冒険者デビュー、の前に ~実戦編~
バルガ村から南へ歩いて数分の場所にある森。
手前側は人々が木材採集のために開拓した跡が見られる。
森の入り口にある小屋に人の気配はもうない。
恐らく、村からここに出向いて作業していたのだろう。
「ゴブリンが出るとすれば奥の方になると思う。準備はいい?」
背中の大剣を片手で軽々と持ち上げる。
呼びかけにうなずいて、俺も腰から長剣を引き抜いた。
拳の方が戦い易そうな気がするが、剣にも慣れておきたい。
まずは道なりに進んでいく。
途中、大きめの鳥や狼のような動物も見かけた。
彼らは臆病なのか、俺たちの姿を見ると森の奥へと逃げて行った。
と、思いきや、逃げた鳥と狼が引き返してきた。
鳥たちが鳴き声を上げて一斉に飛び立ち、木々を揺らしていく。
続いて、狼の群れが俺とアルの間を猛スピードで駆け抜けていった。
「な、何だ?」
「レックス、正面!」
アルに言われて正面を見る。
そこにいたのは弓矢や棍棒を携えた、薄汚い肌をした小人たち。
森の動物を狩りにきたやつらとエンカウントしてしまったか。
「キエーッ!」
そのうちの一匹が弓を引いた。
アル目がけて飛んできた矢は、大剣によって素早く叩き落された。
「そりゃあああっ!」
大剣をすぐに持ち直し、弓を持つゴブリンに突進。
振り下ろされた大剣はゴブリンを縦に両断してしまった。
命を失ったゴブリンは赤黒い煙を上げ、灰になって崩れ落ちた。
「普通の生き物とは違うわけか。遠慮はいらないな」
俺も負けていられない。
身体の動くまま、剣を構えて棍棒を持つゴブリンへ切りかかった。
「ふんっ!」
「ヒギャッ!」
防御のために構えた棍棒ごと、ゴブリンの身体を叩き切れた。
どうやらあの力を出さなくてもある程度戦えるらしい。
「わぁ! カッコいい~!」
「アルだって」
お互いに気を良くした俺たちは、
次々と襲い掛かる薄汚い小人たちを蹴散らしていった。
俺が投げ飛ばしたゴブリンを空中でアルが切り捨てたり、
反対にアルがパスしてきた敵を全力で殴ったり。
俺自身、初めての共闘なのに見事なコンビネーションだと感心した。
エンカウントしたゴブリンの集団はあっという間に全滅した。
多分、一分もかからなかったと思う。
「楽勝だね!」
背中に大剣を戻して拳を突き出してきた。
微笑み返して、アルの拳に俺の拳をこつんとぶつける。
「少し自信がついたよ」
過去の世界では戦う力も術もなく、間違いなく弱者だった。
そんな俺が勇者のように戦えるなんて。
例え与えられた力だろうと、それを使いこなしたんだ。
悪い魔力から生み出された魔物を討伐して、誰かの役にも立てた。
遠い世界の憎い兄に一矢報いたような気がした。
「討伐依頼のときは倒した証拠が必要になるから、
倒したゴブリンの灰を持っていこう」
「ああ、分かった」
アルの持っていた革袋に、倒したゴブリンの灰を集めて入れる。
魔力から生み出された魔物は命を失うと灰になる。
灰にも若干の魔力が残されていて、アイテムの素材になるんだとか。
この後も森の奥に進みながらゴブリンを討伐し続けた。
ほとんどのやつは木の棍棒と粗末な弓矢程度の武装だったが、
途中、エンカウントした一部には剣を持つ個体もいた。
しかも奇妙なことに、その剣は人の手によって作られたものだった。
この世界のゴブリンは知能が低い。
武器を鍛造できるような技術はない、とアルが話していた。
「バルガ村が襲われる前に泥棒されたのかなぁ。
でも、見回りは自警団の人たちもしてたし……」
「襲撃の後は蒼穹隊と騎士団が封鎖してるから入れないよね」
「そうなんだよねぇ。ゴブリンが入る隙は無いと思うんだけど……。
うぅ~ん。なんか気になるなぁ」
英雄殿はゴブリンの直剣装備が頭に引っかかっているらしい。
知能が低いとはいえ、好戦的なゴブリンが強い武装をすれば、
近隣に住む人々や討伐に来た冒険者も更なる危険に晒される。
彼女の心配はもっともか。
「どこから持ち出されたのか分からないかな……」
しゃがんで、灰の中に落ちたシンプルな直剣を拾う。
俺が買った長剣よりは短めで、握った感覚は悪くない。
刃こぼれがいくつか見られ、柄の部分にひどい擦り跡が残っていた。
何かで強引に削って消したような痕跡だ。
<我が力を使え>
突然聞こえた声に身構えた。
アルには悟られないように剣を見ているふりをして応じる。
「(……ゼロディオスか。
あの鎧を着て観察すれば、何か分かるのか?)」
<この世界では全てのものに魔力が宿っている。
我が甲冑の兜には、宿った魔力から様々な分析を行う能力がある>
「(分かった。やってみよう)」
剣を持って立ち上がり、腹から両腕、両足に力を入れる。
そして、身体に流れる魔力を意識して、あの鎧をイメージ。
俺の身体から、紫色の光が沸き起こってきた。
「えっ!? レ、レックス!?」
「心配しないで。ちょっと調べるだけさ」
そんな短い会話の間に、俺の身体は黒甲冑に包まれた。
装着が完了したのを確認して、兜越しに剣の柄を眺めてみる。
「(さて……。この剣の柄には何があった?)」
思いながらジッと見つめていると、
擦り跡の上に薄い青色の魔力が集まってきた。
魔力は失った部分を補修するように形を成し、
削り取られたそれを導き出してくれた。
「これは……!」
削り取られていたのは、盾の紋章。
俺はこれを、どこかで見たことがある。
「ど、どう? ゼロディオスアーマーで見ると何か分かる?」
黒甲冑の俺には近寄りがたいのか、
ちょっと身を引きながら、遠慮しがちに尋ねられた。
笑ってもフルフェイスで見えないから、
できるだけ明るい声で返事をした。
「ああ、この兜が削られた部分を魔力で可視化してくれた。
アルには見えないかもしれないけど、
この柄には、盾の紋章が刻まれていたんだ」
「盾の紋章!? それってもしかして」
「そう。ロンダリア王国の紋章だ」
ゴブリン討伐に出かける前、王宮の城壁に掲げられていた旗。
あれと同じものが、この剣には刻まれていた。
「王国の紋章が刻印された武具は一般人も使える?」
「ううん、王国兵や騎士団だけ」
「蒼穹隊の可能性はあるかい?」
「蒼穹隊は別の紋章が使われてるから、違うと思うよ」
そこまで聞いて、俺はうなずいた。
ゴブリンは泥棒をするが、隠ぺい工作をするほどの知能はない。
しかし、こいつらは王国の紋章を消した武器を使っていた。
どこかで紋章の消された武器を拾ったか、
あるいは、王国関係者にゴブリンと通じた者がいるか。
俺の推測を話すと、アルは心配そうに眉を寄せた。
「拾ったならまだしも、武器を流してる人がいたら大変だよ!」
「ああ。似たような武器や防具がないか探してみよう」
柄が削られた直剣は証拠品として預かっておこう。
俺たちは更に奥へと進んでいった。
ゴブリンたちを殲滅しながら森の奥を進む。
向こう側から襲い掛かってくることもあれば、
俺が木の上から見つけて奇襲をかけてみたりもした。
この森に棲むゴブリンは小柄な体格の連中が多いが、
稀に体格のいい個体も何匹か混じっていた。
そして、そういう個体に限って人が作った装備を持っている。
紋章が削られた、大振りのナイフとかね。
「このナイフはどこで手に入れた?」
身体の大きなゴブリンの首根っこを掴んだ。
持ち上げて大木に一度だけ打ちつけて脅してみる。
「ギャアッ! ギャアアア!」
ゴブリンはジタバタと暴れるだけだった。
脅しても意味はなさそうだ。
顔面を殴って気絶させ、空中に放り投げたらアルが切り捨ててくれた。
「黒甲冑のレックスも、イイかもしれない……」
「何か言った?」
「な、何でもないっ」
照れたように大剣を慌ててしまう。
ふと、彼女の足元に焚き火の跡があることに気がついた。
「そこ、誰かが火を焚いたみたいだ」
「えっ? あ、ホントだ」
アルが一歩後ろに下がり、しゃがんで確認する。
彼女の横顔が険しくなるのが見えた。
「……これは人が火を起こした跡だよ」
「この森で生活する種族は?」
「いないよ。こんな森の奥で野宿する冒険者もいないはず」
「今度は人がいた痕跡か……」
ただのゴブリン討伐依頼だったはずが、どうもきな臭くなってきた。
俺の頭をちらついたのは、バルガ村襲撃のことだった。
万が一、村を襲撃した連中が蒼穹隊の追撃から逃れ、
この森に潜んでいるのなら調査をしなくては。
俺やマリーの故郷を破滅させた悪党を野放しにはできない。
「まだ近くにいるかもしれない。探してみる――」
周辺を見回しながら考えていると、右手が後ろから握られた。
「レックス」
なだめるような呼び声。
見抜かれたと思って、身体が固まった。
「……えっと」
「頭に血が上ってるよ」
手を握ったまま俺の正面に立つ。
この世界で目覚めてから何日も一緒にいる、美人な仲間。
頼りになる英雄の微笑みがそこにあった。
「今日は何をしにここに来たんだっけ?」
「冒険者ギルドの本登録試験で、ゴブリン討伐に」
「討伐の数はもう十分足りてるよね。
それじゃ、見つけた不審物はどうしよっか?」
「……大臣に報告しよう。ゼロディオスの力があるとはいえ、
勇み足になれば事態を悪化させるかもしれない」
「よくできました」
アルシャロッテの笑顔と優しい言葉を聞いたら、
自然と黒甲冑の力を解いてしまった。
「ありがとう。うぬぼれるところだったよ」
「どういたしまして!
冒険者の先輩だから、このくらいはね」
じゃ、帰ろっか。
しっかり手綱を握られた俺は、討伐を切り上げて王都に戻ることにした。
王国の紋章が消された武器、焚き火の痕跡。
疑問は残るが、あくまでも今回はゴブリン討伐が本命だ。
力を過信して深追いをすれば、アルにまで危険が及ぶかもしれない。
彼女の冷静さ、判断力は冒険者の先輩として、
英雄として尊敬できるものだった。
<いい選択だ>
頭の中に聴こえた声に、目を閉じてうなずいた。