20 野盗騒ぎ ~アルバーノ再び
本日2回目の投稿です。
カキーンと刃を交える音がする。
ざっと敵二十、味方二十。一見互角だが、騎士団の連携が良くない。直前にメンバーの変更があったせいだ。
そもそも、我が国の第三騎士団は護衛向きではない。もっと大きな前線で戦うことを想定した訓練ばかりで、守りながら戦うことに慣れていないのだ。構成員も下級貴族が中心で、平民も多く所属している。
王族や国賓の護衛は、近衞騎士か、長距離移動の場合は、専ら第一騎士団がその任を負っていた。
そうこうしているうちに三人の野盗が、護衛を躱して馬で駆けてくる。追いつくのも時間の問題だ。
アンジェリカのシキガミと一緒について来たシンナが、それを見て言う。
“あら、あら。これはマズいわねぇ”
アンジェリカは馬車に意識を戻した。咄嗟に持っていた紙札を細かく千切り、窓から息吹と共に風にさらす。
――――敵を惑わせ!
紙吹雪は、蜂に姿を変えて、盗賊たちの顔にブンブンと纏わりついた。すぐ後ろで「うわっ」「なんだ、この蜂は!」と混乱する男たちの声が聞こえてくる。
“どうする、姫。ワシ、化けようか?”
ユッカが提案する。
“でも、それって味方もおかしくなるのよね”
“ん。まぁ、そうだな”
アンジェリカは、それもどうかと躊躇した。味方の兵が、お化けを見てトラウマを抱えるのは良くない。かといって、時間の余裕もなさそうだ。
野盗たちは、蜂を振り払いつつ少しずつ距離を詰めている。もうすぐ蜂のシキガミたちも消えるだろう。複数のシキガミを操るのに慣れていないので、あまり長くは持たないのだ。
どうしよう。いっそのこと戦おうかとポケットの中から暗器を取り出すが、勝てる気がしない。
“ただいま”と馬車に戻ってきたシンナと目が合って、アンジェリカはふと閃いた。
“シンナさんっ。野盗を眠らせることは出来ますか?”
“んー? 出来るわよ。なんてったって、基本の基だもん”
“お、お願いします!”
お化け作戦は使えない。かと言って、二十人もいる野盗たちの黒いのを消すのも大変だ。前回、王妃たちの悪意を消しただけであの騒動だった。大の男たちに何が起きるのかわからない。他に方法があるなら、そうすべきだとアンジェリカは思ったのだ。
“わかったわ。やってみる”
シンナは、懐から横笛を取り出し、再び馬車の外に飛んだ。ふわりと宙を舞い、笛を奏でる。
ピィーヒョロ ピーヒョロ ロロロ………………
清らかな音色が響き渡った直後、馬車が大きく傾いだ。
「きゃっ!」
アンジェリカの体が向かいの座席に投げ出された。運よくクッションの上だったため、怪我はしなかったが、背中に強い衝撃が襲う。身を固くして、なんとか踏ん張っているうちに、急にスピードが落ちてやがてガタンと停止した。
“うへ~。姫、ケガはないかい?”
翡翠の腕輪からユッカの声がする。避難していたらしい。
ユッカは、一族の秘術を伝えるために作られたシキガミなので、それ以外のこととなるとあまり役に立たない。妖怪に化けて驚かせるとか、猫として人を癒すとか、話し相手とか、精々それくらいである。
“大丈夫。ありがとう”
アンジェリカは、体を起こして馬車の扉を開けた。ギシッ、ギシッとたわんだ木板が擦れる音と共に外に出る。
“ん~、ちょっと失敗。加減が難しくって。一人だけなら、簡単なんだけど”
シンナが、頭を掻きながらフワフワとやって来る。
見渡せば、皆、眠っていた。敵と味方が入り乱れて狙いを定めるのが難しかったようだ。野盗の馬まで眠っている。
(もしかして……)
アンジェリカが御者台を確認すると、馬と御者もぐうぐう眠っていた。想定外である。敵が眠っている間に、先を急ぐ予定だったのに。
「えーっと……どうしよう」
アンジェリカは、途方に暮れた。
御者をゆすぶってみたが、ユサユサとされるがままになっている。
シンナが暫く起きないと言うので、怪我した者はいないか見て回る。眠ったまま出血多量で死んだりしたら、夢見が悪い。幸い敵も味方も、皆、無事のようだ。
馬車の中は滅茶苦茶だし、扉が歪んでこの先の道のりに耐えられそうにない。馬車をどこかで調達せねばならない。
問題は、野盗たちがこのまま目を覚ましたら、また戦闘が始まるということだ。
“ボルツィ辺境伯の城へ助けを求めるしかないわね”
ボルツィ辺境伯は、この辺境の領主だ。ここと目と鼻の先に城を構えており、野盗の取り締まりも彼らの仕事だから、きっと力になってくれるはずだ。しかし、さすがに徒歩ではキツイ。せめて馬があれば良いのだが。
(馬も眠ってるから、無理ね)
アンジェリカは、シンナをチラリと見る。彼女に行ってもらおうか。侍女に化けて、ひとっ飛びすれば、皆が起きる前に助けが来るのではないか。
そんなことを考えていると、遠くから蹄の音が近づいて来た。
“ちょっと待って、アンジーちゃん。渋いオジサマが一人やって来るわよ”
“え?”
敵か味方かわからない。アンジェリカは、警戒しながら姿を現すのを待った。カポッ、カポッと後方から迫る気配を感じ、馬車の陰に隠れる。息を潜め、そっと様子を窺った。
「間に合わなかったか……!」
野盗と護衛が倒れている手前で馬を降りて呆然と呟く、その人物を見て、アンジェリカは目を疑った。
「師匠?!」
ドゥッチ侯爵家の騎士団長アルバーノだ。なぜこんな所にいるのか。
アンジェリカは、思わず飛び出した。
「奥方様! ご無事でしたかっ」
アルバーノが、安堵の表情でアンジェリカに駆け寄る。
「ぶ、無事ですけど、師匠はどうしてここへ?」
「ご出立の後に、王女襲撃の計画がそのまま進行中であることがわかり、王命により急いで追って来たのです」
「王命? 師匠はドゥッチ侯爵家の騎士でしょう」
アルバーノの忠誠は、ドゥッチ家の前当主にあるはずだった。王家の騎士を差し置いて、リベルトが他家の兵に命令する道理がない。
「年も年なので引退を申し出たのです。紆余曲折ありまして、こうして奥方様の護衛を拝命することになりました」
アルバーノの胸で、騎士爵の証である騎士勲章がキラリと光った。




