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13 王宮にて ~祖父の心残り

「そんなわけで、これからヨロシク!」


 ユッカは話は終わったとばかりに大きなあくびをすると、ゴロンと床に寝そべってしまった。


「ワタシはシンナ。『祓い清めの神』よ。よろしくね!」


 シンナはユッカに近寄りお腹を撫でたり、しっぽで遊んで暇をつぶし始めた。


「わわっ、よせやい。くすぐったい」


「大人しくしなさい。さもないと…………」


「ひゃひゃひゃぁ~」

 

 奇声を上げながら、ユッカはまんざらでもなさそうに、シンナのおもちゃになっている。

 ユッカといいシンナといい、どうやら変化(へんげ)とは自由奔放な性分らしい。

 

(あれっ、わけがわからないのは私だけ?)


 そもそも主を失ったユッカは、なぜ消滅していないのだろう。シキガミは使役者なしで存在出来ないと信じ込んでいただけに、謎は深まるばかりであった。


「ちょっと、ちょっと! 私にもわかるように説明してくださいっ」


 アンジェリカの呼びかけに、二人は「何がわからないのかわからない」と不思議そうに首を傾げた。

疑問をぶつけるとユッカの代わりにシンナが答えた。


「ユッカが消えないのは、アンジーちゃんのお祖父さんの『心残り』から生まれたからよ。心残りを解消するまで……一族の秘術を伝授するまでは、この世に留まり続けるの」


「えっ、亡霊みたいなものですか?」


 この国の宗教では、死者はこの世に強い執着があると天国へ行けないと教えられている。霊体として現世に留まり、未練が消えるまで彷徨うのだ。


「あ、いや、それとはちと違うな。ガイオ爺は、姫がまだ幼くて危険だから教えなかったけど、実はもう一つシキガミを作る方法があるんだ。いつもの紙札や葉っぱじゃなくて、人形みたいなしっかりした形代(かたしろ)に長い時間をかけて『念』と『気』を吹き込んだシキガミには意思が宿る。使役者の命令をシキガミ自身の意思で遂行させる術だ。作るのに強い(願い)と膨大なエネルギー()と時間が要るから、主が死んでもシキガミが命令を全うしようとする限り消えない」


「膨大なエネルギー()と時間……」


「ワシは、姫に異能があるとわかってから何年もかけて作られた。この術は、悪いことを願えば術者に呪いが返るし、消耗が激しいから、興味本位で手を出しちゃダメなんだ。普通は、ガイオ爺みたく一生に一度、心残りのあるヤツしかやらない」


 祖父ガイオは自分の娘に異能が発現しなかったので、その知識を伝授することを諦めていたという。しかし孫のアンジェリカを見て、先祖代々受け継がれてきた秘術を伝えなければならないという使命感がムクムクと湧き上がった。

 不遇の孫娘の行く末を案ずる気持ちも相まって、自分に万が一のことがあった時のためにユッカを作ったのだそうだ。


「ユッカには、お祖父様の知識が全部詰まっているということ? それを教えたら消えてしまうの?」


「ん。ワシの知ることをすべて伝えたら消える」


「そんな……」


 目的を果たしたシキガミは消える。アンジェリカは、まだ出会ったばかりのユッカとの別れを想像して切なくなった。教えを乞うことが躊躇われ、項垂れる。

 そのやり取りを聞いていたシンナがのんびりと言う。


「ワタシを召喚する方法はもう教えなくていいんだから、すべてを教える必要はないわ。ユッカは気が済むまでここにいられるのよ」


「ん。そうだな。まさかワシを呼ぶよりも先に『神』を召喚しているとは思わなかった。()()()()姫はすごいや!」


 ユッカは初対面のアンジェリカのことを前から知っているかのように話す。ガイオから作られた分身のようなものだから、記憶も少しはあるのかもしれない。


(自分のことを『ワシ』って言ってるしね。お祖父様みたい)


 ともあれユッカとはずっと一緒にいられるのだ。アンジェリカは仲間が増えて、これからの生活が楽しみになった。


 アンジェリカは主ではないので、ユッカと「繋がり」はない。けれど、主のガイオと近しい血縁だから念話くらいは通じるように出来るというシンナの取り計らいで、三人仲良く念話での意思疎通が可能になった。

 契約の時と同じように手を繋ぐ。ユッカのぷにぷにとした肉球のある手ともう片方のシンナの手から伝わるポカポカとした温かい「気」を感じて眠くなる。

 いつの間にかアンジェリカは、心地良い微睡みの中にいた。



 ギー、ギーと虫が鳴いている。突然、何かに追われるようなバサバサッと鳥の羽ばたく音がして、アンジェリカは目を覚ました。


(あっ、眠ってしまった!)


 この居間にはソファがないので、硬い板の間の上である。背中が少し痛い。アンジェリカはムクリと体を起こす。誰もいない。

 もう昼を過ぎていた。

 オルガの所でスコーンとミルクをもらう。ブルーベリーとチーズが練り込んであるスコーンは、アンジェリカの好物だ。

 戻るとシンナとユッカが待っていた。


“あら、起きたのね。暇だったから、ユッカに王宮を案内してたの”


“ん。なかなか面白かった”


 皆で和気あいあいとスコーンを食べながら話す。猫姿のユッカは器用に手を使って齧りついていた。

 

“王宮内を見て回ったんですか?”


“ん。()()()にも行った”


「奥の方」は王族の居住スペースである。警備が厳しく、許可がなくては入れない。王女であるアンジェリカですら、まだ入ったことがなかった。


“正妃って人の部屋も見て来たわよ~”


“明日の夜、ここにやって来るそうだ”

 

 それはつまり――――


“ええっ、明日、襲撃されるってことですかっ?!”


 一難去ってまた一難である。今度は腕の立つ者を送り込むとあの侍女が言っていたので、まともに戦って勝てるわけがない。


“どうしましょう……オルガおばさんのとこに避難しようかしら”


 アンジェリカが悩んでいるとシンナも頷く。


“うん、うん。それがいいわ。彼らはワタシたちが適当に追い返しておくから”


“ん! ワシらにまかせとけ”


 結局、出発までに二度、刺客に襲われた。

 シンナとユッカが()()()追い返してから数日後「この離宮にはお化けが出る」と噂が流れることとなった。

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