【おまけの番外編】テオの聖夜 上
テオ目線の番外編です。
テオは、また寝込んでいる。
病み上がりの体で、冷えた早朝の海鮮市場でアンジェリカを探し回ったせいなのか、信じがたい告白を聞いたショックなのか。はたまた自由気ままな旅に出る期待感のせいか。
ともかくテオの熱はぶり返し、母方の祖父に譲られた帝都の私邸の一室で臥せっていた。
普段あまり使われない小さな屋敷は、管理人の老夫婦と下働きが一人いるだけである。
テオは、宿を転々とするよりはと皆をこの私邸に連れて来た。アンジェリカから『旅のしおり』なる予定表を見せられ、帝都巡りの場所の多さに数日では回り切れないと判断したからである。
「皇子はへっぽこだなぁ」
枕元にユッカがやって来て言う。
「面目ない」
我ながら情けないとテオは思う。茶トラの猫が喋ることに、猛獣使いのテオは違和感がなかった。ただ、帝都のグルメを満喫する度に少年姿に化けるのには、まだ慣れそうにない。
「テオ、体調はどう?」
アンジェリカが、心配そうに薬を持って来た。テオの額に手を当て「まだ熱っぽいわね」と呟く。
テオはダラダラと長引く微熱に嫌気がさしながらも、こうして看病されるのも悪くはないと鼻の下を伸ばした。
「ごめん。せっかくの旅が台無しだ」
「いいのよ。山あり谷あり。それが旅だわ!」
こんな会話にテオは癒される。
「でも、姫。明日はどうするんだ?」
明日は聖夜だ。帝都は今日から冬の祭りで賑やかさが増す。テオたちは、街歩きをしながら大聖堂に足を運ぶ予定だった。一般公開されていない奥の祈りの間には、世界最古のラムール神の像が安置されており、テオの皇族権限で入室許可が下りたのだった。
(楽しみにしてたのになぁ)
軍部に所属するテオにしてみれば、任務で走り回る帝都は庭のようなものだ。せっかくアンジェリカにいい所を見せられると思ったのにと、テオは心の中で舌打ちした。
二人は、目下のところ婚約者同士である。
テオはアンジェリカに恋をしている。しかし、その逆はどうかと訊かれれば、テオにはあまり自信がない。「大好き!」と言われはしたものの、それが男女の情愛なのか疑わしいものがあるからだ。どうも彼女の言動からは、色恋の艶っぽさよりも仲間としての爽やかさが滲み出ていた。
「そうねぇ、テオを置いていくわけにいかないし………」
アンジェリカが悩ましげにウーンと唸った。
「ごめん、僕のせ――――」
「こうなったら、仕方ないわ。シンナさーん、お願いできますか~?!」
謝ってばかりいるテオを無視して、アンジェリカは大声でシンナを呼んだ。
「あら、あら。まーだ治りそうにないのね。今日からお祭りだもの、皆で楽しまなくちゃ。じゃあ、いっくわよぉ~、せーのぉ!」
ふわりと宙に姿を現したシンナは、床の上に着地するとテオの枕元に寄って来て、大きな団扇を振りかざす。
ビュン
圧を伴った生温かい風が一陣、テオの体内を吹き抜けていった。その風に追い出されるように、燻っていた怠さがなくなり体が軽くなる。熱っぽさもない。
「えっ、治ってる?」
キョトンとしているテオを尻目に、シンナは得意げに笑う。
「成功、成功! ま、当然よね。なんてったってワタシは『祓い清めの神』だもん。風邪の一つや二つ、ちょちょいのちょいよ」
だったら、もう少し早く治して欲しかったと思わなくもない。
だが、アンジェリカたちは、なるべく自分たちの力で解決する方針のようだ。神であるシンナの力は強力だから、思わぬ弊害があるかもしれない。頼るのは、どうしてもという時だけだとアンジェリカは言う。
なるほど、と納得する。養生していればいずれ治る病に、シンナの力は必要ないのだ。
猛獣使いは使役する動物の能力を使うことに躊躇はないが、シキガミ使いは変化の力に振り回されてはいけないということなのだろう。
「さあ、準備が出来たら行きましょ」
こうしてすっかり元気になったテオは、アンジェリカたちを案内しながら冬祭りの出店を巡り、食べ歩きを楽しんだのであった。
アンジェリカを大聖堂の祈りの間に連れて行きたかったのには、わけがある。
ラムール神は、アンジェリカの故国ネーブでも崇拝されている愛と万能の神だ。
本堂でミサのある聖夜は、余計な邪魔が入らずに祈りの間でゆっくり過ごせる上、一部の者のみが知る隠し扉の螺旋階段から、帝都を一望する展望台に登れる。
“いつか恋人と行ってみてネ。すっごくキレイなんだから!”
前々から小鳥たちに教えられていたテオは、帝都を離れる前に一度は訪れてみたいと思ったのだ。要は、ちょっとしたデート気分である。
テオたちは、古参の神官の案内で祈りの間に入った。
ステンドグラスに彩られた室内の中央に鎮座するラムール神は、人の頭ほどの大きさの木彫りの像だ。中性的な美しい顔立ち。指が欠損していて古い歴史を感じさせる。
「わぁ……これが現存する最古の像なのね」
アンジェリカが小声で感嘆の声を上げる。
「なんか、ボロボロだな」
「フン、男前すぎるわ」
ユッカが身も蓋もないことを言うかと思えば、シンナも罰当たりである。
「古い像だからね。壊れそうで下手に触れられないのさ」
「だから汚れてるのね。なんだか、思いっ切りジャブジャブ洗いたい気分!」
アンジェリカが悶えている。
煤けた像だが、これでも神官たちが定期的に刷毛で埃を落としているのだ。これ以上はどうしようもない。そう説明すると、シンナがスタスタと像に歩み寄った。
「汚いのは見過ごせないわね。清めてあげるわ。せーのぉ」
ふうぅぅぅ~
シンナが勢いよく息を吹きかける。もわっとした白い煙のような埃が舞い上がり、たちまちラムール神像が綺麗になった。
「わ~、今度は何ですか!」
ピカピカになった像を目にしたテオはびっくりした。
「何って、掃除よぉ。こんなの基本の基よ」
テオは、「だって『祓い清めの神』だもん」とふんぞり返るシンナが神であることを思い出す。シンナは、喋り方も親しみやすいし、俗物的で食いしん坊だ。神の威厳がまったく感じられない。
(まあ、神もいろいろだからな)
ラムール神のように唯一神として祀られる神もあれば、限りなく人に近い下級神もいる。テオは『祓い清めの神』の名を聞いたことはなかったが、その神通力は本物だと改めて感心するのだった。




