【閑話】カルロ・ドゥッチの白い結婚 下
予感が的中したのは、その三日後のことだった。
カルロは、朝早くに本邸から呼び出しを受けた。眠い目を擦り擦り執務室の扉を開けると、威圧を発した父親が待っていた。
「やっと来たか、愚か者」
当主のカルロのものであるはずの席に座り、嘲りを含んだ視線を息子に向けながら言う。
「父上、こんな早朝に、どうしたんです?」
「その様子では、まだ何も知らないようだな。お前の弟たちは、昨日のうちに、ここへ来たぞ」
「昨日、ですか」
「昨日、アンジェリカ王女の出立式があったのだ」
「そうですか」
前妻の名が出てドキリとする。カルロは父親から目をそらし、ばつの悪さをやり過ごした。
「その公の場で、正妃と側妃が、己の罪を告白する珍事があった。愛妾エレナ様の殺害、アンジェリカ王女の殺人未遂、国費横領、不義密通。挙句の果ては、妃たちの産んだ子は全員、陛下の御子ではないときた。二人の実家であるリトリコ公爵家とコルシーニ侯爵家もそれを認めた。当然、二家門は失脚。派閥の貴族たちにまで飛び火して王宮は大騒ぎだ。今日にも、王都中に知れ渡るだろう」
「なっ……!」
「捜査はベルトイア公爵に一任された。おそらく陛下は、粛清の一端を彼に担わせ、次の王をベルトイア家から出すつもりだ。我々も急いで動かねばならない。あの女の出産を待って始末をつける予定だったが、その余裕がなくなった。ゆえに、カルロ――――」
父親の淡々とした声は続く。
カルロは、寝耳に水の話に情報を整理するのが精一杯である。
「あの女と別れてドゥッチ侯爵家の騎士団長となるか、平民としてあの女と暮らすか、どちらか選べ」
衝撃に次ぐ衝撃であった。カルロにとって、あり得ない二択である。
「父上! 当主は私ですよ」
思わず抗議の声を上げる。
「おや? まだ伝えていなかったか。王女殿下との結婚は白紙に戻された。つまり、爵位も結婚前の状態に戻っている。陛下の温情でね」
ドゥッチ侯爵の声が冷たく響いた。
その瞬間、カルロは、己の考えの甘さを悟った。許されるわけがなかったのだ。国王の不興を買ったカルロが、再び当主に選ばれることはない。
「…………子どもが生まれるんです。イレーネと別れることなど出来ません」
カルロの答えに、当主は笑う。
「お前の子どもではないよ」
「私以外の誰の子だと言うんです?!」
「さあ? お前には、毎日避妊薬を飲ませていたからね。エラルドとかいう護衛騎士の子じゃないか? それとも落ちぶれ男爵の子か」
「避……妊薬……」
「毎朝飲んでいる、甘い茶があったろう?」
カルロは、朝食に出されるハーブの香りのする甘いお茶を思い浮かべた。健康茶だと言われたそれを、もう何年も愛飲している。
――――イレーネ様には侯爵家の見張りをつけてます。今でも三人の殿方と関係をお持ちですからね。
ダンテの忠告が頭をよぎる。ずっと否定してきた、認めたくない真実。
「まさか、本当に……」
カルロは、目の前が真っ暗になった。
「王都に着いてまず最初にしたのは、陛下に詫びることだった。お前の勝手な行動で我が家は面目を失い、私から忠臣のアルバーノを奪った。いつか目が覚めるだろうと静観したのが間違いだった。問答無用でドゥッチ家から除籍するところを王女殿下とアルバーノが『一度だけチャンスを与えてやって欲しい』とお前を庇った。それゆえの二択だ。よく考えて決めろ。それから――――」
ドゥッチ侯爵は、目に静かな怒りを宿し、顔色を失くした愚息を見据える。
「私が留守の間、ずいぶんとアレッシ伯爵家に援助しているね。彼は今、汚職の容疑で聴取を受けている。今日、明日にも逮捕されるはずだ。まだ知らないだろうから、あの女にも教えてやるといい。今後、我が家はアレッシ家と縁を切る。とばっちりはご免だ」
「それでも罪人の娘と添い遂げたいなら、すべてを捨てろ」と父親に吐き捨てられ、カルロは、フラフラと私邸に戻った。
イレーネの顔を見るために歩を進める。カルロは、この期に及んで、まだ一縷の望みに縋っていた。
「愛してるわ、エラルド」
イレーネの口から紡ぎ出される愛の言葉が、今まさに扉をノックしようとしたカルロの手を躊躇わせた。
「イレーネ様……」
「この子が生まれたら、すべて上手くいくわ。侯爵夫人になれば、もっとたくさん実家へ援助も出来るし、あなたとずっと一緒にいられる。フランカ様が、力になってくださると約束したもの。いずれ私たちの子が当主になって――――」
堪らずカルロは、バンッと部屋の扉を開けた。目の前で、イレーネとエラルドが抱き合っていた。
「カルロ……本邸へ行ったんじゃ……」
驚くイレーネを見て、カルロの中で、何かが音を立てて崩れていった。
「この屋敷から、出て行きたまえ」
「ち、違うの、これは!」
「黙れ!」
カルロは、誤魔化そうとするイレーネを一喝した。
避妊薬を飲んでいたこと、侯爵家の監視の目があり不貞の証拠はすべて揃っていること、正妃と側妃の失脚、そして、アレッシ伯爵の逮捕が間近であることを告げると、イレーネは、絶望に染まった顔を手で覆い、悲鳴のような泣き声を上げた。
「今まで贈った宝石は、手切れ金代わりだ。さっさと失せろ」
カルロは冷たく突き放す。だが、身一つで追い出すか、慰謝料を請求してしかるべき状況である。
その意図を察したように、深々と頭を下げたのはエラルドだった。
アレッシ伯爵家はもう終わりだ。あの話しぶりでは側妃と個人的な親交があるのだろう。事と次第によっては、イレーネも無事では済まない。
でも彼ならば、イレーネを守りきるはずだ。それこそ、すべてを捨てて。
裏切った相手に情けをかけるなんて愚かだ。だが、彼女だけが悪いわけでもない。自分だって大概だ、とカルロは思う。
ただ、これだけは言える。お腹の子に罪はないのだ。
ふと、優雅にお辞儀をしたアンジェリカの姿が脳裏をかすめた。
そう、あの人にも罪はなかった――――。
(もう、色ボケは懲り懲りだ……)
カルロは、自分の居るべき場所へ戻るため踵を返した。




