27 長い一日 ~傷ものの王女
本日3回目の投稿です。
(私ったら、うっかりし過ぎだわ! 離婚されたら傷もの扱いで、まともな縁談はない…………王侯貴族なら、そんなの常識じゃないの)
この国の皇子が、気にしないはずがなかったのだ。役に立たない名ばかりの、傷ものの王女をあてがわれた。はずれを引かされたと感じているに違いない。
「小さいヤツだなぁ。たかが離婚の一つや二つ。姫は『白い結婚』で結婚自体を無効にしているから初婚だぞ?」
ジスランは鷹揚に言う。
「よ、よくご存じですね」
「そりゃ、息子の結婚相手のことくらい調べるさ。普通の令嬢じゃ、あのアルの相手は無理だろう。その点、あの姫はピッタリじゃないか」
「た、確かに王女らしくはありませんね。元気な方です」
「ほう、ロジーが気に入るなんてめずらしいな。近頃、話し方までしっかりしてきたようだ」
「一緒にいると楽しいのです」
ロザリアが微笑むと、ジスランが「いいことだ」と満足げに頷く。
「来月の剣技大会にはアルも出席するだろうから、そこで姫と対面させよう」
「それでダメなら……」
「国に送り返すわけにはいかないし、このまま余の皇妃に加えて、いずれ誰かに下賜するしかないだろうな。臣下にとって妃の下賜は栄誉だというし、相応の相手なら姫にも悪い話ではあるまい」
ジスランが無難な解決策を提示するなり、ロザリアが血相を変えた。
「栄誉だなんて、じ、時代錯誤です! す、好きでもない女性を嫌々押しつけられる行為だと、今どきの若者に嫌厭されているのをご存じないのですかっ? お、お父様の若い頃と今とでは、もう価値観が違います」
少し前までは、妃の下賜を栄誉とする風潮も残っていたが、今は廃れている。そもそも妃の下賜自体が滅多にあることではなく、よほどの手柄を立てた時だけだ。少なくともジスラン帝の御代では、まだ一度もなかった。
そんな時代遅れの策を弄したとしても、ネーブ国からの抗議はないだろう。トエ帝国と荒波を立てたくないのだ。
「そうか、そういう時代か」
ロザリアに指摘されたジスランは「弱ったな」と腕組をしている。
「アルが身を固めて、皇太子に世継ぎが誕生してくれれば、安心して退位出来るんだがな。なんとか二人が上手くいってくれることを祈って、もう少し様子を見るとするか」
それを最後に、ロザリアの近況や流行の菓子へと話題が移っていった。
アンジェリカは、シキガミから離れて意識を戻した。
(私は、ここでも厄介者だったの?!)
鉛を飲んだようなズンと重たい感覚に見舞われた。
まさか、アルフォンスの任務が嘘だったとは思っていなかった。きちんと手順を踏んだ縁談である。なのに、会う前から嫌われ、避けられている。そんな相手と上手くいくわけがない。
好んで傷ものになったわけじゃない。嫌になって国を出たわけでもない。若くして結婚したかったわけでもない。ただ、選べなかっただけだ。
(どうする? 当初の計画通りジスラン帝の皇妃として『白い結婚』をしながら、自由になれる機会を待つか、それとも……)
他の選択肢がないことに愕然とする。
アンジェリカが頼めば、ジスランは皇妃の一人として扱うだろう。しかし、あの口ぶりでは退位が近いと噂はあれど、少なくともあと数年はかかりそうである。それまで厄介者の籠の鳥でいなければならない。下手すれば、一生、自分の子どもが持てない人生かもしれない。
ポタッと涙が落ちた。アンジェリカは、慌てて頬を拭う。必死に歯を食いしばったが、目から溢れた涙は次々に流れていく。どこにも居場所がなかった。
(負けるもんか!)
アンジェリカは木刀を引っ掴むと、庭に飛び出した。目を瞑り心を鎮め、木刀を構える。
清く正しく元気に過ごすのじゃぞ……ふとガイオの声が浮かんで消えた。
(凪の精神、凪の精神、凪の精神、凪の………………)
師匠の言葉を唱え、アンジェリカは、一心不乱に木刀を振り始めた。
チュ、チュ、チュと鳴き声がした。積もった落ち葉が、カサカサと音をたてて揺れる。
(チョロだわ)
テオの仲間のネズミである。テオが東の庭園に現れる時、こうやって知らせてくれるのだ。
アンジェリカは、木刀から手を離したはずみに痛みを感じた。手の平を見ると、血豆が出来ている。どれくらいの間、素振りをしていたのだろう。髪は乱れ、きっと顔も酷いことになっている。服も汚れていた。
今日は会うのを止めようか。でも――会いたい、と思った。
「おはよう、チョロ。着替えるから、少し時間がかかるわ。そうご主人様に伝えてくれる?」
チョロは、チュ、チュと返事をすると、小さな体らしからぬ、すばしっこい動きで駆けていった。
アンジェリカは身支度をするために部屋へ戻り、汗と涙と埃で汚れた顔ごとシャワーで洗い流した。
なんとか髪を整えて、散歩用のドレスに袖を通してから、護衛のアルバーノと東の庭園に向かう。急いだが、そこにテオはいなかった。彼は、近衛騎士なので暇ではないのだ。
アンジェリカは、残念に思いながら小さな庭園を歩いた。
「奥方様、何かありましたか? 手に血豆が……」
ずっと物言いたげに付き添っていたアルバーノが、とうとう口を開いた。ハンカチを取り出して、アンジェリカの手に巻く。
「ありがとう」
「いえ、これで幾らかはマシでしょう」
「えっと……アルフォンス様は、この結婚に乗り気じゃないんです。軍の任務も嘘。本当は、ずっと私を避けているだけなんですよ」
隠していても仕方がないので、事実を告げる。
アルバーノは、能面顔のまま、ピクリと眉だけ動かした。
「それは、あまりに不誠実ではありませんか」
「これはジスラン帝が、本人に無断で調えた縁談らしいのです」
「王族の縁談など、そんなものでは?」
「こちらの国では違うのかもしれません。ジスラン帝は、家族を大切になさっていて、本人の意思を無視するようには思えません。ロザリア様も独身ですしね」
「……」
「このままだと、ジスラン帝の皇妃になるしかないかもしれません」
「馬鹿な!」
アルバーノが目を見開いた。めずらしく感情が露わになる。だが、次の瞬間、無表情に戻った。視線をたどると、もう散ってしまった秋薔薇の植え込みの陰からテオが姿を現した。




