24 猛獣使いのテオ
本日3回目の投稿です。
アンジェリカが、猛獣使いのテオと出会ったのは、ひょんなことからだった。
ある日、ユッカが血相を変えて散歩から戻ってきて、
“やっべえヤツに会った!”
こう言うのである。
“やっべえヤツ?”
アンジェリカは、読んでいた本を閉じて、そわそわと落ち着かない様子のユッカの言い分に耳を傾けた。
“東側の離宮の近くの庭を探検しようと足を延ばしたら、声を掛けられたんだ”
“それの何がヤバいの?”
“ん、それはヤバくない。でも、無視して通り過ぎたら、しつこく追いかけられてさ。あれは、あれだな。ストーカーってやつだな”
“そんな大袈裟な”
呆れつつも、その「やっべえヤツ」が気になったアンジェリカは、着替えもそこそこに部屋着のワンピース姿で外へ飛び出していった。
(まだいるかしら?)
ちょっとだけ覗いてすぐ帰ろう。そんな心づもりである。
“いた、いた。あいつだ”
ついて来たユッカの視線の先に、庭師と話す青年がいた。
スラリとした長身、赤茶の髪、軍の制服は近衛のものだ。近衛に入隊するには貴族籍が必須のため、身元がしっかりしているともいえる。悪意の黒い影は見当たらず、老いた庭師と親し気に話す表情は、爽やかですらある。
“別に悪い人じゃなさそうだけど?”
“ん、たぶん、悪いヤツじゃない。だけど……わわっ、こっち見た!”
ユッカが興奮して、アンジェリカの肩に飛び乗る。
アンジェリカが、びっくりして顔を上げると緑色の瞳と視線がぶつかった。
“落ち着いてよ、ユッカ。私まで目が合っちゃったじゃないの”
ジタバタするユッカを捕まえて腕に抱き直している間に、その青年が足早に近づいて来た。
「こんにちは。僕はテオ。君が、その猫の飼い主なのかい?」
「こんにちは。私はアンジェリカ。この子はユッカよ。よろしくね」
気安く話しかけられ、アンジェリカも同じように応じた。
こんなやり取りも悪くない。厄介者の王女だったアンジェリカには、同年代の友達がいない。周りには、メイドや護衛のように畏まった態度で接する立場の者か、そうでなければ嘲りの目を向ける大人ばかり。夫であった人でさえ、近くにはいなかった。新鮮だ、とアンジェリカは思う。
「ユッカというのか。よろしく、ユッカ」
テオがユッカの額を撫でると、ビクンと体を硬直させている。
「はは……緊張しているのかな?」
「猫が、好きなの?」
「うん、猫が好きなんだ。もちろん他の動物もね」
テオの人懐っこい笑顔は、アンジェリカの警戒心を溶かした。また、アンジェリカは、動物好きに悪い人はいないと根拠なき信条の持ち主でもあった。
しかし、ユッカは、まだ硬直している。
“ちょっとユッカ、どうしちゃったのよ?”
“なんか、呑まれそうになる目なんだよ。ワシは変化だから影響はないけど、普通じゃないんだ”
そんな馬鹿な、と半信半疑でテオの瞳を覗き込む。オリーブを思わせる緑色は、赤茶の髪に似合っている。充血もしていないし、瞳孔は正常に開いていた。
“目に異常はなさそうよ”
“ん、異常はないだろうな”
再び目が合って、テオがクスっと照れ臭そうに笑う。
不躾だったかとアンジェリカは慌てて視線を逸らした。
「もしかして、バレた?! ごめん。君の猫を奪うつもりはないんだ。ただ、僕との繋がりを拒んだ猫は初めてだったから気になって。ああ……そうか、そう言うことか。君も猛獣使いなんだね? 既に主人がいるのなら、拒否されるのもわかる」
(猛獣使い!)
アンジェリカの一番身近な猛獣使いと言えば、ボルツィ辺境伯の息子であるが面識はない。つまり、猛獣使いに会うのはこれが初めてだ。アンジェリカは、同じ使役者として興味が湧いた。
「あなたは、猛獣使いなのね。一瞬で動物を使役するなんてスゴイわ! 生憎、私にその能力はないけれど、ユッカの言うことだけはわかるの」
「時間をかけて心を通わせるのも立派な才能だよ」
「そうかしら。私、猛獣使いの方とお話するのは初めてなの。よかったら、友……いえ、またお話を聞かせてもらえないかしら?」
本当は友達になって欲しかったが、婚約者がいる身で異性と馴れ馴れしくするのも憚られた。アルフォンスとの対面が叶うまで、節度を守って話をするくらいなら許されるだろう。
するとテオは、キョトンとなってアンジェリカの上から下まで視線を走らせた。
何者か判断つきかねているようである。アンジェリカは、部屋着姿のままだったことを思い出し、お行儀の悪さに呆れられやしないかとヒヤリとした。
「えっと、君は」
「あ……、私は、この先の離宮にいるの。ユッカを探して飛び出してきたものだから、こんな格好で……」
つい、モゴモゴと取り繕う。
「アンジェリカ……そうか、君がネーブ国の」
「ええ、でも今みたいに、気軽に話してくれたら嬉しいわ」
身分を理由に、よそよそしくされたくなかった。
「わかったよ。僕はこの時間、ここにいることが多いから」
「ありがとう! 私のことは、アンジーでいいわ。じゃあ、また来るわね」
「じゃあ、僕のことはテオで」
長居して部屋着姿を誰かに見られても不味いと、アンジェリカは急いで退散することにした。
しかし、離宮のメイド長に見咎められ「王女様! その格好では、私たちの面目が立ちません」と、やんわりと叱られてしまった。
アルバーノからも「護衛を連れずに外に出るなんて!」と心配され、アンジェリカは、配慮が足りなかったと反省しきりだ。
“そっか、猛獣使いだったのか。あいつは相当な手練れだな。ワシが本物の猫だったらイチコロだった”
違和感の理由に納得したユッカは、いつもの調子に戻った。
「やっと、慣れてくれたようだ」と、ゴロゴロと喉を鳴らす茶トラの猫に、テオはホッとした様子である。
何度か会っているうちに、ネズミの『チョロ』や、鷹の『エル』を紹介されるようになった。仲間は他にもたくさんいるらしい。
猛獣使いは、その能力が高いほど、多くの動物を従えることが出来る。状況次第で、その場限りの従属関係を結ぶこともあるのだとか。
こうしてアンジェリカは、手練れの猛獣使いと仲良くなった。




