21 野盗騒ぎ ~辺境の城
本日3回目の投稿です。
「で、この者たちは、全員死んでいるのですか?」
アルバーノが転がっている一団を見渡し、その表情筋をピクリとも動かすことなく、こてんと首を傾げている。そして大股で馬上の野盗の傍へ寄ると、つんつんと鞘で体を突っついた。
「し、死んでませんっ! 眠っているんです。師匠! 私、とうとう変化を召喚したんです。ユッカにも会えました。えっと、それでっ……」
「凪の精神――」
興奮して話し出すアンジェリカをアルバーノの一言が止めた。まずは落ち着けということである。
アンジェリカは、深呼吸を三回してから、王宮に戻ってシンナとユッカに出会ったこと、王妃たちの失脚の真相、盗賊に襲われシンナの術で全員眠っていることを打ち明けた。
「おおよその事情はわかりました」
それからアルバーノは、素早く動き出した。
野盗たちを担いで一か所に集め、手際よく縄で縛る。護衛騎士たちも一か所に集められた。シンナに見張りを頼んで、乗ってきた馬でアンジェリカと一緒にボルツィ辺境伯の城へ向かった。
以前に一度、アンジェリカのシキガミを見ているせいか、シンナとユッカが姿を現してもアルバーノは平然としていた。
シンナは、そんなアルバーノを気に入ったらしく機嫌がいい。
“うん、うんっ、渋いオジサマだわっ。好み、好み!”
ソワソワしながら、シンナは宙を行ったり来たりしていた。
ボルツィ辺境伯領は、国境を接するぺルメ公国との交易が盛んだ。そのため異国の文化が生活に溶け込み、街には外国人が多い。
王都の家具や建物が、手の込んだ装飾の格式あるクラシック調なのに対し、ここでは、すっきりとしたモダンなデザインで小洒落ている。
活気あふれる市場を横目に通り過ぎ、アンジェリカが城で助けを求めると、気のいい辺境伯がすべて取り計らってくれた。
壊れた馬車の片付け、護衛たちの怪我の治療と休息のための場所、薄汚れてしまったアンジェリカのために客間が用意された。
「姫様、いくら何でも、お輿入れにそのお支度はあんまりでんがな。このネーブの恥さらしになります。ここで準備を整えてから出発しなされ。この辺境では、何でも揃いますよって。明日にでも商人を呼びまひょ」
何も盗られていないのに、トランク三つ分の荷物しかなかったことに仰天して、ボルツィ辺境伯は提案する。
ドレスもあちらの流行があるから何着か仕立てるべきだと主張された。ぺルメ公国は、トエ帝国の従属国なので、帝都で人気の布も手に入りやすい。
アンジェリカたちは暫くの間、城に滞在することになった。
その夜、アンジェリカは、アルバーノと共に晩餐の席に招かれた。
テーブルには、異国風の肉の煮込みや白身魚のフライ、蒸かした芋などが所狭しと並んでいた。
「それで姫様、一体何があったんどす?」
ボルツィ辺境伯は、給仕を下がらせた後に切り出した。
彼の訛りのある喋り方は、各地から集まる商人たちのいろいろな方言を真似ているうちに癖になってしまったのだそうだ。屋敷の者たちの話し方は普通なので、腹を探られないようわざとそうしているのかもしれない。
アンジェリカは、ホカホカと湯気の立った芋にバターを絡めながら、何から話すべきか思案した。ここにアルバーノを呼んでいるのは、野盗の件の聴取を兼ねているのだろう。となると、最初から話すのが妥当だ。
「えーと、王都出発の前日にリトリコ公爵家とコルシーニ侯爵家の大罪が白日の下にさらされまして……」
アンジェリカに警戒心がないのは、彼が清廉潔白な男だと知っているからである。
もう五十を過ぎたボルツィ辺境伯は、ガイオと旧知の仲であった。行商で仕入れた布だけでなく、情報も買っていたのだろう。ガイオとエレナが亡くなった際には、わざわざ王都まで弔問に訪れた。その後、降嫁したので二人が会うのは数年ぶりだが、アンジェリカは、ボルツィ辺境伯を信頼していた。
「王宮の騒ぎは、もう耳に入っとるよ。あの日は、儂の代理で息子が登城しておったんでな、あいつの鷲がいち早く知らせてきたんや。暫く王宮は大混乱やろ」
ボルツィ辺境伯の息子は猛獣使いだという。翼を広げれば三メートル近くもあるような大鷲を従え、王都と辺境を一日で往復し文をやり取り出来る。
ボルツィ辺境伯は、その日のうちに報告を受けていた。その後の王宮の様子も逐一連絡がきているらしい。
「その大混乱のせいで、護衛が第一騎士団から第三騎士団に変更になったのです。ベルトイア近衛隊長が、ずいぶんと心配してくれましたが、結局その通りになってしまいました」
アンジェリカがベルトイアの名を出すと、そこでアルバーノが口を開いた。
「奥方様が王都を抜けた後、ベルトイア近衛隊長のもとに密告があったのです。リトリコ公爵の王女襲撃計画が未だ進行中である、と。慌てた陛下が私を護衛に指名なさいました」
「う~ん。なるほどねぇ」
ボルツィ辺境伯は、腕組をして天を仰ぐ。アレコレと考えているふうである。
その隙に、シンナとユッカはご馳走をむしゃむしゃと貪っている。
“ん! この魚、旨い。ワシ、初めて食べた”
“このお肉も柔らかいわ~!”
目の前の魚のフライが瞬く間になくなり、煮込みの皿が空になった。
料理が忽然と消えるのを目撃したアルバーノは、ギョッとしている。彼はシンナと繋がっていないので、念話も出来ないし、今は姿も見えていないのだ。
「でもなぁ……何で皆、寝てたんやろ? 姫様、心当たりは…………」
そう言いながら姿勢を戻す。ボルツィ辺境伯は絶句した。先程まで、山盛りあった料理の皿が空になっているのだから当然である。
「さ、さあ? 私にはさっぱり…………」
アンジェリカのとぼけた声で、呆けていたボルツィ辺境伯は我に返った。
「あ、ああ……そやな。離宮で幽霊騒ぎもあったというし、気にしても仕方ないか。ハハハ……」
“ちょっと! シンナさんっ、ユッカ。お行儀が悪いですよ”
アンジェリカが嗜めると、二人はそそくさと寝床へ逃げて行った。
しかし――と、ボルツィ辺境伯は、急に真面目な顔になる。
「あやつも、たった十五歳の娘を害そうなんざ、狭量なヤツよ。気に入らん」
忌々しげに呟き、くいっと葡萄酒を呷った。




