33 妨害工作
本日3回目の投稿です。
アルバーノが暴漢に襲われたのは、剣技大会を五日後に控えた夜のことだった。
夕食を終え、周辺の見回りをしようと離宮を出た矢先の出来事である。
「何ですって! 師匠は無事なんですか?」
シンナから報せを受けたアンジェリカは、顔面蒼白になった。
“安心して。手っ取り早く、暴漢たちを眠らせたからかすり傷一つないわ”
“妨害工作でしょうか”
大怪我を負えば、剣技大会を棄権しなくてはならない。王族のアンジェリカではなく、その護衛のアルバーノが狙われる理由はそれくらいしか思いつかなかった。
“あの『自称恋人』の仕業じゃないのか?”
ユッカは、ミュリエルに疑いの目を向けている。
そう思うのも無理はない。ロザリアの策略で、トーナメントの対戦表に手心が加えられたのだ。代理がたくさんいる場合、一回戦を味方同士で対戦させるようにした。よって、十二人いるミュリエルの代理は、早々に半分に削られる。一方、アルバーノの相手は、まだ十代の新米騎士だ。アンジェリカ側に有利な対戦である。
ミュリエルにしてみれば想定外の状況のはずだ。妨害工作に走る動機としては十分である。
“でもユッカ、証拠もないし、賭博の配当金狙いかもしれない。ミュリエル嬢とは限らないわ”
金銭が絡む以上、思惑があるのはアンジェリカとミュリエルだけではない。大金を賭けた誰かが黒幕である可能性も捨てきれない。
それもそうだとユッカは頷いた。
大会日が目前に迫り、自分たちで犯人捜しをしている余裕がないので、アルバーノを無事に出場させることを優先することにした。とりあえず、このままシンナがアルバーノの護衛をすることに決まった。護衛の護衛とは滑稽であるが、大会までは極力、師匠の手を煩わせないようにとの配慮である。
翌日、久しぶりに会ったテオは、くたびれた顔をしていた。目の下にうっすらと隈が出来ている。
テオは仕事が忙しいのだと目を擦った。
「剣技大会の前は、多かれ少なかれ妨害工作があるものなんだ。荒くれ者を雇って襲わせたり、当日に下剤を盛ったり。お陰でこっちは寝る間もないよ」
ここ最近は、大会の出場者が暴漢に襲われて怪我をする事件が頻発しているのだという。その度に、テオは犯人の捜査に駆り出されている。情報収集が上手い猛獣使いは、引っ張りだこなのだ。
「へぇ、皆、必死ね。師匠が襲われるのも納得だわ」
「そこ、納得しないで。アルバーノは離宮の近くで襲われたんだろ? ここが皇族の住まう宮廷の一角だってこと忘れてないか」
テオに指摘されて、アンジェリカは「あっ!」と声を上げた。
宮廷の敷地内は、誰でも入って来れる場所ではないことを失念していたのだ。祖国の王宮では、襲われることが何度もあったので感覚が麻痺していた。
「そうだった! ならず者が、簡単に入れる場所じゃなかったわ。ネーブ国とは違うんだってこと忘れてた」
「い、いや、ネーブ国だって、手引きする者がいなきゃ無理だろう。今までが異常だったんだよ」
「あ、そっか、そうよねぇ。フフフ」
「笑いごとじゃないよ。まあ、もうこんなことはないとは思うけどね。宮廷でやらかすなんて、馬鹿なヤツだ」
自分の住処の目と鼻の先で起こった暴漢騒ぎに、皇妃たちがすっかり怯えてしまい宮廷の警備が強化されることになったのだ。皇族に危害が及んでもおかしくなかったことから、皇帝は、徹底的に調査をするよう命じた。
場所が場所だけに、かなり大事になっている。アルバーノへの単なる妨害工作だとするなら、短慮と言わざるを得ない。
シンナの術で眠ってしまった暴漢は、まだ目を覚まさない。たとえ意識があっても、依頼主を明かすかどうかは怪しい。
“なあ、姫。やっぱワシ、『自称恋人』の仕業だと思う。アイツ馬鹿っぽいし”
それに幼稚だと、ユッカはミュリエルを扱き下ろした。
“うーん、でもこんな所で騒ぎを起こして捕まったらタダじゃすまないのよ? そこまでするかしら”
“王族の姫に宣戦布告するようなヤツだ。自分が何をやってるか、わかってないんじゃないのか”
それはあり得る。この件は、皇族を狙った犯行を巡回中のアルバーノが防いだという見方も出来るわけで、下手すると犯人は皇族襲撃の罪に問われる可能性もあるのだ。この国で無名の騎士であるアルバーノに、そんなリスクを冒してまで暴漢を送り込む酔狂がいるとは考えづらい。
となると、やはり――――。
ユッカの中でもミュリエルに対する疑惑が濃くなっているようで、何度も「自称恋人」の仕業だと訴えていた。
「でも、アンジーに怪我がなくて良かったよ。アルバーノと一緒にいる時だったら危なかったかもしれない」
「師匠は強いから大丈夫よ」
暴漢は三人もいた。だが、アンジェリカはケロッとした態度だ。あの鍛錬以来、師匠の実力を信じられるようになった。剣技大会では、シンナに頼ることなく正々堂々と勝負に挑むつもりである。
「わかってる。それでも、君のことが心配だったんだよ」
テオは照れ臭そうな顔をする。
「あ、ありがと」
胸がドキンとする。やっぱり、テオは人も使役出来るのではないか。
「心配だった」そんな言葉一つで、師匠に守られるよりも守られている気持ちになるのだから「やっべえヤツ」は侮れない。
(もうすぐ会えなくなる人だもの)
別れの日に寂しくなったりしないように、アンジェリカは、ぎゅっと気を引き締めた。
「そう言えば、優勝した時の褒美は、もう決めてあるの?」
「えーと、私とアルフォンス様の将来について、かな? ちゃんと幸せになれるように」
ふと思いついたように尋ねるテオの質問を、アンジェリカは曖昧に濁した。アルフォンスと結ばれる未来はないのに、そうともとれる言い方をしたのは、宮廷を出て行くことを隠すためだ。
「そっか。叶うといいな」
どう解釈したのか、テオはくしゃっと笑った。
鷹のエルが飛んで来てテオの肩に止まった。足に手紙が括りつけてある。テオは素早く目を通すとため息を吐いた。
「ごめん。もう行かなきゃ」
「うん。仕事頑張ってね」
「アンジーも気をつけろよ」
アンジェリカは、手を振る。テオの後ろ姿を見送りながら、なんだか夫を仕事に送り出す奥さんみたいだと思った。




