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14 別れの挨拶 ~黒い悪意の消滅

本日2回目の投稿です。

 あっという間に出立の()()になった。

 この日、アンジェリカは、淡い黄色の生地に白い野ばらの刺繍が入ったドレスを着た。

 トエ帝国に嫁ぐことになるなら、ドレスを処分するのではなかったと半ば後悔する。まさか一国の王女の輿入れの荷物が、トランク三つ程度だとは相手側も思うまい。かといって今から満足な支度が出来るわけでもない。

 アンジェリカは素早く身支度を整え、国王に別れの挨拶をするために謁見の間に向かった。


“アンジーちゃん、綺麗よ!”


“ん。キレイだ”


 二人も後ろからついてくる。その姿は他人には見えない。

 ユッカは、時々、茶トラの猫姿を人目にさらしては、メイドたちから食べ物をもらって喜んでいたようだが。


“ありがとう。ドレスは久しぶりだから緊張します”


 ここへ戻った時とは違い、出て行くのはトエ帝国への輿入れという公的な扱いになるので、今日は国王と王妃だけでなく大臣や主立った貴族たちも顔を揃えている。その分、警備もいつもより厳重だ。そこかしこに物々しい気配を感じて、アンジェリカは落ち着かなかった。

 

「此度の輿入れでトエ帝国との絆が強まることでしょう。王女殿下の幸せを心より願っております」


 ずっと沈黙していた案内役の騎士が不意に話しかけてきた。その好意的な物言いがめずらしくて、アンジェリカは初めて騎士の顔を見た。近衛隊長だった。ベルトイア公爵家の三男マウロである。


「あなたでしたか。ありがとうございます。期待に沿えるよう努めます」


 ベルトイア公爵家は建国以来の由緒ある家柄で、どの派閥にも属さず代々中立を保っている。

 前王の王弟が婿入りしており、その孫である彼はアンジェリカよりもずっと血筋が良い。にもかかわらず、庶子の王女を馬鹿にしたりせず、騎士らしい態度で公平に接する数少ない貴族の一人だった。


「明日は私たち近衛騎士団もお見送り致します。ですが道中は何が起こるかわかりません。くれぐれもお気をつけください」


「わかりました。気をつけます」


 マウロの心遣いに感謝しつつ、アンジェリカは端的に返事をするだけで精一杯だった。 

 今は明日のことなど考える余裕はない。いよいよ王妃たちの黒い塊が消えるのだ。そう思うとアンジェリカの気持ちは高ぶった。


 扉が開いて、黒茶色の髪をした第一王女に注目が集まった。奇異の目にさらされながら、玉座まで敷かれた赤い絨毯の上をゆっくりと歩く。

 国王リベルトの両脇で、正妃マリアーナと側妃フランカが淑女の微笑みをたたえている。こんな光景も、もう見納めだ。

 最後まで親子としての会話を交わせないまま、アンジェリカは国を去ろうとしていた。


“うわ~、二人ともまっ黒ね。玉座の手前のオジサンも黒いけど”


 シンナは周囲を観察しながら呟く。


“そのオジサンは、側妃の兄で宰相のコルシーニ侯爵ですよ。その隣は正妃の実家リトリコ公爵家の当主です。大臣や要職のほとんどがこの二家門で占められているんです。皆、お腹が黒いでしょう? 勢力争いの真っ最中でして”


“腕の見せ所ね。任せといて! タイミングは?”


“この後、陛下の長~いお言葉がありますから、その頃合いで”


 アンジェリカはシンナと話しながら、一段上がった玉座の手前まで歩を進めると礼を執った。面を上げるように言われ、姿勢を戻して口上を述べる。


「明日の出立を前に、国王陛下へ最後のご挨拶に参りました」


 リベルトがゆっくりと口を開いた。

 

「トエ帝国との強固な結びつきを望む我が国にとって、この縁談は非常に重要なものとな――――」


“よし、じゃあ、いっくわよぉ~”


 シンナは片方の手の平をマリアーナに、もう片方をフランカに向けて白い光を放った。

 光線は二人の妃の胸に直撃して、黒い塊を飲み込んでいく。次の瞬間、パーンッと弾けるように大きく輝くと跡形もなく消えた。あっけないものだった。


“見た見た?”


“見ました!”


 長年不快だったものがやっとなくなった。だが、スッキリ爽快というのとは違う。


“ワシ、じぃーんときた”


 黙って見ていたユッカが感慨深げに言う。


(そうか、じぃーんか)


“私も”


 アンジェリカは共感した。


「――――……ェリカ、結婚おめでとう。息災を願う」

 

 リベルトの祝辞が終わる。


「ネーブ国の王女として、両国の懸け橋となるべく誠心誠意尽くします。今まで大切に育てていただき、ありがとうございました」


 大切に育てられるどころか、離宮で放置されていた上に再婚である。本来であれば、この返しはおかしいのだが、前の結婚は無効なので、外交上では初婚の箱入り姫ということにしてあるのだ。

 

 この辺りから、二人の王妃に異変が生じ始めた。

 グズッ、グズッと鼻をすすり、涙を堪えている。ここまでの形式的な挨拶のやり取りに、感極まる要素はない。

 次は王妃たちから一言ずつ祝いの言葉を賜る予定である。大丈夫なのかと大臣たちは不審な様子で、彼女たちを窺っていた。

 宰相のコルシーニ侯爵は、なかなか声を発しないマリアーナに必死で目くばせをしている。

 リベルトも異様な雰囲気に気づいて声を掛けた。


「正妃、どうしたのだ?」


 次の瞬間、マリアーナは崩れ落ちた。


「ううっ……わたくしは何てことを……陛下、わたくしを罰してくださいっ! わたくしは、アンジェリカ様を何度も殺害しようとしました」


 突然のマリアーナの激白に、周囲はどよめいた。リトリコ公爵の目が、怒りで吊り上がっている。

 続いて、フランカも声を上げて、びえ~ん、びえ~んと泣き出してしまった。


「わ、わたくしもです、陛下! 愛妾エレナ様を事故に見せかけて殺したのは、わたくしですっ。あの日、たまたま口論になり、頭に血が上ったわたくしは、池に突き落としてしまったのです。頭を打ったのか、エレナ様はそのまま動かなくなってしまって……。幸いその場には、私と侍女しかいなかったので、私は……私は…………ぐすっ……」


 今度はコルシーニ侯爵がギョッとして青ざめる。「何を……」と慌てて制しようとするが、マリアーナの訴えが覆いかぶさった。


「わたくしなんてっ……」


 続く言葉に、一同愕然となった。


「わたくしの……わたくしの子は、陛下の御子ではありません!」

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