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16 父王との語らい ~リベルトとの邂逅

 今頃、国の中枢を担っていた二家門の失脚で、王宮は上を下への大騒ぎになっているはずである。文官たちからすれば寝耳に水の話だ。この醜聞は、すぐに王都中に広まり衝撃を与えるだろう。

 混乱を避けるように離宮に戻ったアンジェリカは、オルガに別れの挨拶を済ませてから、母エレナの墓へ向かった。

 そこは西の奥の小さな池の近く、滅多に人が訪れない寂しい場所にあった。


 いろいろと思うことはある。

 母はやっぱり殺されていたのだ、とか。

 犯人が捕まって良かった、とか。

 異母兄弟と信じていたのに不義密通なんてびっくりした、とか。

 これからはもう狙われずに済むのだ、とか。

 泣きたいのか、悲しいのか、嬉しいのか、安堵していいのか。それとも捕まった罪人たちに「ざまあみろ」とでも言ってやるべきなのか。

 だが、アンジェリカには、あれもこれもといっぺんに頭と感情が処理しきれないのだった。

 

「お母様、シンナさんとユッカのお陰で、犯人が捕まりましたよ」


 墓の掃除をしてから、庭園から勝手に摘んできたマリーゴールドを捧げる。明日、トエ帝国へ出発することも報告した。これが最後の訪れである。

 アンジェリカは名残惜しくて、只々静かにこの場に佇んでいた。


 小さな池を渡って届く風は涼やかだ。ぼんやりと、その心地良さに身を任せているとザッと砂利を踏む音がした。


「誰です?!」


 反射的に鋭い声が出た。


「パ……パパです。離宮にいなかったから、ここかと思って」


 びくびくと怯えた声に、アンジェリカは警戒を解き、持っていた鉄扇を下げた。

 リベルトは、見覚えのある淡いピンク色の薔薇を抱えていた。

 エレナがまだ生きていた頃、その薔薇は、朝になると離宮の緩んだ窓枠の隙間に一輪差し込まれていた。

 

「王宮を放置して大丈夫なんですか?」


「自分の娘の方が大事だ。それに話す時間は今しかない。なに、ベルトイア公爵に丸投げしてある。証拠が揃うまでパパの出番はないのさ」


 リベルトが墓の前までやって来て、アンジェリカの横に並び薔薇の花束を供えた。暫し無言で墓の前に立ってから、再び口を開く。


「謝りたいことはたくさんあるんだ。エレナを守り切れなかったことも、今までアンジェをほったらかしだったことも」


「私たちを離宮に追いやったのは、無関心を装う方が危険が少ないと判断したのでしょう。なら致し方ないことでは?」


 それでも薔薇は、毎日のように届いていた。時々は二人で忍び逢っていたのだろう。幼かったアンジェリカにしてみれば、ただ、淡いピンク色の薔薇を嬉しそうに花瓶に挿している母親の記憶があるだけである。


「アンジェは、ずいぶん大きくなったんだね。もうパパと呼んでくれないのかい?」


「ドゥッチ侯爵家の淑女教育の賜物ですよ。それなりに分別もつくようになりました。もう子どもじゃありません。さすがにパパって年ではないでしょう」 


 リベルトが「そうか」と小さく呟く。背中から哀愁が漂っている。娘と最後に家族らしく触れ合ってから、長い長い時間が経ってしまっていることに口惜しさを感じているようにも見えた。


「だが、それでも辛い境遇に置いてしまったのは事実だ」


「今回のことは、お父様もお辛かったでしょう。特にあんな…………」


 最後まで言うのは憚られた。

 しかし、リベルトは察したように大きく頷き、隣同士の距離にもかかわらず、周囲を警戒するように声を落とした。


「不義のことは最初から知っていた。自分の子ではないことも。妃たちとは白い結婚だったからね、授かりようがない」


 衝撃的な告白であった。大声が出そうになるのを辛うじて堪え、音量を絞った。


「はあっ? 白い結婚? 閨事の日まで決まっていたのに、そんなことがあり得ますかっ。後継を儲ける王としての責任は? 馬鹿も休み休み言ってください」


「ね、閨事の日って、若い娘がそんな身も蓋もない言い方を…………」


 リベルトが顔を赤くする。


「いい年したオジサンが、今更何を恥ずかしがっているんですか」


 アンジェリカは呆れていた。三年前、侍女たちに似合わないピラピラの夜着を着せられた時の方が、よほど恥ずかしかったと言ってやりたい。


「そ、そうだな。そうだ、到底信じてもらえないことだから、公表出来ずにここまで拗れたのだ」


「どういうことですか?」


「パパは即位する時、ベルトイア公爵と密約を交わしたんだよ」


「密約?」


「うむ。アンジェはパパが第三王子だったことは知っているだろう?」


「ええ。お母様との結婚を前国王も賛成なさったとか」


 リベルトは、前王妃の侍女に手がついて生まれた庶子である。母親が、没落した子爵家の娘であり出産後すぐに亡くなったことから、王妃の手元で育てられはしたものの、後ろ盾のないリベルトの立場は非常に弱いものであった。

 他の二人の王子はれっきとした本腹で、側妃はいない。承継に問題はなく、リベルトの出る幕はないと誰もが信じて疑わなかった。

 そんな名ばかりの王子だったから、平民に近い一代限りの男爵の娘と恋に落ちたことに反対の声はなく、むしろ王位への野心はないものとして好意的に受け止められていた。

 リベルトは、アンジェリカを授かると同時に、婿養子となるために王宮を出て布問屋に移り住み、密かにエレナと結婚した。まさかの「できちゃった婚」である。

 前王はそんな息子のために、第一王子の立太子式が済んだ後、適当な爵位を与えて体裁を整えてから公表するつもりだったらしい。


「パパは、最初から庶民になるのが前提の王子だったから、あんまり王族としての教育は受けていないし、周囲もそのつもりだったんだよね」


「えー、王子が庶民なんて、あり得ないでしょう?」


「体裁のための形だけの爵位だ。実質は庶民みたいなものだよ。それがパパの母親の最後の望みだったらしい」


 王妃の腹心として仕えていた侍女は、主人を裏切り王の子を生むことを死ぬ間際まで謝っていたという。側妃の座を固辞し、いずれは子と共に王宮を出て行くと決意していた。後継争いが起きることを懸念したのだ。

 

「王妃様は、よく恋敵の子を引き取りましたね」


「あー、いや、パパは、二人が酔ったはずみで出来ちゃった子だから。ハハハ」


 リベルトは、笑いながら頭を掻いた。

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