40 剣技大会 ~王女、酔っぱらう
叶う望みはどちらか一つ。
アンジェリカが、自由を諦めればマノンは助かる。
しかし、アルフォンスとの縁談が破談になれば、ジスランの第八皇妃になるしか道はない。皇族は剣技大会に参加出来ないため、代理騎士で望みを叶えるチャンスは、結婚前の今回だけだ。その後は、ジスラン帝の退位まで身動きが取れない。
“師匠が優勝したら、褒美が二つになったり……しないでしょうね”
苦し紛れにアンジェリカが、ウーンと唸る。
“姫、それはいくら何でも虫のいい話だと思う”
“そうよ、アンジーちゃん。暴漢が捕まって褒美をもらえるだけでも破格だったんだから”
“そうですよね……”
“ん、そうだ”
“そうよ、そうよ”
やはり人生は、ままならない。ただ普通の幸せが欲しいだけなのに、手を伸ばせばスルリと躱して逃げていってしまう。まるでネズミのチョロのようだ。すぐ目の前にいるのに、ちょろちょろとすばしっこくて捕まりそうで捕まらない。
(案外、アルフォンス様と上手くいくかもしれないし? 生きていればどうにかなるわ!)
このまま見捨てることなんて出来ない。人の命には代えられない。アンジェリカの腹は決まった。
“シンナさん、ユッカ。東方の国への旅は、なくなりそうです。ごめんなさい”
シンナとユッカは、顔を見合わせている。
“あの令嬢を助けるつもりね?”
“はい。恩赦を乞えば、ジスラン帝は減刑せざるを得ません。貴族たちの手前、面子もありますから無罪放免とはいかないでしょうが、なるべく軽い罰で済むようにお願いするつもりです。私のために大会出場を決めてくれた師匠には悪いけれど”
皆を振り回してしまい、アンジェリカは罪悪感でいっぱいになる。
師匠のアルバーノは優勝を目指して大会に出場するはめになり、シンナとユッカは、楽しみにしていた旅が遠のいてしまった。帝都のグルメを満喫してから、各地の風光明媚な景色を眺め、美食を堪能しながら国を出るつもりだった。すべて台無しである。
“アンジーちゃんの決断だもの。師匠もきっと賛成してくれるわ”
“ん。姫はお人好しだからな”
二人に励まされて、肩の荷が下りた。チョロと目が合う。チュッ、チュッと鳴いた。
うだうだと考え込んでいるうちに、だいぶ時間が経ってしまった。
会場を改めて見渡す。「武器は自由」だと幅広い層から出場者を募った大会だったが、鎌や斧で戦う猛者はいない。毎年、こういった武器で挑戦する者はいるが、ほとんどが戦いの訓練を積んでいない平民のため予選で敗退していくそうだ。結果、本戦ともなれば、大剣、レイピア、サーベル、剣の種類は違えど、どこからどう見ても立派な「剣技大会」になる。
アルバーノの初戦はとっくに終わり、三回戦まで進出していた。
トーナメント表によれば、五戦続けて勝利すれば決勝戦進出である。たった五戦だが、各ブロックから強者が勝ち上がってくるため、連続して勝利するのは至難の業だ。
「師匠~、がんばれ~!」
アンジェリカは、アルバーノの試合開始と同時に声援を送った。
師匠の武器は、あの黒い刀ではなく、ネーブ王家から護衛騎士に支給される紋章入りのサーベルである。ネーブ国王女の代理として善戦を誓う意思を表したもの――と言えば聞こえがいいが、単純に師匠の『師匠』に譲られた名刀を使いたくなかっただけである。
アンジェリカは、テオが上官へ報告に行っている間にこっそり注文した麦酒をグイっと呷った。王女らしからぬはしたなさで、プハーと息を吐く。のど越しがよく葡萄酒よりも気に入った。
「メイドさんっ、もう一杯! ジョッキでお願いします!」
空になったグラスを持ち上げ、追加で注文する。
“ちょっと、アンジーちゃん、大丈夫なの?!”
「だーいじょうぶですっ。そんなに飲んでませんって」
つい念話を忘れて大声になる。
“い、いや、けっこう飲んでると思う。姫、やめたほうがいい”
ユッカが姿を現して、オロオロとしている。
「ユッカこそ、現れたり消えたりして、誰かに見られても知らないんだから」
“しーっ! 姫、声が大きい”
アンジェリカは、ほろ酔いだった。
アルバーノは順当に勝ち進めている。四回戦目をものにした直後でも涼しい顔である。対戦者が弱いというのではない。体が大きく血気盛んな若者の攻撃を予め読んでいるかのように、ひらりひらりと身を翻してゆくのだ。冷静に機会を窺い、相手の焦りを誘う。そして隙を突いた一瞬で、確実に勝利を奪ってゆく。
「あーっ! 未成年が酒なんて飲んだらダメだよ。誰かに見られたらどうするんだ」
テオが戻ってきた。アンジェリカの赤ら顔にギョッとしている。
せっかくのいい気分に水を差されたアンジェリカは、ギロリとテオをねめつけた。
「どうせ誰も見てないもん。一人だもん。ユッカとシンナさんがいなかったら、ずーっと一人ぼっちだった。こんなに皆がワイワイ盛り上がってる所で、寂しく茶なんか啜ってられっか!」
完全に絡み酒である。
「えっ、酔っぱらってるの? ユッカはともかくシンナさんて誰っ?!」
「酔ってましぇーん。師匠の応援してただけですぅ」
その時、メイドが入って来てジョッキをテーブルの上に置いた。
アンジェリカは、待ってましたとばかりにジョッキを手にして、にんまりと笑う。
「ちょ、ちょっと、アンジー。君、王女なんだから、バレたらやばいって」
「王女ぉ? 好きで王女なんてやってませーん。好きで嫁に来たんじゃないもん。今まで王女扱いなんてしなかったくせに、皆、勝手よっ」
「わかった、わかった、悪かった! だから、そのジョッキ、こっちに寄こして」
テオが、アンジェリカのジョッキに手をかける。
「うんにゃ、テオは悪くない! ちょっと、私のよっ」
アンジェリカは、すかさずジョッキを自分の方へ引き寄せた。
「ほ、ほらっ、もうすぐアルバーノの試合が始まるから、ね?」
テオは、試合に注意を向けようとするが、その手を食うアンジェリカではない。お互いの手に力がこもる。二人は、ジョッキの取り合いになった。
「こらっ、引っ張らないっ」
「そっちこそっ」
その刹那、勢い良くジョッキがひっくり返り、テオは頭から麦酒を浴びた。




