25 ネーブ国からの報せ
ロザリアとの朝練に慣れ、時々、テオと東の庭園で話すようになったある日のことである。
祖国ネーブから報せが届いた。正式なものではない。ボルツィ辺境伯の手紙を彼の息子の大鷲が、密かに運んできたのだ。
王宮の騒ぎの顛末とドゥッチ侯爵家の近況が記されており、アンジェリカは肩の荷が下りたような気持ちになった。
私室で手紙を読み終えると、そのまま近くにいるアルバーノに手渡す。
「ドゥッチ家のことは、師匠も気掛りでしょう」
「お気遣いありがとうございます」
アルバーノの目が、黙々と手紙の文字を追った。
数々の罪を重ねた正妃マリアーナと側妃フランカ、及びリトリコ公爵とコルシーニ侯爵は死罪。二家門の取り潰しが決まった。妃の子どもたちは、ボルツィ辺境伯が監視を兼ねて引き取ることになった。リベルトも退位後には、父親として子どもたちと一緒に暮らす予定だという。
犯罪に手を染めた貴族たちにも、それぞれ量刑が言い渡された。ある者は死罪に、ある者は終身刑、そしてある者は財産を没収された。いくつもの家が奪爵、あるいは降格処分になった。
その中には、イレーネの実家であるアレッシ伯爵家も含まれていた。彼は側妃の国費横領に手を貸すと同時に、自分の懐も潤していた。そうやって、自身の事業の損失の穴埋めをしようとしていたのだ。アレッシ伯爵は終身刑。一家は身分を剥奪されて平民となり、領地は親戚の子爵家が治めることとなった。
「カルロ様は、イレーネ様と別れちゃったんですね。護衛騎士と駆け落ちだなんて、なんだか可哀相です」
「奥方様は、優しすぎます。あんな目に遭ったっていうのに」
「あんな目? カルロ様は親切だったじゃないですか。安心安全な寝床。至れり尽くせりな生活。何より師匠に出会う切っ掛けをくれました。感謝していますよ」
「奥方様は、基準が低すぎます。いいですか? 本来であれば…………」
いつもは冷静なアルバーノに熱弁をふるわれ、そこで漸くアンジェリカは、カルロに結婚初日の晩餐をすっぽかされたこと、幼い妻の寝室への入室はご法度であり、正式な結婚式を挙げるまでは、婚約に準じた男女関係を保つのがネーブ国の常識であると知ることとなった。
「ええっ! そうだったんですか。晩餐をすっぽかされていたなんて、知りませんでした。そんなに大事な席だったんですか? 道理で、義弟たちも揃ってるし、食事も豪華だったわけですね。これから初夜だと思うと緊張して全然食べられなくって、逆に申し訳なく感じていました。離宮で頼れるのは、オルガおばさんだけだったので、教えてくれる人がいなくて」
アンジェリカは、のん気にハハハと笑った。
「離婚が決まった後の様子を見て、そんなことだろうと思いました」
アルバーノは、ため息を吐く。
結婚の白紙により、爵位が先代に戻った。その後、ドゥッチ侯爵は、ボルツィ辺境伯と共にベルトイア公爵の調査に協力して、カルロの失態を挽回した。
「まあまあ、師匠だって自分の後釜にカルロ様を推薦したんでしょう? 優しいのはお互い様ですよ。よかったじゃないですか。騎士団長として真面目に頑張って、このままいけば、いずれ子爵位を襲爵するだろうと書かれています」
「若は、愚直なんです。決めたことはやり遂げる真っ直ぐな性格だからこそ奥方様の相手に選ばれたのに、おかしな方向に進んでしまって」
「きっとそれが恋なのでしょう。カルロ様も、いつか幸せになれるといいですね」
それがアンジェリカの本心だった。
もう一つ、次期国王についての報告があった。
なんと、ボルツィ辺境伯の宣言通りに、マウロ・ベルトイアが選ばれたのだ。
ボルツィ辺境伯は、ドゥッチ侯爵と結託して調査に協力しつつ、その手柄の数々をマウロのものとして喧伝した。
国王リベルトも彼らの思惑に乗り、近衛隊長であるマウロの活躍を褒め称えた。そうやって、若さ溢れる有能なマウロに期待する声が高まったところで、次期国王に指名したのだった。
その決定は、まだ未婚のマウロの妃の座を射止めたい貴族たちから、大きな支持を得た。人々の関心は、どの令嬢が妃となるかに移り、王宮は専らその話題で持ち切りだという。
「ふふ、まさか本当に次期国王になるとは! ちょっとは、いい気味ですね」
「奥方様は、あの時、殺されそうになったのですよ? それを『ちょっと』だなんて、お人好しすぎです」
「でも、計画を立てたのはリトリコ公爵ですしね。ほら見てください。『マウロが指名された時のあやつのマヌケ面が――』って書いてありますよ。スカッとしませんか?」
「それは、まあ」
「お妃選びも楽しみですね。ベルトイア公爵の意向で、彼にはまだ婚約者がいなかったようですし」
「もう二十二歳だとか。貴族の三男ともなると、婿入りするために、早くに婚約する令息も多いと聞いたことがあります」
「公爵家に留めるつもりだったのかもしれません。無理に婿入りしなくても騎士爵はありますし、優秀な人材を手放したくなかったのでしょう」
あるいは――と言いかけて、アンジェリカは口を噤んだ。
ベルトイア公爵は、自分の降嫁先が決まらなかった時の保険ために彼を温存していたのではないか。そう邪推して、アンジェリカは慌てて考えを打ち消した。
ともあれ、ネーブ国は、収まるところに収まったのだ。
「ところで師匠」
アンジェリカは話題を変えることにした。
「アルフォンス様は、いつお戻りになるのでしょうね? 野盗の件でこちらの到着が遅れたとはいえ、こんなに長くすれ違うなんて。そもそも、他国から花嫁がやって来るとわかっているのに、長期任務に就かせるものかしら」
夏の終わりだった季節が進み、もう秋が深まろうとしている。帝都に吹く風が冷たくなり、ショールを羽織ることが多くなった。
「確かに腑に落ちませんね。皇子が出張らなければならないほど、重要な案件が発生したと考えるのが妥当ですが、宮中は落ち着いています」
「探ってみようかしら」
「……バレたら厄介ですよ?」
王女にスパイ容疑がかかれば国際問題だと、アルバーノは懸念する。
「バレたりしませんよ。でも、そうですね、まずはロザリア様に訊いてみることにします」
アンジェリカは、正攻法でいくことにした。




