42 最初で最後の舞踏会 ~舞踏会の朝
本日3回目の投稿です。
一夜明け、舞踏会の朝になった。
剣技大会優勝の興奮冷めやらぬというのに、いつも通りに朝練は行われた。
ただし、ロザリアは欠席である。昨日は剣技大会開催の裏方で忙しかった上、今夜の舞踏会の準備があるからである。母親である皇后が中心となって進めているので、その手伝いをしているのだ。
「師匠! もうちょっと嬉しいとか、なんかこう『やったー!』っていう気持ちはないんですか? 優勝したんですよ? しかも、ジスラン帝の秘密兵器『疾風の剣』を負かして」
いつもと変わらぬピクリともしない無表情を貫いているアルバーノに、アンジェリカは、我慢できず不満を口にした。
「あの時は、奥方様が『さっさとコテンパンにしろ』とおっしゃるから、最速で勝負したまでのこと。世の中、上には上がいるんです。あんな若造に勝ったくらいで浮かれるなんて、思い上がりもいいところです」
皇帝の秘密兵器を「あんな若造」呼ばわりとは、余裕綽々である。師匠の『師匠』は、もっともっと強かったらしい。
更なる高みを目指すには、こんなことで一喜一憂している場合ではないと、師匠らしい態度を崩さなかった。
師匠の剣技と言い、星見の一族の異能のことと言い、どうも東方の国というのは、底知れない不思議な国である。いつかその深淵をの覗いてみたいと、アンジェリカは思っている。いつになるかは、わからないのだが。
「ちょっ……コテンパンって、何ですかっ。まさか、シンナさん?」
シンナが姿を現した。侍女に化けている。彼女は、昨日もこの格好で堂々とアルバーノと一緒に出場者用の食堂へ入り、朝食を三人前も平らげていた。
「力の差を見せつけてやれってことでしょ。意味は一緒よ、意味は」
「それは、そうですけれども! 私は、絶対に優勝してって叫んだだけですよ」
「結果は同じことなんですから落ち着いてください。奥方様、何かあったのですか? 今朝は、いつにも増して鍛錬に身が入っていない」
まるでいつも集中力がないみたいで甚だ心外である。が、今朝のアンジェリカに限って言えば間違いではない。褒美を変更してマノン嬢を助けるつもりであることを、これからアルバーノに告げなければならないのだ。
アンジェリカは思い切って口を開いた。
「師匠、ごめんなさい。その……褒美のことなんですが、実は、かくかくしかじかで、ここを出て行くことが出来なくなりました」
アルバーノはアンジェリカの話をじっと聞いていた。時折、眉を顰めている。
「褒美で恩赦を乞うつもりなのはわかりました。私はそれで良いと思います」
拍子抜けするほど、あっさりとした反応だった。
朝食の後、アンジェリカは、メイドたちに風呂に入れられ、全身をピカピカに磨かれた。
女の支度は時間がかかる。帝室主催の舞踏会ともなれば、一日がかりだ。
特にアンジェリカの場合は、急に出席が決まったため、何かと忙しない。
通常ならば婚約者から贈られるはずのドレスもないので、手持ちの中から緑色のドレスを選んだ。エスコートするアルフォンスの瞳の色をメイド長に尋ね、それに合わせたのである。
しかし、夕刻が近づき準備が整った頃、ロザリアの侍女ロッテがアルフォンスの欠席を伝えにやって来た。
「申し訳ございません。体調不良により、どうしても出席が困難な状態でして」
ばつが悪そうに目を伏せている。
「わかりました。お大事に、とお伝えください」
体調不良などという方便を信じたわけではない。ただ、この拒絶こそがアルフォンスの明確な意思であると理解した。連絡が遅すぎだと、喉まで出かかる文句を呑み込む。
「それで本日のエスコートなのですが、もしよろしければと皇太子殿下から申し出がございますが――」
「え? いえ、アルバーノと出席するので大丈夫です。剣技大会の表彰の場ですもの。別に構いませんでしょう?」
ロッテの言葉を遮り、アンジェリカは断った。
アルバーノはアンジェリカの代理で出場した騎士なので、それが一番自然である。それに皇太子妃を差し置いて迂闊にエスコートを受ければ、あらぬ憶測を呼ぶかもしれない。
「かしこまりました。そのように伝えます」
ロッテが退出した後、控えていたアルバーノが「奥方様」と遠慮がちに声を掛けてくる。
「そう言うことだから、悪いけれどエスコートをお願いします」
アンジェリカが、気にしてないというふうにサバサバとした調子で言う。
「かしこまりました。ですが、さすがに帝国側のこの態度は腹に据えかねます。正式に婚約者としてお披露目するわけでもなく、離宮に放置した挙句に皇子と面会すらないとは。この現状には、あのリベルト陛下でさえお怒りです」
「えっ、まさかお父様に報告してるんですか?」
「当たり前じゃないですか。奥方様はネーブ国の王女なんです。本来であれば、もっと細かな報告を上げるべきですが、如何せん従者が私一人なので人手が足りません。最近、やっと王宮が落ち着いたので、使節団を派遣しようと計画中でした」
アルバーノは護衛をしながら、新体制でごたつく祖国とのやり取りで大変だったらしい。師匠は師匠なりに、まだ十五歳の自国の王女に負担をかけまいと慮っていたのだ。
「うわぁ、知りませんでした。もしかして、優勝の褒美で帝国を出て行く話なんかも筒抜けですか?」
「いえ、そこまでは。奥方様の能力については陛下もご存じないので、公になっていないアルフォンス皇子のストライキや八人目の皇妃の件は、噂として耳に入れてあります。ただ、奥方様が追い詰められた心境であると、陛下も察しておられたようです」
アルバーノは、懐から一通の封書を取り出してアンジェリカに差し出した。
「これは…………」
「先ほど、ボルツィ家の大鷲が届けてきました。必要であれば使うようにと」
ネーブ国王の封蝋が施されていた。父親からの初めての手紙にしては、重々しい威厳を発している。
アンジェリカは、そっと開封した。
「では、私は着替えて参りますのでこれで」
アルバーノが気を利かせて部屋を出て行く。
ふと時刻を確認して、愕然となる。
「ドレス、着替えなくっちゃ!」
アンジェリカは、アルフォンスの色を脱ぎ捨て、大急ぎで新しいドレスを手に取った。




