30 長い一日 ~宣戦布告
本日3回目の投稿です。
二人の取り巻き令嬢は、仇を前にしたかのようにキッとアンジェリカを睨んだ。
ボス令嬢は怒りを滲ませ、ぐっと唇を噛みしめている。
「あなたが、アルフォンス様の婚約者ですのね」
「ええ、そうですわ」
「あんな真似をして、恥ずかしくはございませんの?」
のっけから喧嘩腰である。よく見ると、綺麗に化粧された令嬢たちの顔には、幼い少女のようなあどけなさが残っていた。アンジェリカと同い年か、やや年下といったところだろうか。
「何がです?」
アンジェリカは、ひとまず落ち着いて対応した。
「離婚歴のある傷ものなのに、無理矢理アルフォンス様の婚約者におさまったことです。私たちは婚約するはずでした。あなたの我が儘で引き裂かれたのですわ!」
とんだ誤解である。アンジェリカには、強引に婚約を迫った覚えなどない。二人が恋人同士なのかは知らないが、巻き込まれるこちらの身にもなって欲しい。そんな憤りが沸々と湧いてきた。
しかも他国の王女と知って、この好戦的な態度はいかがなものなのか。親の躾がなっていない。朝からいろいろあって、虫の居所も悪かった。
(もうっ、面倒臭いわね!)
「引き裂かれた? 名も名乗らないどこぞの無礼者がアルフォンス様の恋人きどりとは、ちゃんちゃらおかしいわ」
アンジェリカは、喧嘩を買った。
「なっ、ミュリエル様は、バシュレ公爵家のご令嬢ですのよっ」
「そうですわっ。今まで、ミュリエル様が婚約者の第一候補でしたのにっ」
取り巻き令嬢の二人がキャンキャンと吠える。
(公爵家の令嬢だったのね。まあ、いいか)
いずれにせよ、どんな悪評があろうともアンジェリカはアルフォンスの正式な婚約者であり、公式には離婚歴がないことになっている。臆することはないのだ。
「あなたは、アルフォンス様に相応しくないわ」
ボス令嬢から迫力満点に凄まれる。しかし、アンジェリカには効果がない。絡まれるのには、慣れっこである。
「おっしゃりたいことは、わかりましたわ」
「わかったなら、さっさと身を引けばよろしいのよ」
ボス令嬢は、フンと鼻息を荒くする。
「ええ、バシュレ公爵家は、我が国との友好に異を唱え、皇帝陛下の意志に背こうとしているのだと。そのために、今こうして、ありもしない離婚話で王女である私の名誉を傷つけ、ネーブ国を脅していらっしゃるのだということが、よぉーくわかりましたわ!」
「なっ……お父様は関係ないわっ。そ、それに、脅してなんて……」
「あら? 身を引けとは、そういうことですわ。バシュレ公爵令嬢には、その結果として起こり得る国際問題の責任を取る覚悟があるのでしょうね」
「な、な、な………」
ボス令嬢は、青い顔をしてたじろいだ。
(国際問題だなんて、大袈裟だったかしら)
しかし、嘘ではない。友好の証の婚姻だからこそ、王女の扱いには慎重になる。ゆえに、ジスランも困って、アルフォンスがダメなら皇帝の皇妃としてトエ帝国に残すという発想に至っているのだ。
「王女殿下、お待たせしました」
タイミングを計ったようにアルバーノが戻ってきた。これくらいで止めておけということである。
「では、行きましょうか」
アンジェリカは、ボス令嬢にはもう用はないとばかりに背を向けた。
しかし、敵も勝気な性格らしい。
「わ、私は、諦めませんっ。今度の剣技大会で優勝して、アルフォンス様を取り戻してみせます」
アンジェリカの背中に、涙声で宣戦布告をしたのである。
バタバタと令嬢たちの走り去る足音が遠ざかると、アルバーノは肩をすくめた。
「なんですか、あれは?」
「さあ?」
“ん。自称恋人だな、あれは”
離宮に戻り、昼食で腹ごしらえをしてから作戦会議をすることになった。
アンジェリカたちは、私室に籠って膝を突き合わせている。誰にも聞かれないようにヒソヒソと声をひそめて、事の成り行きをシンナに伝えた。
「えーと、つまり、第八皇子はアンジーちゃんとの縁談を嫌っていて、皇帝は無理強い出来ずに板挟み状態。二国間の友好関係に水を差さないためには、アンジーちゃんがこの国の誰かと政略結婚するか、それに代わる体裁を整える必要があるってことでいいの?」
「まあ、そんなところですね」
「ふむ、ふむ。その嫁入り先の第一候補が、萎びたオジサンなのね」
「ん。そんなところだ」
「でも、剣技大会で優勝すれば、その褒美で自由になれるということね」
シンナが納得するように、うん、うん、と頷いている。
「はい。皇帝の権限で叶うはずです」
親交のために嫁ぎに来た王女が、自由になりたいなどと願い出ること自体が好ましいことではないのだが、そこはお互い困っているのだし、何とかなるのではないかと、アンジェリカは考えている。
「なあ、姫。あの『自称恋人』も優勝を狙ってるんだろ? ワシ、気をつけた方がいいと思う。なんか、汚い手を使いそうな気がする」
ユッカは鋭く指摘する。
「そうですね。胸が嫉妬で灰色だったし、念のために警戒したほうがいいかもしれません」
アンジェリカもユッカに同感である。
「師匠はワタシが守るわ。任せて!」
シンナが胸を叩く。
「しかし、奥方様、一つ気になることが」
ずっと黙っていたアルバーノが口を挟んだ。
「何ですか?」
「破談になった場合、次の嫁入り先の第一候補がジスラン帝なら、第二候補は皇太子の第二妃では?」
アンジェリカは、盲点を突かれて言葉を失った。
トエ帝国では、正式な妃を何人も娶れるのは皇帝と、その後を継ぐ皇太子だけである。しかし、皇太子と皇太子妃の仲睦まじさは有名で、側妃はまだいない。
そんな愛妻家がアンジェリカを妃に望むとは思えない。だが、あくまで形式上の妃としてならどうだろう。二国間の友好のために受け入れるのではないか? そうなれば、アンジェリカは名ばかりの妃として捨て置かれ、一生、籠の鳥である。
「うわ~、それは、最悪だわ」
「奥方様!」
「元気出して、アンジーちゃん。要は、勝てばいいのよ、勝てば!」
「ん、そうだ、そうだ!」
とにかく優勝するのだ。アンジェリカたちの心は一つになった。




