45 旅立ち
本日3回目の投稿です。
最終話です。
トエ帝国は広い。帝都は、各地から様々な文化が持ち込まれ、行き交う人々で賑わっている。
その中でも海鮮市場は朝から活気がある。商売人や観光客を目当てに、食堂は早くから開いていた。
「うん、うん、やっぱり新鮮な魚は市場に限るわね」
「ん! 刺身が旨い」
平民女性に化けたシンナと少年に化けたユッカは上機嫌だ。二人は、こうして堂々と客として食堂でご飯を食べている。会話も念話ではなく、普通に話す。
「私は、この煮つけが気に入りました」
町娘姿のアンジェリカも山盛りご飯をかっ込みながら、舌鼓を打つ。
アルバーノは、黙々と焼き魚を口に運んでいた。
宮廷を出てから一週間が過ぎても、アンジェリカたちは、まだ帝都にいた。
宿を転々としながら、観光とグルメを満喫しているのである。
「帝都は観光スポットが多すぎて、なかなか回り切れませんね」
「ん。一日は三食しかないからな。全て食べ尽くすのは無理だ」
「ワタシ、エビフライ定食も食べた~い」
お腹を満たし食堂を出たところで、足早に近づく人の気配を感じたアルバーノが「奥方様」と目配せをしてきた。
アンジェリカは無言で頷き、振り返った。
「やっと追いついた!」
現れたのはテオだった。いつもの近衛の制服ではなく、平民服を着ている。
「わぁ、テオじゃないの! よくここがわかったわね」
「僕の情報収集能力を舐めてもらっちゃ困るよ」
空に鷹のエルが飛んでいた。どうやらずっと見張らせていたらしい。わからないようにこっそり宮廷を出たのに、猛獣使いには意味がなかったようだ。
「さすがテオだわ。でもよかった。お別れを言いそびれちゃったから」
「経緯は知ってる。だけど、黙っていなくなることないじゃないか」
剣技大会の褒美の件は、帝都でも話題になっていた。ネーブ国の姫が子爵令嬢の命乞いをしたとか。優しい姫だとか。子爵令嬢と一緒に公爵家の令嬢も修道院へ入ることを希望したとか。結構な美談として語られている。
「ごめんなさい」
むくれるテオに、アンジェリカは素直に謝った。やっぱり黙って去ったのは良くないと思ったのだ。
「お別れなんてしないからね。僕もアンジーと一緒に行く」
とんでもないことを言う。
「気持ちは嬉しいけど、仕事は? 家族は? もう戻れないのよ?」
一緒に旅をしたいけれど、近衛隊にいるということは、それ相応の家門のご子息なわけで、勝手は許されないはずだ。
するとテオは、ゴソゴソと荷物から勅書を取り出して読み上げた。
『第八皇子アルフォンスは、ネーブ国王女アンジェリカの旅に同行し各地で諜報の任にあたることを命ずる。期間は無期限』
長々と書き連ねた立派な文章を要約するとこのような内容である。
「恩赦を出すのに身分返上までは必要ないってさ。アンジーの王籍離脱届は父上によって破棄されたよ。君は今でも王女のままだし、婚約も継続中だから両国の親交にヒビは入らない。褒美の内容に違反もしてない。父上の方が一枚上手だったね。『ついでにお前も世界を見てこい』と僕も晴れて自由の身になった」
「は? 父上?」
「えっと、僕が、帝国の第八皇子アルフォンス・テオフィル・ド・トエです。つまり、アンジーの婚約者」
テオは、照れ臭そうにくしゃっと笑う。
(ええっ、型破りって、そういうことぉ?!)
衝撃だった。
アンジェリカは、言葉を発しようとするが、すぐには声が出てこない。
アルバーノが「ここじゃ何ですから」と場を移すことを提案するので、アンジェリカとアルバーノ、そして人間に扮したシンナとユッカは、宿の狭い部屋でぎゅうぎゅうになりながらテオの話に耳を傾けることになった。
「騙すつもりはなかったんだ。僕に皇子なんて似合わないのさ。猛獣使いの能力があったから、皇子より猛獣使いとしての時間の方が多かったし、今後も猛獣使いとして気楽に生きていくものだと思ってたよ。ところが、任務で留守にしている間に皇子として婚約が取り決められていて、ただ反発したかっただけなんだ」
アンジェリカと皇子ではない等身大の自分で付き合えることが嬉しかった。仲良くなるにつれ、関係を壊すのが怖くて自分が婚約者だとは言い出せなくなった。
いずれ正式な場で対面することになるのだからと、ずるずる先延ばしにしたせいで予想外の事態になった。エスコートするはずの舞踏会を風邪で欠席している間に、アンジェリカがこの国を去ることになってしまったのだ。
床に臥せっている間に宮廷を出て行ったと知り悔やんだ。体調が回復するのを待って、急いで追いかけてきたのだとテオは釈明した。
「今まで言い出せなくて、本当に悪かった! アンジーを嫌ってなんかいない。むしろ大好きだ。お願いだから、見捨てないで」
勢いよく頭を下げるテオに言いたいことは山ほどあった。あんなに悩んでいたのは何だったのかという恨み言は後回しにするとして、先に伝えねばならないことがある。
「風邪を引いたのは、私が麦酒をぶちまけたせいね。ごめんなさい。本当に体調不良で欠席したとは思わなかったわ。それと、私、アルフォンス様なんて嫌いよ」
テオの顔色が悪くなる。
「だけど、テオのことは好き、大好き! 一緒に旅が出来るなんて嬉しいわ」
アンジェリカはテオに笑いかけた。アルバーノの視線が「お人好しです」と言っている気がするが、憎めないのだ。
「アンジー……!」
「それに、隠し事はお互い様よ。私は、猫のテイマーじゃないもの」
「あれ? そう言えばユッカは?」
テオは、キョロキョロと部屋を見渡した。
次の瞬間、少年姿のユッカが茶トラの猫に戻った。
シンナもいつもの姿で宙に舞う。
「ワシはユッカ!」
「ワタシはシンナよ! よろしくね」
今度は、テオが、口を開けて驚愕する番だった。
「ユッカ?! あっ! シンナって…………」
アンジェリカが酔っぱらって口走った名前だと気づいたらしい。
「テイマーはテイマーでも、私が使役するのは動物じゃなくて変化なの!」
目を白黒させているテオに、星見の一族やシキガミのこと、シンナが『祓い清めの神』であることなどを打ち明けて――――。
「ん。まぁ、時間はあるんだ。とびっきりの旅を楽しもう」
長い長い告白の後、まだ、あ然としているテオに向かって、ユッカがのんびりと声を掛けたのだった。
その後、アンジェリカとテオは、泣いたり、笑ったり、ケンカをしながら世界中を巡り、やがて結婚することになるのだが、この日の出来事がアンジェリカの思い出として語られるのは、ずーっと先の未来のことである。
そう、二人の間に授かった五人の子どもたちが、大人になってからの話だ。
これにて完結になります。
読んでいただき、ありがとうございました。
この後、テオ視線の番外編が続きます。
もう少しだけお付き合いいただけたら幸いです。




