裏切りの非道
バルガ村南の森でいくつか不審なものを見つけた俺たちは、
ゴブリン討伐を切り上げ、大急ぎで王都へ戻った。
王宮前では朝に見かけた衛兵が変わらずそこにいる。
走って戻ってきた俺たちを見て、彼の方から声をかけてくれた。
「どうなされた?」
「ゴブリンが王国制式装備と思われる武器を持っていたので、急ぎ戻りました」
「むっ。実物はお持ちか!?」
紋章が削り取られた剣を衛兵に手渡す。
彼も剣を見て驚きの声を上げた。
「確かにこれは制式ショートソード。
紋章を削り取ろうと、王国兵には一目瞭然だ!」
「他に、紋章が削られたナイフもありました」
「何ということだ。すぐに報告しよう」
衛兵は門の向こう側にいる兵士へ手早く説明し、
例のスリットから剣を渡していた。
彼はこちらへ戻ってくると、残念そうに深いため息をついた。
「制式装備が魔物の手に渡るなどあってはならぬこと。
信じたくはないが、王国兵が武器を流した可能性がある。
王国の剣が民を傷つける側に渡れば、病と闘う陛下も悲しまれる」
つらい報告ではあるが、
こうやって王と民を想う兵がいることは、
国王たちも誇りに思うだろう。
俺は顔を少し緩めた。
「しかし、あなたの言葉は温かい。
新米の冒険者だからといって侮らず、公平に接した王国兵がいる。
少なくとも俺は、あなたのような王国兵を信用しています」
「そうですよ! 王国兵全員が悪いだなんて考えていません」
隣のアルも一緒になって衛兵さんを励ましてくれた。
兜からわずかに見える紫色の瞳。
彼も人間と戦魔族の間に残るわだかまりを越えて、
こうして王宮の門を守っているんだ。
王国兵全員が、戦魔族全員が悪党だなんて思うはずがない。
彼は小さくうなずくと、俺たちに向かって敬礼をした。
「かたじけない。その信頼を失わぬよう、職務を全うしよう」
報告から間もなく、俺とアルに王宮へ入るよう指示が下った。
神殿みたいな純白の石柱と青い絨毯や旗が飾られた通路を歩き、
俺たちが案内されたのは玉座の間だった。
光差す巨大な窓の前に玉座、そこに座る金髪の若い男性の姿が見えた。
脇に控えるのは白のドレスを着た金髪の少女と、今朝広場で話した大臣。
他の兵士は見当たらなかった。
「私の真似をすれば失礼にならないから、緊張しないでね」
「ああ……。ありがとう」
正面を向いたまま小声で話しながら玉座に近づく。
玉座前に段差があり、アルがそこで膝をついた。
俺も彼女に続いて膝をつき、頭を垂れた。
「ゴブリンの討伐、大儀であった。
レクソールは記憶を失くしていると聞いたゆえ、名乗っておこう。
私がロンダリア王国王子、ベルトラン・オウルヘイル。
隣が妹のスノウローズだ」
彼が、みんなが敬う殿下か。
殿下に続いて、ドレスの少女が静かに名乗った。
「初めまして、レクソール様」
二人のご挨拶を聞いた後、俺も名を名乗ることにした。
「レクソール・フォルナイトと申します。
記憶を失い、礼を欠いてしまったこと、お許しください」
「ご安心を。お兄様もわたくしも、無礼などとは思っておりませんわ」
「村を襲撃から守れなかったのは私の責任だ。
そなたとマリエルにはつらい思いをさせた。本当にすまぬ」
殿下と王女の言葉は深く心に染みる。
特にマリーも気遣ってくれたことが嬉しかった。
「楽にしてくれ」と言われ、
俺たちは立ち上がって顔を上げた。
「そなたとは改めて時間を作り、話をしよう。
今は例の剣について説明せねばなるまい」
殿下が目配せをすると、背筋を伸ばして控えていた大臣がうなずいた。
「お持ちいただいた直剣は王国制式のもので間違いございません。
詳しく申し上げますと、王国騎士団員に支給されたものですな」
門の衛兵さんが言っていた通り、王国制式で間違いないようだ。
しかも騎士団に支給されるものだったなんて。
「それでは疑問点を潰していきましょう。
まず、襲撃現場に残っていたものをゴブリンが持ち去った可能性。
これは限りなく低いと見てよいでしょう」
襲撃現場収拾はマリエルの上司が指揮を執っていた。
亡くなった村人の身元や、王国側の戦死者、負傷者も確認済み。
遺留品も回収され、襲撃以来、村の警備に騎士団員と蒼穹隊員が派遣されている。
騎士や蒼穹隊員がゴブリン程度に負けたり、武器を奪われたりするはずがない。
「柄の部分にある紋章が削られた行為ですが、
ゴブリンたちが王国制式装備であることを理解する知能はありません。
王国の紋章を削ったのは、間違いなく人の手でございます」
「その人の手は、騎士団員でしょうか?」
アルの瞳が鋭くなる。
英雄の質問に応じたのは王子だった。
「ここ数日、行方が分かっていない騎士が一人いる。そやつかもしれん」
「でも、行方不明の騎士がいたとして、どうしてこんなことを」
俺の質問に、殿下は姿勢を直して深く息を吐いた。
そして、低い声で言う。
「……その騎士の名を、襲撃後に捕らえた戦魔族が証言した」
俺もアルも声を上げて驚いた。
行方不明だった騎士の名を、襲撃に関わった戦魔族が証言した。
そして、ゴブリン討伐で拾った王国制式の直剣。
これは王国騎士が装備をゴブリンに流しただけの問題じゃない。
腹の奥に、また、あの熱を感じた。
「まさか、村の襲撃はその直剣の持ち主が関わっているのですか!?」
「私はそう考えている。
そして、ゴブリンを使って何かを企てているかもしれんのだ」
一人の王国騎士が、戦魔族と結託して村を襲ったかもしれないのか!?
民を守る立場である騎士が、どうしてそんな非道を!
「門を守る兵士が忠義を尽くしているのに、
王国騎士ともあろう者が民を殺めるなんて……!」
許せない。
大勢の村人を殺し、俺とマリエルの故郷を奪っただけでなく、
王子や王女、他の王国兵たちも裏切るなんて。
王族は俺やマリー、亡くなった村を想ってくれている。
そして、王国兵たちは国と民を守ろうと想ってくれている。
それなのに。騎士という高貴な立場にありながら、
性懲りもなく今度はゴブリンを使って――!
ふと、マリーが俺に飛びついてきたときの泣き顔を思い出した。
よかった、よかったと、何度も口にしていた。
妹は、家族を失うかもしれない恐怖と不安を抱えながら、
蒼穹隊として、気丈に戦っていたんだ。
強く拳を握りしめた。
「許せない……!」
「レクソール様。どうかお鎮めくださいませ」
透き通る、静かな声が俺を貫いた。
王女スノウローズがゆっくりとした歩みで階段を降り、
俺の前にやってきて、両手をそっと握ってくれた。
「王国の密偵を使い、犯人の動向を探っています。
大きく動けば逃げられるか、他の民に危険が及ぶかもしれません。
今しばらく、堪えてください」
すぐに動けないのは悔しいが、王女様の言うことも正しい。
俺は冒険者として経験も乏しく、ゼロディオスの力に頼りっぱなしだ。
万が一、やみくもに聞き込みをして逃げられてしまったら。
そして、それが原因で犯人が他の人々を傷つけてしまったら。
今はまだ、耐えるんだ。
「……分かりました。俺にもできることがあれば、教えてください」
「まあ。それは嬉しいお申し出ですわ。
お二人にも力を貸していただこうと考えておりましたゆえ」
「え?」
――話が終わった後、大臣から依頼完了の印をもらった。
俺の冒険者初日は複雑な事柄が関わる一日になった。
夕方、アルとネコガミ亭で夕食を取ることになった。
ネコガミ亭は大繁盛で、席が空くのに待たされるほどだった。
先日助けた黒髪の猫耳女の子も元気よく配膳を手伝っていて、
駆け回る姿に不思議な安心を覚えた。
「あの子、元気そうだな」
「ふふ。正義の味方が助けてくれたからね」
ゼロディオスの力を宿した俺が遭遇した最初の事件。
幸か不幸か、彼女を救ったことが俺の王都での居場所を作ってくれた。
「ゼロディオスのおかげだよ。
あいつの思惑は分からないけど、悪いやつではなさそうだ」
「王子たちもそう言ってたね。捕まえた戦魔族に聞いたみたい」
王子たちは俺たちに例の裏切り者の捕縛協力を求めてきた。
その見返り、信頼の証として、情報も多く提供してくれた。
襲撃の際に捕らえた戦魔族から聞き出した首謀者の名前、
最近察知したゴブリンたちの妙な動き。
そして、戦魔族から聞き出したゼロディオスのこと。
投降した戦魔族曰く。
『突然村に現れて、自分たちも驚いた』
神出鬼没でめったに人前に現れない、古い戦魔族らしい。
戦魔族の本国であるウィルシエでも存在は知られているが、
詳しいことは戦魔族たちもよく知らないらしい。
ひとまず、襲撃計画には無関係だと分かったから、
王子たちもゼロディオスについては棚上げしてくれた。
「ホント、よく分かんないやつだよ」
アルが木のコップを傾けながら少し目元を曇らせた。
あいつの最期はどうだったのか、まだ詳しく聞いていない。
今のアルの表情を見ると、質問していいのか躊躇してしまう。
結局、何も聞けないまま夕食の時間が過ぎてしまった。