31 ロザリアの頼み
目標が定まり、アンジェリカは、より一層、鍛錬に熱が入るようになった。
「別に、奥方様が戦うわけではありませんよ?」
アルバーノは大真面目に言う。だが、そうではない。心意気の問題なのだ。
ロザリアに剣技大会に参加する旨を伝えると「と、とうとう師匠の本気が見られるのですね!」と目を輝かせた。
アンジェリカも師匠の本気を見たことがない。ただ者ではない雰囲気を醸し出しているので、強いのだとは思う。しかし、思うだけでその実力を知らなかった。
(師匠は、もう四十過ぎよね。大丈夫かしら?)
今更、不安になった。せめて少しでも力になれることはないかと考えて、アンジェリカは、情報収集をすることにした。
まずは、宣戦布告されたボス令嬢のことからである。
「ロザリア様、先日、騎士団の鍛錬場で、バシュレ公爵家のミュリエル様にお会いしましたの」
「えっ! か、彼女に会ったのですか?」
「はい。アルフォンス様と結婚するために、剣技大会に参加するそうです。それでお尋ねし――――」
「ええええっー!」
バシュレ公爵家の騎士について尋ねるつもりだったのだが、ロザリアの叫び声に遮られてしまった。
ロザリアは、顔をひくひくと引きつらせている。
「どうしたんですか? アルフォンス様とは、引き裂かれた恋人同士だとおっしゃってましたけど」
「それは、断じてありませんっ!」
バシュレ公爵家の三女ミュリエルは、アンジェリカより一つ年下の十四歳で、何名もいるアルフォンスの婚約者候補の一人だったという。彼女たちは、アンジェリカの嫁入りが決まったことで、正式に候補から外れた。
ところが、昔から思い込みが強く、アルフォンスに好意を抱いていたミュリエルは、それが受け入れられなかったらしい。
「ミュリエル嬢は、甘やかされて育ったため、自分が望めば何でも手に入ると信じているのです」
「あ、なるほど」
「アルフォンスは、ミュリエル嬢を避けています。陛下は角を立てないために、彼女を婚約者候補に入れましたけど、はなから婚約者にする気はありませんでした。あの性格で宮中を乱されては堪りません。既に公爵家の長女が第三皇子に嫁いでいます。バシュレ家だけを優遇すれば、他の貴族たちも不満に思うでしょう。後継争いの再現なんてことにもなりかねませんっ」
“あれ、どもりが治ってます?!”
本人は気づいていないようだが、急にロザリアの活舌が良くなった。
シンナも頷く。
“叫んだ瞬間、一気に喉のチャクラが開いたわ”
“ショック療法みたいなものですか?”
“うん、うん、それはあるかも”
そんな会話をのん気に交わしながら、シンナはふわりとロザリアに近づいて首に手を当てているが、気づかれることはない。
「もう二度と皇太子の命が狙われることなどあってはなりません! だけど、万が一にもミュリエル嬢の騎士が優勝し、褒美として願い出れば、お父様は結婚を認めざるを得ないでしょう」
「断れないのですか?」
「彼女は婚約者候補だった令嬢です。結婚相手としての条件は備えていますし、過去に婚約者候補の令嬢が皇子妃を願った前例があるんです」
「あー、それでは無理ですね」
「ですから、アンジェリカ様っ!」
アンジェリカは、ロザリアに必死な形相で手を握りしめられ、その迫力に圧倒されてしまった。
「ななな、なんでしょう?」
「私、全面的にアンジェリカ様と師匠を応援いたしますっ! 何としてでも優勝してくださいませ。アルフォンスのためにも」
「そそそ、そうですね!」
元より優勝を目指すつもりである。なにせ、己の人生がかかっているのだ。
そんな事とはつゆ知らず、ロザリアは「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度もお礼を述べていた。
皇族は主催者に名を連ねているので、参戦しない決まりだそうだ。なので、ロザリアは堂々と自分の代理騎士を送ることが出来ず、こうして裏から手を回すしかないのである。
「そうと決まれば、まずは敵を知ることからですわ! 参加者名簿と出場するバシュレ家の騎士の調査書をお持ちします。ロッテ、行きますよっ」
「はいっ、ロザリア様」
ロッテはやる気になっている主人を見るのが嬉しいのか、ペコリとアンジェリカにお辞儀をして、弾むような足取りでロザリアの後を追いかけていった。
「大変なことになっちゃいましたね、師匠」
「……はい」
「責任重大ですよ、師匠」
「……はあ」
「自信あるんですか?」
「……さあ?」
静かになった離宮の庭で、アンジェリカとアルバーノは、暫くの間、呆気にとられていた。
そんな二人の頭上を、ふわりふわりとシンナが舞う。
“大丈夫よぉ。いざとなれば、眠らせちゃうから。楽勝、楽勝”
“それって、ズルじゃないですか! 神様がそんなことしたらダメじゃないですか”
“今のワタシは、アンジーちゃんのシキガミの『シンナ』だもーん”
シンナは楽しげにカラカラと笑った。
夕刻にロザリアとロッテが、出場者のリストとボス令嬢ミュリエルの代理で戦う騎士の詳細を持ってやって来た。
テーブルの上に書類の束をドサッと置き、二人して深々と頭を下げている。
「お父様の許可をもらってきましたっ。ミュリエル嬢の騎士を打ち負かせば、何でも一つ願いを叶えるそうです」
「ホントですかっ? 本当に、本当に何でもいいんですか?!」
「は、はい! 皇帝の権力で可能であれば」
アンジェリカは思わず身を乗り出した。これは朗報だ。優勝するよりもグッとハードルが下がるのだ。
うわずった声で何度も確認を取る。ロザリアとロッテは戸惑い顔だが、アンジェリカは嬉しさで頬が緩むのを止められなかった。
「奥方様、こちらをご覧ください」
黙って書類の中身を確認していたアルバーノが差し出したリストには、十二人ものバシュレ公爵家所属の騎士の名が、ミュリエルの代理として登録されていた。
「何ですかっ、これは!」
「代理は一人とは限りません。このうちの誰かが優勝して、ミュリエル嬢の願いを申し出ればいいのです」
ロザリアがしれっと告げた。
(早く言ってよぉ!)
アンジェリカの膨らんだ期待が、みるみるうちに小さくしぼんでいった。




