29 長い一日 ~出場者募集
本日2回目の投稿です。
無言の圧に耐えられず、アンジェリカが次の話題を探していると、ユッカが大急ぎで走ってきた。
“待たせた! 姫”
「ユッカ!」
ぴょんとアンジェリカの肩に飛び乗り、テオもユッカに注目する。
ユッカは、興奮しながら話し出した。
“姫、姫! 剣技大会があるんだって! メイドたちがしきりに噂してる”
“剣技大会?”
ロザリアとジスランがそのような話をしていたと、アンジェリカは、ぼんやりと思い出した。
“二年に一度のイベントらしい。ワシも見たい!”
“わかった、わかったから、落ち着いて。テオに訊いてみるわ”
ユッカに早く、早く、と急かされる。
「剣技大会があるとユッカが騒いでいるんだけど、テオも出場するの?」
「いや、残念ながら、僕は剣がからっきしでね。猛獣使いは、やっぱり情報収集に向いているのさ。この剣技大会は、全国から強者がうじゃうじゃ集まるんだ」
「誰でも参加出来るの?」
「ああ。騎士は予選無しで参加できる。アルバーノも出場してみたら? 王女の騎士だから、アンジーの代理で参加することも可能だよ」
「代理で参加って?」
「優勝者には、皇帝から褒美がもらえるんだ。皆は自分の夢のために参加するけど、騎士の中には、主人の願いを叶えるために出場する者もいるのさ。過去には、恋仲になった公爵令嬢との結婚を願った騎士もいた」
賞金や爵位、大抵のことは叶うという。だからこそ、平民たちは成り上がるために必死で鍛錬し、この大会に挑む。
女性たちも憧れの騎士の勇姿が見られるとあって、大いに盛り上がるらしい。
「身分違いの恋なんて、ロマンチックね」
「興味があるなら、騎士の鍛錬場に詳細が張り出されているから、行ってみるといいよ」
「うん。ありがとう」
「ああっ、もうこんな時間!」
テオは、仕事に遅れそうだと大慌てで戻っていった。
後ろ姿を見送り、庭園に誰もいないのを確認してから、アンジェリカたちは、ヒソヒソ声で話す。アルバーノには念話が通じないからだ。
「だって。ユッカ、どうする?」
「行く、行く」
「では、参りましょうか。こちらです」
こうして、騎士の鍛錬場へ向かうことになった。
鍛錬場に、時々、きゃあきゃあと黄色い声が響く。見学している令嬢たちだ。
観覧席が設けられており、家族や婚約者が差し入れを持って訪れる。もちろん、憧れの騎士を見るためだけに通う熱心な令嬢もいる。彼女たちは、美しくめかし込んでいた。
もっと汗臭い殺伐とした道場を想像していたアンジェリカは、予想外の華やかさと雑然さに困惑しながら掲示板を目指した。
「これだわ」
大きなポスターが貼ってあった。『勇士よ、来たれ! 一生に一度の夢を掴むチャンス』とある。開催は来月。誰にでも参加資格があり、事前にエントリーが必要だ。優勝者には、皇帝から望む褒美を与えられると書いてあった。
「へえ、武器は自由らしいわ。ただの剣技大会とは違うんですね」
「平民には、剣が買えない者もいるからでしょう。鎌や斧などで戦うのではないですか?」
剣に限定してしまうと参加者の枠が狭まり、平等ではないのだろうとアルバーノが自論を述べる。
なるほど、とアンジェリカは納得し、そして閃いた。
「私も参加しようかしら」
“姫がぁ?! 無理、無理!”
「剣も持てないのに、無茶ですよ!」
二人に反対され、アンジェリカは面食らう。ちなみにユッカの念話は、アルバーノには聞こえていない。
「やってみないとわからないじゃないですか。今こそ、暗器コレクションを役立てる時です!」
「だから奥方様は、一体、何を目指しているんですかっ。あれらの暗器は護身用で、攻撃には適していません」
武器は自由なので、剣が不得手でも優勝するチャンスがあると踏んでいたのに、師匠の見解は違ったようだ。
能面の顔に目だけ吊り上げたアルバーノは「暗器で不意打ちを仕掛けたら、さっさと逃げるように」と懇々と説教を始めてしまった。
“どうして姫は、出場したいんだ?”
「だって、優勝すれば、自由になれるじゃないの」
アンジェリカは、ユッカの念話に小声で答えた。
それを聞いたアルバーノが、やれやれと大きなため息を吐いた。
「ならば、私が代理で出場します」
「師匠……でも……」
「奥方様に怪我でもされたら、私の給金が減ります」
「うっ……」
ぴしゃりと痛い所を突かれて、アンジェリカは押し黙る。
アルバーノはリベルトに雇われているので、給金もそこから支払われている。もし王女の護衛失敗となれば、責任問題である。
ここから動かないように念を押され、アルバーノはさっさとエントリーの手続きに行ってしまった。
“姫、『自由』って、何のことだ?”
何も知らないユッカがキョトンとしているので、アンジェリカは、シキガミでロザリアを探ったのだと説明した。
“あー、それで優勝して、皇帝に自由にしてもらうつもりなんだな”
“うん”
剣技大会に優勝して、皇帝が王女の望みを叶えるという体裁で宮廷を出て行くことが、誰にも迷惑をかけず丸く収まる方法だと、アンジェリカは考えたのだ。
アルバーノを待っている間、騎士たちの午前の鍛錬が終了した。足早に鍛錬場を後にする者、見学に来た婚約者らしき女性と話しをする者、令嬢に声を掛けられてプレゼントを受け取る者、様々な騎士がいる。
離宮育ちのアンジェリカには、騎士の鍛錬場も、頬を染めて歓喜する令嬢たちを見るのも初めてであった。
(いいなぁ)
楽しそうに過ごしている年頃の娘たちの姿が、羨ましく感じられた。
「あなた、見慣れない顔ね」
ジロジロと人間観察をしているアンジェリカの前に、突如、三人の令嬢が立ちふさがった。
真ん中で腰に手を当てている金髪のくるくるとした巻き髪の令嬢がボス格で、その両隣は取り巻きといったところである。
好意的とは言い難い雰囲気を察知したアンジェリカは、姿勢を正し、ドゥッチ侯爵家の家庭教師に教わったやり方で、優雅に微笑んでみせた。
「ごきげんよう。私は、ネーブ国の王女アンジェリカですわ。どうぞよろしく」
「あなたがっ……」
ボス令嬢が顔を歪めた。胸に灰色の炎がメラメラと燃えていた。




