18 父王との語らい ~リベルトとの別れ
本日3回目の投稿です。
すべては、王として覚悟を決められず、玉座から逃げようとした結果である。
アンジェリカは意外なほど冷めた感情で、墓石を撫でるリベルトの指先を眺めていた。
ただ純粋に愛に誠実でありたかっただけかもしれない。だが、残酷だ。
アンジェリカの中で「私があなたを愛することはない」と、はなから歩み寄るつもりもなく、白い結婚を貫き通すつもりだったカルロの姿とリベルトが重なって見えた。
政略結婚なのは妃たちも同じだ。それぞれが家門の期待を背負い、王妃としての役割を担う責任があった。庶子の王女しかいない王家で、当然、世継ぎは最優先事項だったはずだ。
夫に拒絶された王妃たちのショックは、いかほどのものであったのか。
王妃たちを追い詰めたのはリベルトではないのか。
もっと相手を尊重していれば、不義密通など起きなかったのではないか。
(王妃たちは、悲惨な結婚生活だったのね)
犯した罪は許されないことだが、彼女たちにも同情すべき点があったのだ。
あんなふうに、公衆の面前で恥をさらすように罪を暴く必要があったのか。
もっと慎重に、悪意の塊を消す時と場所を選ぶべきだったのではないか。
苦い後悔が、アンジェリカの胸をかすめていった。
このままでは罪のない子どもたちが、不義の子だと好奇の眼差しにさらされてしまうかもしれない。かつて黒茶色の髪の王女がそうだったように。
(傷つく人だっているのに軽率だったわ。今度からは、慎重にしないと)
アンジェリカは猛省した。
「ベルトイア公爵は、この状況をどうするつもりだったんですか?」
避妊薬を用意したベルトイア公爵は、当然、不義の子だと知っていたはずだ。
王家の血統を守ることが、この家の使命である。このままでは現王と血の繋がらない国王が誕生してしまう。やきもきしながらリベルトの誤算に頭を悩ませていたことだろう。
唯一血の繋がったアンジェリカを担ぎ上げる方法もある。が、保守的な公爵は、異国の血と黒茶色の髪を持つ王女の即位を認めるはずがない。
血筋の良い公爵自身が王位につきたいと考えるだろうし、その野心もあったことだろう。
「ベルトイア公爵は、裏から手を回して軍部の掌握に力を注いでいたのだ」
妃たちに子が生まれた後は、リトリコ公爵家とコルシーニ侯爵家の権力が増した。派閥の家門はやりたい放題で、看過できない状況となっていた。
密かに不正調査をしてみても、敵は巧妙に立ち回り、なかなか両家を一網打尽にするだけの証拠が揃えられない。捕まるのは下っ端だけだ。いたずらに時が過ぎ、かくなる上は、武力行使も辞さないという緊迫した空気になっていた。
アンジェリカが出戻ることになったので、身の安全を考えて急いで国外に出すことにした。
それが今日になって、急転直下の王妃たちによる罪の自白騒動である。肩透かしにあった気分だとリベルトは話す。
「えっ、まさか、クーデターですか?」
よもやの返答に、ゾクッとアンジェリカの背筋が凍る。
ベルトイア公爵家による王位簒奪のための武力蜂起となれば、王家全員の首が飛ぶ可能性がある。密約があるとはいえ、リベルトだって無事では済まないかもしれない。
「ずっと苦心していた問題が、あまりにあっけなく解決して戸惑っている反面、ホッとしているんだ。ベルトイア公爵は、正当な王位継承のために、近々、武力行使に踏み切る覚悟だったからね。自分はどうなってもいいんだ。だが、これで無駄な血が流れずに済む」
リベルトは、しんみりと胸の内を語った。その口調は、エレナが亡くなって気力を失い、生きることすら投げやりになっているようにも感じられた。
「子どもたちはどうなるんですか? まさか……」
「親も親戚もなくて不憫だけど、命は助けられそうだよ。どこか遠くに預けられることになるだろう」
リベルトの表情が歪み、涙ぐむ。血は繋がらなくとも情はあるのだろう。
「命が無事で良かったですね。でもお父様――――」
「なんだい?」
「あの子たちにとって父親は、お父様なんですよ。親も親戚もないとは、どういう意味ですか? 血が繋がらないのを承知で受け入れておきながら、今になって見捨てるんですか?」
「でも、妃たちがああなったのも、元はと言えばパパのせいだし、パパに父親の資格なんてないんだよ」
リベルトは、しょげている。自分が元凶だとわかっているのだ。
「はあ? また逃げるつもりですか? 本当に、ヘタレなんだから! お母様が天国で泣いてますよ。こんなへっぽこを好きになった自分が情けないって」
「へっぽこ……」
「どんなことがあったって妃たちが罪を犯していい理由にはならないし、お父様たちには、あの子たちに対する責任てものがあるでしょう? 大人の都合で振り回されて、子どもは迷惑千万ですよ」
「アンジェは、エレナそっくりだよね。そうだね……確かにそうだ」
いくぶん気を取り直したように「親として何かできることはないか考えてみるよ」とリベルトは応じた。
そこで漸くアンジェリカは、心の中に燻っていた思いを口にすることした。
「もう一つ言わせてもらえば、いくらなんでも、私をトエ帝国の八番目の妃にすることはなかったでしょうに。絶望的な未来しか見えません!」
「え? パパはいつでもアンジェの幸せを願ってるよ。それに八番目でも――」
その時、「陛下っ~、陛下っ~」とリベルトを探す声が割って入った。
リベルトが、ハッとして振り返った。どうやら時間切れらしい。
呼び掛けが段々大きくなり、近づいてくる気配がした。
これが父親との最後だと思うと、文句の一つも言ってやりたくなり、すーっと息を吸う。
「十二歳で政略結婚の次は、親より年上のジジイと結婚しろですって? それのどこが娘の幸せだっつーの! ふざけんなっ、このクソ親父!!!!」
アンジェリカは、ありったけの罵り声を吐き出してから、その場を走り去った。
「アンジェ……違っ……待ちなさ……」と途切れ途切れに聞こえるリベルトの叫びを無視して、ダッダッダッと勢いよく駆けて行った。
(あー、スッキリした! こうなったらトエ帝国でも白い結婚を貫いてやるわっ)
そして、いつか自由を手に入れてやると、離宮に戻ったアンジェリカは鼻息を荒くしたのだった。