【番外編】テオの葛藤 ~葛藤とすれ違い 2
テオは、アンジェリカの憂い顔が忘れられなかった。
明るく振る舞ってはいるが、不安を感じているに違いない。知り合いもいない異国の地なのだから当然である。
冷遇されて育った姫でさえ「政略結婚は仕方がない」と覚悟を持っているのに、自分はくだらない理由でへそを曲げて逃げている。テオは、己の幼稚さが恥ずかしくなった。
「王女との対面を拒否したのはあなたでしょう? そのせいで歓迎パーティも中止になったのよ。物事には順序があります。わたくしが茶会に招待すれば解決する問題ではないわ」
未だ茶会に参加することも出来ないでいることが気になって、母のセリアにそれとなくアンジェリカの参加を打診してみれば、けんもほろろに断られてしまった。
これから帝室主催の剣技大会に向け、皇后をはじめとした皇妃たちは、その準備で忙しくなる。アンジェリカの教育係を担当している皇女のロザリアでさえ授業を休むこともあり、とてもお茶会どころではないのだ。
「まずは剣技大会が終わってからだわ。当日は、対面のために観覧室を用意するそうよ。二人の様子が仲睦まじかったと話題に上れば、アンジェリカ様の噂もそのうち消えるでしょう。ともかく、会う気になってくれてよかったわ。これ以上は誤魔化しきれないのではないかと、ロザリア皇女もハラハラなさっておいでだもの」
もう全部バレているとは知らないセリアは喜んでいる。息子が皇帝に逆らいストライキとは、母親としても他の皇妃や貴族たちの手前、肩身が狭かったはずだ。
「いつまでも、このままと言うわけにはいかないので」
テオは、ばつが悪くなって、素っ気なく小さな声で返事をした。
(本当に、ごめん)
後先を考えない軽率な行動で、皆に迷惑をかけている。
皇族の血の一滴は、波紋のように周囲に影響を及ぼす――かつてジスランに言われた言葉である。気をつけなければならなかったのに、八人もいる皇子の末っ子だと甘く考えていたのだ。
(やっぱり皇子なんて向いてないんだよなぁ)
セリアの離宮を出るとエルが飛んで来た。鳥は自由でいい。テオは、伝達文を受け取ると大きくため息を吐いて、次の任務へ向かうのだった。
アルバーノが剣技大会に出場することになり、アンジェリカの興味は大会一色だ。まるで「アルフォンス」のことなどケロッと忘れたかのように。
それはそれで少し寂しい気もするが、アンジェリカの楽しそうな様子にテオは救われていた。
「前大会で三位だったバシュレ公爵家の騎士? 彼は、前回は大剣で戦ってたはずだよ。体格がいいんだ。力が強くて持久力がある」
「ふむ、ふむ。大剣、ね」
アンジェリカは必死にメモしている。どうやら本気で優勝を目指すつもりらしい。
「そんなにバシュレ家の騎士が気になるの?」
「だって、ミュリエル嬢に宣戦布告されたのよ? コテンパンにしてやるわ!」
売られた喧嘩は買う主義だと負けん気を見せている。あの令嬢相手に逃げ出すどころか立ち向かう勇ましさ。それが許される身分と明るい性格。
テオは、ジスランがなぜこの縁談を決めたのか、わかったような気がした。
剣技大会が近づくにつれ、テオは忙しくなった。
出場者を狙った襲撃事件が頻発し、調査に駆り出されていたのだ。
「賭博の関係でしょうね。人は大金が絡むと何を仕出かすかわかりませんから」
ノエルは毎度のことだと慣れたふうに言うが、テオとしては大迷惑である。使役している動物たちは、調査にてんてこ舞いで疲弊している。何より、アンジェリカと会える日が減った。
これが終われば、彼女と二人で試合観戦だ。その後は婚約者として正式にお披露目され、本来のあるべき状態に修正されるだろう。テオは、それを励みに目まぐるしい日々を奮闘していた。
だが、大会五日前に宮廷に激震が走った。
アンジェリカの離宮の近くで、巡回中のアルバーノが暴漢に襲われかけたのだ。幸い犯人はすぐに捕らえられたものの、皇族の離宮が集まる極めて私的なエリアで起きた騒動であることから、厳しかった警備が、一層強化されることとなった。
テオは、心配になって、何とか時間をやり繰りしてアンジェリカに会に行った。
「師匠は強いから大丈夫よ」
彼女はそう言うけれど、もし巻き込まれていたらと思うとヒヤッとした。
「わかってる。それでも、君のことが心配だったんだよ」
思わず本音が口から飛び出して、テオは赤くなる。
アンジェリカの頬もほんのりと染まっていた。
「そう言えば、優勝した時の褒美は、もう決めてあるの?」
照れ隠しに話題を変える。
「えーと、私とアルフォンス様の将来について、かな? ちゃんと幸せになれるように」
久々にアンジェリカの口から「アルフォンス」の名前がこぼれて、ドキンと心臓が跳ねた。どうやら、忘れられたわけではないらしい。前向きな言葉が聞けて嬉しくもあった。
「そっか。叶うといいな」
この時のテオは、アンジェリカがもう「アルフォンス」との未来はないものとして行動を起こしているとは考えもせずに、のん気に微笑んでいた。
アルバーノに昏倒させられた暴漢たちが目を覚ましたのは、三日後のことだ。
かすり傷一つ負わずに大の男たちをのしてしまう王女の騎士の強さには驚嘆するが、それ以上に驚いたのが暴漢たちを手引きしたのが、マノン・バルニエ子爵令嬢だという事実だった。彼女はミュリエルの侍女だ。当然、バシュレ公爵家の関与を疑わざるを得ない。
「何が何でも剣技大会に勝って、ミュリエル様の望みを叶えたかったのです。そんな時、街中で男たちに声を掛けられました。私の独断です。バシュレ家もお嬢様もご存じありません」
暴漢たちがこの国の反乱分子と繋がっていることが判明し、結局、バシュレ公爵家はマノンを見捨てた。彼らに利用されたマノンの処刑は免れない状況となりつつあった。
テオは、ミュリエル嬢の願いが自分との結婚だったと知って愕然となった。
「アルフォンス様が、王女様との縁談を拒んでいらっしゃると聞いて、まだ望みはあると思ったのです」
アンジェリカが息巻いていたミュリエルの宣戦布告とは、こう言うことか。
軽い気持ちで落とした一滴の波紋が、こんな所にも及んでいたのだった。




