41 剣技大会 ~優勝の行方
本日2回目の投稿です。
大会が佳境に入り、観客たちの熱気は増す一方である。が、だとしても初冬の空気は冷たい。
麦酒でびしょ濡れになってしまったテオは、ブルブルと震えている。
ヒューと北風が吹く。アンジェリカの酔いが一気に醒めていった。
「わー、たいへん!」
“ちょっと、アンジーちゃん何やってるの”
“わわっ! だからやめとけって言ったんだ”
アンジェリカは、あたふたしながらメイドにタオルを持って来てもらい、急いでテオの頭を拭いた。麦酒の白い泡が、紺色の軍服の肩に染みを作っている。
「だ、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないわ。風邪ひいちゃう。早く着替えた方がいいわ」
「平気さ」
「でもこのままじゃ……」
ゴシゴシとタオルを動かすアンジェリカの手首が掴まれた。掴んでいるテオの手が冷たくなっている。
「君は、放って置くと何をするかわからないからここにいる」
「大人しく観戦してるもん! だから着替えて」
「どうだか」
ムスッとした顔で見つめられ、アンジェリカは小さくなった。何度も「静かに観戦する」「もう酒は飲まない」と約束をしてから、テオはやっと重い腰を上げた。
「すぐに戻って来るからね! いいかい、飲んでいいのは紅茶だけだよ」
テオが近くで巡回中の衛兵を呼んで交代する。部屋から出た直後、ハックションと大きなくしゃみをした。
そんな騒ぎを掻き消すように、会場からワァァ~と一段と大きな歓声が湧き上がった。
「何かしら?」
まだ試合は始まっていない。対戦相手が姿を現さないのだ。アルバーノは、会場の中央で、準決勝の試合開始をぽつねんと待っているのである。
「番狂わせが起きたんです」
質問に答えたのは、テオと交代してアンジェリカの護衛についた黒髪の兵士だった。テオと揃いの紺の軍服をピシッと着こなしている。どうやら同じく近衛隊に所属しているらしい。
「準決勝に出場予定の騎士が棄権しました。オッズが凄いことになっていまして」
たった今、アルバーノの対戦者が急な体調不良を理由に棄権したのだという。前大会で三位入賞の、あのミュリエルの騎士だ。優勝候補として一、二を争う人気だったため、観衆が驚いているのだ。
不戦勝でアルバーノが決勝に駒を進めることになる。異国の王女の護衛とはいえ、無名騎士の人気は下から数えた方が早い。優勝すれば、賭け金の払い戻しが「凄いこと」になるらしい。
「そんなこともあるんですね」
アンジェリカは、バシュレ公爵がミュリエルの騎士をマノン嬢の件から遠ざけるために動いたのだと直感した。
突然の試合中止で手持ち無沙汰になった時間を埋めるように、紅茶と菓子が運ばれてきた。
真ん中に穴の開いたケーキは初めてだ。
「ドーナツでございます」
アンジェリカが、ものめずらしそうにひょいと指でつまみ上げるとメイドが説明した。
油で揚げて作るというドーナツは、外側が砂糖でコーティングされて砕いたナッツがかかっている。口に入れると生地がしっとりとしている。ミルク入りの紅茶とよく合った。
「あっ……」
アンジェリカが躊躇なくドーナツを口に入れる様子を見て、目を丸くしたのは護衛だった。毒見は必要ないのかと慌てている。皇族には、専任の毒見役がいるのだそうだ。
「えー? 必要ないですよ。毒見役が死んだら、それこそ後味が悪いじゃないですか。一応、銀の針は持ってますよ。それでジューブンです!」
最近ではシンナの浄化を当てにして、銀針の出番もない。
パクパクとドーナツを平らげて「お代わりください」とメイドに頼むと、護衛は更に目を丸くした。
やはり淑女は、小鳥のように少しだけついばむのが万国共通の嗜みであるらしい。
(シンナとユッカの分なんだけどね)
二人は、自分たちのドーナツが届くのを楽しみに待っている。
アンジェリカたちの小腹が満たされ人心地がついた頃、決勝戦が始まろうとしていた。対戦相手はトエ帝国の兵士で、まだ二十代の若者だ。
「彼は、皇帝陛下の直属だよ。体の線は細いが早い。『疾風の剣』と呼ばれる精鋭だ」
いつの間にか戻ったテオから教えられる。
「陛下直属ぅ?!」
アンジェリカは、声を荒げた。
優勝候補になりそうな騎士がいないなどと嘆いておきながら、ジスランは、息子のために自分の手の者をちゃっかり出場させていたということではないか。
「あ、ああ。彼はこういう大会には、興味なさそうなのに意外だよ」
テオはアンジェリカの醸し出す不穏な空気にたじろいでいる。
“なあ、姫。もしかして、あっちが本命だったんじゃないか?”
ユッカが訝しげに口にする。
“うん、うん。師匠は、あくまで保険だったのかもしれないわね”
“やっぱり、そう思います?”
そうだ。よく考えれば、大事な息子の婚約が懸った試合をロザリアの剣の師とはいえ、実力もよくわからない他国の騎士一人に頼るわけがなかった。しかし、アンジェリカは、師匠を見下された気がして癪に障るのであった。
「師匠~! 絶対に、絶対に、優勝してくださぁーい!!」
身を乗り出して、あらん限りの大声で叫ぶ。自分の師匠が一番だ。それを皆に証明したい。その一心で。だが、この喧騒では声が届くはずもない。
シンナがふわりと飛んで、アルバーノの耳元にコソコソと呟く。
アルバーノが無表情で僅かに頷き、アンジェリカの席へ向かって剣を掲げた。「あなたに勝利を捧げる」の意である。ネーブ国の騎士にとっては忠誠の証だ。
「あれ? 今の、聞こえたのか?」
シンナの姿が見えないテオは、しきりに首を傾げていた。
観衆の声援と熱気に包まれる中、アルバーノは、精神を研ぎ澄ます。「気」が練られていくのがわかった。
アルバーノは、試合開始の合図と同時に一歩足を踏み出し、剣を振り払った。鍛錬の時に見せた、あの技である。『疾風の剣』の体が、剣圧で数歩後ろによろめき尻もちをつきそうになる。相手が体勢を立て直す前に、アルバーノが素早く近づき喉元に剣を突きつけた。『疾風の剣』の顔が驚愕に変わった。
電光石火の早業に、会場がシンとなった。
「勝負あり! 優勝、アルバーノ!」
圧勝である。次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。




