう。」


 ここで、私も会話に参加する。


「告白したことをのぞむは私に伝えてきた。ふられてすごい落ち込みようだったから、私はその時に提案した。そんなに落ち込むくらい好きなら、彼女の思い出に残るような盛大なお別れ会をしたらいいんじゃないかと。」


 それがこんな結果になるなんて……。いかにも女が、自分が提案したせいで今回の事件が起きたと言わんばかりの演技をする。女の発言は、親の七光りもあって嘘でも真実に変わることがある。


 今にも泣きだしそうな、すでに泣いているように手で両手を隠して泣きまねをしていた。当然、本当には泣いているはずがない。私が泣きながら説明しろと指示していたからだ。


「その話は本当なの。のぞむ。」


 担任は本人に直接事実を確認することにしたようだ。もちろん、男は否定するに決まっている。


「僕はやっていません。朝学校に来て、上履きが盗まれることを知りました。それに……。」


「そんなことは今は忘れましょう。今日は私のお別れ会ですよね。せっかくみんなが準備してくれたと思うから、早く始めてくださいよ。私、実はとても楽しみにしていたんですよ。」


 ここで、大きく息を吸う。そして、一気に叫ぶように伝える。


「だって、れいさんとのぞむくん中心で一生懸命準備してくれたんでしょう。朝のこれも私のお別れ会の余興だと思えば、とてもいい思い出だよ。ありがとう、こんな楽しい余興を準備してくれて。」


 のぞむくんに向かって言い放つ。言われたのぞむくんは固まって動けないでいる。さて、こんなところでいいだろう。


「た、たしかにお別れ会はしなくちゃ。犯人捜しは後でもいいかも。」


「せっかく準備してきたからね。」


 ちらほらと私に賛同する意見が出される。先生は犯人捜しをしたいようで、渋い顔で考え込んでいる。


「それはできません。こんなクラス全体に被害が出るような事件が起きているのですから、先に犯人を見つけることが先決です。」


 担任は犯人捜しを優先することにしたらしい。


 こうして、お別れ会当日は、犯人探しというつまらない話し合いで終わってしまった。私は面倒くさくなったので早退することにした。先生もよもや、転校する私が腹いせにクラス全体に嫌がらせのような事件を起こすとは思っていなかったのだろう。多少の疑いは持たれていたようだが、最終的には犯人ではないと思ってくれたようだ。具合が悪くなったと伝えるとあっさり早退を認めてくれた。


クラスが騒ぎ出して面白いものが見ることができた。男の驚く姿も確認できた。大満足の一日だった。


16

事件の後日談を話すとしよう。クラスの上履きだが、さすがにゴミ箱に捨ててしまうのはもったいなかったので、無難な隠し場所として、クラスの隣にある今は使われていない空き教室のロッカーに入れておくことにした。


隠すだけでは物足りないと思ったので、ご丁寧に一人一人の上靴に画びょうを一つずつ仕込むことにした。見つかってすぐに履いてしまったら痛いだろうが、確認すればすぐにわかるので、構わないだろう。


作品についてだが、それは当日前から準備していた。さすがに一気に作品を外して破いていくのは重労働である。少しずつ抜いていって、最後にはずして破くことにした。


ボイスレコーダーを回収したので、犯人はきっと私だとわからないだろう。それに、クラスのスクールカースト上位の女が自分の幼馴染を犯人だと言い張る限り、私が犯人になることはないだろう。



しかし、予想は甘かった。予想外に男のことを好きだった女子がいたようだ。逆恨みのように、私が告白を断ったせいで、男は犯人になってしまった。告白されたのにどうして断ったのか。女子の数人に取り囲まれてしまった。場所は玄関前の廊下である。


「そもそも、私は告白はしていません。告白したのはのぞむくんですよ。れいさんがのぞむくんを好きなことは知っていたので、れいさんのためにも告白を断るしかなかった。」


 理由を説明して、さらに重要なことを私は彼女たちに告げた。彼女たちの行動が読めてしまったからだ。


「別に断った理由はどうだっていいでしょう。さて、私に怪我でも負わせたら、やばいことくらいわかっているでしょう。」


「そんなの関係ない。だって、のぞむとれいがかわいそすぎる。」


 さて、どうしたらいいだろうか。大声を出して助けを呼ぶか。このままおとなしく、暴力を受けてしまおうか。痛いのはまっぴらごめんであるのだが。



「ピー。ピー。火災が発生しました。火災が発生しました。」


 私はためらうことなく、非常ボタンをたたき割った。ちょうどそこにあったので、押すことにした。そもそも、私が今更この学校で何をしようが、問題はない。どうせ転校してしまうので、多少変な行動をとってもいいだろう。



 突然の音に驚いた女子たちはちりちりにその場から離れていった。最後に一人取り残された私も、何食わぬ顔で家に帰ることにした。




 私は無事に転校することができた。その後の話だが、どうやらあの幼馴染のバカップルは完全に別れたようだ。


 お別れ会の後に男が女に強く問い詰めて、女が素直に私にやられたと白状したしたようだ。しかし、私は普段の態度からそのようなことができるような女ではないと思い込んでいたようだ。


 お前が俺とえにしが仲が良かったから嫉妬したのだろう、といって信じてもらえなかったようだ。それにブチ切れた女はつい男にカッターを向けてしまった。


 カッターを男に刺したようだ。男の腹に刺さり、男は重傷。傷害事件沙汰で警察の介入があると思うのだが、事件は隠ぺいされて、ニュースになることはなかった。


 男は女性恐怖症になり、女は精神を病んでしまったようだ。ざまあみろである。担任もこんなことが起こればとばっちりを食っているに違いない。


「そういうことになっているみたい。」


 事件の概要を話してくれたのは、女の取り巻きの一人だった。なぜか、私のことが気に入ったようで、仲良くなった。転校してからもこうして電話で話すような仲である。



 私を馬鹿にするからである。ざまあみろである。


 この時のやり返した感じがすごい達成感にあふれるものだったので、つい癖になってしまった。


 幼馴染という長年の関係がこうも簡単に壊れてしまうなんて、興味深いことだ。それ以来、手を変え品を変えて、幼馴染が壊れていくさまを見ては楽しむことにしている。


 その途中で、むかついた先生や児童には何かしらの報復をしている。


 そして、今日も私はターゲットを見つけて壊すだけである。



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