【番外編】テオの葛藤 ~テオの縁談
テオ目線の番外編です。全6話あります。
テオことトエ帝国第八皇子アルフォンス・テオフィル・ド・トエは、猛獣使いである。
物心ついた頃から、動物の言葉がわかった。そして、なぜか彼らはテオを慕う。
彼の能力は秘され、十五歳になると軍部の所属になった。近衛騎士ということになっている。しかし、その実は皇帝ジスラン直属の間諜だ。
猛獣使いのほとんどは、そうやって己の能力を隠して表の顔を持つ。テオの能力を知っているのはごくわずかな限られた人物だけだ。
皇子と猛獣使いの二足のわらじを履いているわけだが、テオが皇子として公の場に出ることはあまりない。人使いが荒い父親のせいで、任務、任務の毎日である。
「陛下は、あなたが宮中の良からぬ企みに巻き込まれることを懸念していらっしゃるのよ」
母親である第七皇妃セリアは、そう言う。
数年前に皇太子を狙った暗殺未遂事件があり、帝位後継を巡るひと悶着があったばかりだった。再び宮中を乱すことを警戒しているのだ。
だが、それはそれで社交が嫌いなテオには好都合だった。婚約者候補の令嬢たちとの茶会は避けられないが、仕事を理由に夜会でダンスを踊らずに済む。
テオは令嬢たちが苦手だ。隙がないほどキラキラと完璧に着飾って、淑やかそうな顔をしながらお互いに牽制し合っている。獲物を狙う狼のようなギラギラした目で、グイグイと迫って来る。
特にバシュレ公爵家の令嬢ミュリエルは、会うと胃が痛くなるほどである。テオと年回りが近い令嬢の中で一番高位あることを鼻にかけ、さも自分が婚約者であるかのように候補の令嬢たちを睨みつけるのだから堪らない。
「はぁー、もう限界。胃に穴が開きそうだ」
この日もテオは、散々な茶会の後、みぞおちを摩り摩り、ぼそりと弱音を吐く。
それを聞いた同じ近衛隊に所属するノエルが苦笑する。
「もう少しの辛抱ですよ。殿下もあと数か月もすれば十八歳になるのですから、それまでにお相手が決まるのではないですか?」
トエ帝国の皇子は、十八歳の誕生日までに婚約を発表するのが今までの慣習だった。その例に倣うと、あと少しで候補の令嬢の中の一人と縁談が調うことになる。
テオは、ゾッとした。
「うわ、絶対に無理! あの中から選ぶなら、一生独身の方がいい」
そんなテオの願いが父親のジスランの耳に入ったのかどうかは定かではないが、その直後に数週間ほど地方の任務を命ぜられ、戻った時には、婚約者候補の令嬢たちは全員候補を外されていた。
ホッとしたのも束の間、自分の留守中にネーブ国の第一王女と縁談が進められていたことを知り、テオは声を荒げた。
「これはどういうことですかっ、父上!」
「どうって……アルは、候補の令嬢たちは嫌なんだろう? なら、外国の令嬢しかいない。たまたまネーブの姫が結婚相手を探していたから、丁度いいと思って。十五歳で年回りはピッタリだし、両国の親交になるしね」
ジスランが、セリアの宮で茶を飲みながら、のほほんと答えた。
その緊張感のなさが、より一層テオの感情を逆撫でする。
「今更『皇子として政略結婚せよ』と、おっしゃるのですかっ?!」
「そんな堅苦しいものじゃないけど。まあ、一度、会ってみてよ」
冗談じゃない。一度でも会おうものなら、もう決定ではないか。いや、姫がこの国にやって来る時点で、もう覆りようがないのだが。
テオを軍部へ置き、猛獣使いとしての人生を歩ませることにしたのは、他ならぬジスランである。テオにとっても猛獣使いこそが本分であった。それを今更……。
皇子として生まれたからには、そのしがらみから完全に抜け出すことは不可能なのだと思い知らされた気がした。
テオの兄たちは皆、自分で妃を選んでいる。皇族にはめずらしく、父親であるジスランが「一生を共にするのだから、結婚相手は自分で選べばよかろう」とあくまで政治に支障のない範囲でそれを認めているのだ。
なのに、どうして自分だけが勝手に縁談を決められ、見知らぬ女を伴侶にしなくてはならないのか。そこだけは納得がいかなかった。
「絶対に、会いません!」
テオは断固拒否して踵を返した。
ネーブは伝統ある国だ。その王女だなんて気位が高そうだ。ふとミュリエルの高慢ちきな顔が脳裏に浮かぶ。テオはぶんぶんと頭を振った。
東の庭園の奥にある自分の宮に向かってズンズン歩いていると、胸ポケットからネズミのチョロが顔を出した。
“どうするんだよ。大人しく結婚するのかい?”
他人から見れば、ただチュ、チュと鳴いているだけだが、テオにはチョロの言うことが理解出来る。頭の中にポンと言葉が浮かぶというか、テレパシーとでも言えばいいのか、テオにもよくわからない。
「まさか。そうだな、とりあえず避難するか」
テオは、ささやかな抵抗を試みることにした。
まずは、自分の宮を出て騎士寮にいるノエルの部屋で生活を始めた。これで誰かが宮まで押しかけて来ても対応せずに済む。そして、ジスランと職務以外の接触を絶った。父親との私的な会話を拒んだのである。
「反抗期の子どもじゃないんですから、王女と会ってみては? こんな所じゃ、殿下も窮屈でしょう」
「全然、窮屈なんかじゃない。むしろ居心地抜群だね」
ノエルが諭すのを、テオはツンと無視する。
宮廷警護の任にあたる近衛隊の入隊には貴族籍が必須のため、それなりの地位にある貴族の子息が多い。ノエルも伯爵家の次男だ。そんな彼らの住む部屋だから、一般の騎士寮と比べるとかなり広い。
「アルフォンス皇子は、長期任務ってことになっているらしいですよ。ですが、いつまでも、このままと言うわけにはいかないでしょう」
道中でトラブルに巻き込まれたネーブ国の王女は、予定より遅れて到着した。
早速、二人を引き合わせる段取りが組まれたものの、テオの態度が頑ななために見送られた。歓迎のための内輪のパーティも中止となった。嘘がバレないようにと王女は離宮へ押し込められ、妃教育の名のもとに腹違いの姉のロザリアが監視している。
そんな時だ。
「離婚歴がある王女がお相手だなんて、アルフォンス様がお可哀相だわ」
テオは、使役しているネズミのうちの一匹に『ミュリエルが、令嬢たちの茶会で王女の不名誉な噂話を吹聴している』と教えられたのだった。




