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12 王宮にて ~ユッカの目覚め

本日3回目の更新です。

 やっとユッカに会えるかもしれないという期待で、眠気が吹っ飛んだ。しかし、どうしたら良いのか、アンジェリカには皆目見当もつかない。


(擦ってみる?)


 ゴシゴシと腕輪を指で擦る。何も起こらなかった。

 ウーンと首を捻る。

 困っている主を尻目に、シンナは「これでもない、あれでもない」と宝石を品定めしている。

 侯爵家から譲られたものに加え、ドレスを売ったお金で購入したものもあるので、結構な数の宝飾品があるのだ。


“ワタシ、これがいい!”


 シンナが取り出したのは、丸いスターサファイアがついた金の指輪だった。

 貴族が持つジュエリーとしてはかなり小ぶりだが、丁寧に磨かれた綺麗な石である。光に反射して星形の輝きが鮮やかに浮かび上がる。

 余計な飾りがないシンプルなそれは、アンジェリカが一目で気に入って手に入れた品だった。

 シンナがいそいそと指輪を持ってやって来て、アンジェリカの手を取り左手の中指にはめた。


“似合う、似合う!”


 シンナは、ピタリと指におさまったスターサファイアに満足して“じゃ、また明日、おやすみなさーい”と言うと中に吸い込まれていった。


“え? あ、ちょっと!”


 声を掛けたが、もう遅かった。

 アンジェリカは、夜も遅いし明日にするかとベッドに横になる。すぐに意識が遠のいていった。



 翌日。

 前日に豪華な夕食が届いたかと思えば、今朝は何も運ばれてこない。

 この離宮では、昔からそんなことが日常茶飯事だ。

 いちいち文句を言ってはきりがないとわかっていても、ついふくれっ面をしてしまうのは、きっと修業が足りないのだろう。


(侯爵邸の居心地が良すぎたんだわ。至れり尽くせりだったもの)


 一度ぬるま湯に浸かると元に戻った時、慣れるのに苦労する。これではいけないとアンジェリカは朝の鍛錬を二倍に増やして気合を入れ直してから、使用人用の食堂へ向かった。

 王宮の食事は王族専用のもの、侍女や文官など常駐する貴族のためのもの、身分が低い使用人が利用する大食堂に分けられていて、それぞれ食材やメニューが異なる。

 昨晩のように王族の料理人が作ったものが運ばれて来る時は、大抵毒入りだ。下級メイドなどの下働きが大勢利用する食堂は、豪華さはない代わりに、王妃たちも毒を入れることはないので安心である。


「オルガおばさん。朝食をいただけるかしら? 二人分」


 エレナの旧友オルガは、もう二十年も食堂で働いている。エレナがメイドをしていた頃からの仲で、ずっと味方でいてくれた。母亡き後、離宮で一人になってしまったアンジェリカを心配して、こっそりと食事の面倒を見てくれたのはオルガである。


「おや、誰かと思えば姫さんじゃないか。すっかり綺麗になってびっくりしたよ。戻って来たのかい?」


 裏口から声を掛けたアンジェリカに気づいたオルガは、でっぷりと太った体を揺らしながら手早くサンドウィッチを作り始めた。パンにハムやチーズ、野菜を次々と挟んであっという間に仕上げていく。


「昨日ね。でも一週間後にまた出て行くんだけれど」


「忙しないね。今度はどこへ?」


「トエ帝国ですって」


「そんなに遠くへ行くのかい」


「うん。もう戻って来られないから、出発までは、なるべく顔を出すわね」


「姫さんも大変だね。午後におやつがあるから、またおいで」


 オルガは、バスケットにサンドイッチと桃、冷たいレモン水の入った水筒を入れて、アンジェリカに手渡した。


 離宮に戻りアンジェリカが“シンナさん、朝ごはんですよ!”と呼び掛けると、シンナが指輪の中からしゅるっと姿を現した。


“うわぁ~、美味しそうなサンドウィッチね”


 テーブルの上に朝食を広げ、具がたっぷりと挟まったサンドウィッチに勢いよくかぶりつく。レモン水で喉を潤してから、桃を剥いて食べる。よく熟れて甘い。

 お腹が満たされて人心地ついてから、アンジェリカはシンナに尋ねた。


“あの、この腕輪に眠っている『誰か』と会うにはどうしたらいいのでしょう?”


“えー、そんなの普通に起こせばいいじゃない”


 シンナはキョトンとしている。こんな簡単なことをなぜ訊くんだと言っているふうである。


“ふ、普通?”


“まあ、この手のものは名前がわからないとダメなんだけどね”


 名前はわかる。というより、この名前しか知らない。

 アンジェリカは思い切って()()()起こすことにした。

 薪ストーブの横に置いてある鍋と棒切れを持って来て、カンカンと叩く。


「ユッカ! 朝よっ、起きなさぁーいっっっ!!」


 シンナはアンジェリカの大声に仰天している。


“こ、これがアンジーちゃんの起こし方なのね…………”


“え、これが普通じゃないんですか? 小さい頃から母もオルガおばさんもこの起こし方でしたよ”


 他にどんな起こし方があるのだと訴えると、「大声を出さなくても名前を呼べば起きるのだ」とシンナに説明されて、アンジェリカは穴があったら入りたい気分になった。


 次の瞬間、翡翠の腕輪から白い煙がモクモクと立ち昇り、中から茶トラの猫が飛び出した。


「わわわっ! ビックリした! 誰か呼んだかっ」


「ユッカ?!」


 アンジェリカは、突然起こされ動転してグルグルと走り回るこの猫を可愛いと思った。動物好きなのだ。

 呼び止められた猫は、アンジェリカの目の前で足を止めた。


「ん。()()はユッカ」


「私はアンジェリカ。ガイオの孫よ」


「あー、うん……わかった。ガイオ爺はもういないんだな。ワシとの繋がりが消えてる」 


 ユッカはしょんぼりとしている。

 アンジェリカはユッカの頭を撫でて慰めた。


「よせやい。寂しくなんかないや。なんてたって、ワシは()()()()()()()()()んだからな」


「お祖父様が作ったということ? ユッカは召喚された変化ではないの?」


「ん。ワシは一族の秘術のことを()に伝えるために、ガイオ爺に()()()()()()んだ」


 それを聞いたアンジェリカに疑問が生じた。


(自分で生み出したシキガミは、意思を持たないのでは?)


 ユッカは、自身の言葉で話していた。

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