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2 離婚を告げられた日 ~夫と元婚約者

本日2話目です

 柔らかそうな金髪を結い上げて露わになった彼女のデコルテには、カルロから贈られたのであろう夫の瞳の色と同じ青いサファイアが、誇らしげに輝いていた。

 視線を下げるとゆったりと着こなしたドレスの腹回りが張っているのがわかる。妊娠しているのだ。

 アンジェリカは、カルロが結婚三年目の今日、早々に離婚を切り出した理由に合点がいった。


(やっぱり……)


 元婚約者と別邸で暮らしているのだろうと、家令や使用人たちの態度で、なんとなく察してはいた。

 確かめようとしなかったのは、割って入ったのがこちらの方であるという罪悪感ゆえである。

 それにアンジェリカは男女の機微に疎く、まだ物語の中でしか恋愛を知らなかった。


「イレーネ。馬車で待つように言っておいただろう」


「ごめんなさい、カルロ。でも、わたくし心配で」


 身重のイレーネを気遣い、カルロが席を立って駆け寄った。

 ほろりとイレーネの瞳から涙が零れる。

 その姿に女のアンジェリカですら庇護欲をそそられるのだ。男なら尚更だろう。

 しかし、イレーネの胸のあたりに仄暗いもやもやとした影が揺らめいている。


(カルロ様は自分のものだと、わざわざ見せつけ(マウンティング)に来たってことね)

 

 心許なげに身を震わす美女と優しく寄り添う美男の姿は、まるで一枚の絵画のようである。


「陛下の許可はいただいている。何も心配することはないさ」


「けれど、もしアンジェリカ様が離婚に応じてくださらなかったら、わたくしたちは一体どうなってしまうのかと。そう思うと、いてもたってもいられなかったの」


 どうもこうも今まで通り暮らすだけだろう、とアンジェリカは不快になった。妾を囲い、子を成す男は山のようにいる。裕福な貴族ならめずらしくもない。


「大丈夫だ。先ほど、殿下からも同意を得た」


「本当ですの?」

 

「ああ」


 カルロの角度からは見えないだろうが、アンジェリカの目には、こちらに向かってニヤリと意地悪く笑うイレーネの唇がはっきりと映った。


(うわっ。嫌な感じ!)


 アンジェリカは、か弱いふりをしてあざとく振る舞う夫の元婚約者に、一泡吹かせてやりたい気持ちになった。

 控えていたメイドのエルマに素早く目くばせをする。彼女は家令のダンテを呼びに下がっていった。


「ええ、白い結婚ゆえの離婚であれば、陛下のおっしゃる通り致し方ないのでしょうね。だけど、不貞をした側が離縁を切り出すことは可能だったかしら? しかもこれは王命による婚姻。ただの政略結婚とは違います。陛下は()()が妊娠したことをご承知の上で許可なさったの?」


 イレーネが自分の失態に「しまった!」というように目を見開いた。

 白い結婚による離婚は、申し入れる側に不貞があれば無効となる。不貞による有責離婚になるからだ。両者の合意が必要になることはもちろん、慰謝料の額もグッと跳ね上がるのだ。


「え? いや、陛下はご存知ではないが…………」


「では、恐れ多くも陛下を騙したと?」


 すかさず畳みかけるとカルロとイレーネは顔面蒼白になった。


「だ、騙したつもりはないのです! しかし……そうか、そうなりますね」


 己の不手際に今気づいたというように、カルロは眉を寄せて考え込んでいる。

 この様子だと初めから三年で離婚する計画だったのだろう。ならば彼女の存在を完璧に隠し通すべきだったのだ。なのに自ら乗り込んでくるなんて。

 

(馬鹿ねぇ、どうするつもりかしら?)


 国王の許可が下りた以上、今さら自分の不貞が離婚事由だと訂正することも、離婚を取りやめることも出来ない。

 アンジェリカは胸のすく思いがした。一度合意した離婚を覆すつもりはないが、売られた喧嘩は買う主義である。

 王宮の片隅で母娘力を合わせ、逞しく育った王女は決してなよなよとした気弱な性格ではないのだ。


 と、その時、漸くやって来た家令のダンテが沈黙を破った。


「イレーネ様、黙っていなくなられては困ります。従者たちが探していましたよ」


 ダンテは歩みを止めることなくカルロの前までやって来ると、手に持っていたリボンのかかった包みを掲げた。


「旦那様、注文されていた()()()()()()の品が届いております」


 離婚話の最中であることは知っているであろうに、素知らぬ顔である。

 カルロはハッとして包みを受け取り、そのままアンジェリカへと差し出す。


「昨日はあなたの誕生日でしたね。一日遅れてしまいましたがプレゼントです。どうぞお受け取り下さい」


 明らかに忘れていたとわかる態度だったが、アンジェリカは礼を言って受け取った。

 ガサッと包みを開けて宝石箱の中からダイヤモンドのネックレスを取り出す。

 イレーネの首にあるサファイアの倍の大きさはあろうかというダイヤモンドが、いくつもあしらわれた最高級品だった。まるで妻と愛人の格の違いを見せつけるかのようである。


「すごい……」


 ゴクリと喉を鳴らしたのは、アンジェリカではなくイレーネだった。


「ドゥッチ侯爵家に伝わる家宝の一つでございます。代々奥方様に受け継がれるダイヤモンドを仕立て直しました」


 ダンテの説明に、アンジェリカも思わず目を見張る。


「あら、私たち、離婚するのにいただいてよろしいの?」


 カルロに確認すると、彼の返事よりも先にイレーネのうわずった声が響いた。


「い、いいわけございませんでしょう! それは正妻が持つべきものです。ねえ、カルロ、そうでしょう? わたくしたちは結婚するのですもの、わたくしのものよね?」


 欲の入り混じった視線がカルロを刺す。

 彼は一瞬たじろぎ、少し困った顔をした。貴人の矜持にかけて、一度差し出したものを引っ込めたくないのだろう。


「殿下のプレゼントにと用意されたものだよ」


「でもっ」


「イレーネ、先に馬車に戻っていなさい。私もすぐに行くから」


 カルロは奥に控えていた従者に合図を送る。彼女がいると話しがややこしくなると判断したらしい。


「え? ちょっと待って……ねえ、カルロ? ちょっと離してっ……」

 

 イレーネは従者に両脇を抱えられ、ずるずると引きずられるようにその場を退いていった。

 

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