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人混みの中に知った顔を見たように思い、振り返ってみた。
確かに似ていたけれど10年以上前の記憶だった。もし生きていたのなら、もっと歳をとっている。それによく見れば身長も違う。
「引きこもり生活でボケてきたのかもなぁ」
「何か言った?」
「いや。買い物は終わりか?」
「まだあるけど…あと1時間後にフードコート前のベンチに集合しましょ」
「ああ、わかった」
「はい」
無表情のまま、妻から渡された紙袋の持ち手をまとめて掴む。
「じゃあ、よろしく」
「………」
無言でがさがさと邪魔な紙袋を受け取って、妻から離れて歩き出した。
コロナ禍で外出自粛を守っていても、月日が経てば必要なものも出てくる。その上、離れて暮らす息子夫婦に孫が出来たと聞けば、祝いの品を買い揃えたくなるのも仕方がない。
だが、それでも買い物に付き合う忍耐力は15分で切れる。サイズが合えば何でもいいと言えばさらに揉める。別行動が一番いい。
ふらふらと食料品のフロアまでエスカレーターで降りると、『全国美味いもの物産展』の旗があちこちにある。コロナ禍になって、旅行客が減ったせいか全国各地の土産物や名物が近くで買えるようになった。
財布の負担を考えるとそれほどは買えないが、ちょっと見てみようと足を進めた。
今の期間は東北地方の名物を取り扱っているらしい。
晩酌用に日本酒の4合瓶を買おうかと近づく。コロナ前なら試飲が出来たのだが、今はラベルと商品説明のポップで判断するしかない。老眼鏡をかけていない目ではラベルも判読は厳しい。
だが、俺はこの辺の酒を知っている。かつて勤務していたのが宮城県の仙台市内だった。その頃、隣県の山形市から通勤していた同年代の東海林と一緒に宮城県の日本酒を開拓していた。
「確か、ここの酒だったな」
あの時呑んだのと同じ酒造のちょっと高めの純米酒を1本手に取り、つまみを求めて周りをきょろきょろと見回せば。
「あった…たぶん、いや、違うラベルだったような」
ホヤ入りだった記憶しかない。並べられた瓶のポップには、ホヤとナマコの綿入りと書いてある。
「ウニは入ってなかったのは間違いないんだが…。入っていたか?…んん、ナマコ。ナマコの綿か。うーん、まあいいか」
何せ10年も前の記憶だ。曖昧になっても仕方ない。
片手では持ちきれないので、買い物カゴを見つけてその中に日本酒と瓶をそれぞれ一つずつ入れる。会計を済ませてベンチでぼうっと待っていて思い出した。
「…ああ。見間違いだったな、やっぱり」
津波で亡くなった人を人混みの中で見間違えたのだと気が付いた。生きていたら、もっとじいさんになっているはずだ。
「もう10年…いや、11年も前なのか」
東海林と呑んだ夜は、星がよく見えた。
あれは誰かの命だったのだろうか。