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黒鉄の戦士  作者: 松山みきら
第一章 黒鉄の戦士降臨
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冒険者デビュー、の前に ~移動編~




 執務をしている王子のもとへ、

 穏やかな足取りで大臣がやってきた。

 王子は執務を続けたまま声をかけた。


「英雄たちは行ったか」

「はい。用件は広場で伝えましたので、

 お隠れになっている方にも聞こえたかと」


 ふむ。

 息をつくように返事をして、

 書類に走らせていたペンを止める。


「襲撃現場は殺害と破壊が執拗に行われていたという。

 人間に対して強い憎しみを抱く戦魔族ゆえの行動だ」

「そのために、逃亡する時間を失ったわけですな」

「そうだ。手配されて国境を越えられなくなったヤツは、

 哀れにも王都に戻らざるを得なかった」


 先日、バルガ村を襲撃した戦魔族から聞き出した、

 元王国騎士団員デュウ・アザー。

 ベルトランの指示で密偵が調べた結果、

 王都でそれらしい姿を見かけたという情報を得たという。


「潜伏場所を詳しく調べさせてもいいが、

 こちらの動きを感づかれると民に危険が及ぶおそれがある。

 予定通り、合同葬で私が囮になって誘い出そう」

「かしこまりました。

 合同葬の情報を王都や周辺都市に流しておきましょう。

 ああ、警備は手薄、と付け加えておきますか」

「ふっ。あまり招待客を増やすなよ」






 目的の森へ向かうため、王都からバルガ村を目指していた。

 ゴブリンが棲みつく森というのはバルガ村の南、

 道中、必然的にバルガ村の近くを通ることになる。


「なあ。戦魔族の襲撃は頻繁に起こるのかい?」


 青空の下を歩きながらそんな言葉が漏れた。

 暖かい陽気を感じながらも、寂しい冷たさが心に残る。

 バルガ村を思うとやりきれなかった。


「ロンダリア王国では珍しいよ。

 三百年前の災厄から数えても、ほとんどなかったくらい」


 ロンダリア王国は戦魔族との無用な争いを避けるため、

 戦魔族への過剰な敵視をしないように呼びかけている。

 人間族と戦魔族は魔力や身体能力に差はあるが、

 外観的な違いはほとんどないため、王国内での偏見も少なく、

 友好的な戦魔族は迎え入れているほどだそうだ。

 そのため、ロンダリアの民は人間族でも、

 比較的戦魔族から狙われることは少ないという。


「唯一の特徴は、瞳が紫色なところかな。

 戦魔族の強い魔力が瞳に現れてるって言われてるよ」

「紫色? じゃあ、門番の王国兵さんは戦魔族なのか?」

「正解。種族問わず、優秀な人を採用するのがこの国だよ。

 そういう王国の姿勢と蒼穹隊が一つの抑止力になって、

 戦魔族絡みの襲撃や事件はすっかり減ってたんだけど」

「それでも三百年前の問題が根強く残ってるのか」


 こちらの世界に目覚めてからたびたび聞く、三百年前の災厄。

 村の悲劇もその災厄が原因で発生したものなのだろうか。

 三百年前に一体、何が起こったというんだろう。


「そもそも、三百年前に何があったんだ?

 俺の記憶には何も残ってなくて」

「いいよ、教えてあげる」


 三百年前。

 ロンダリア王国から遥か遠く、海を越えた先で起きたこと。

 古来より戦魔族が主となって統治していた国ウィルシエと、

 その隣、レジュドという人間族主体の国で起こった出来事。


「ウィルシエとレジュドの国境にある鉱山で、

 ものすごく大きな爆発事故があったの。

 大地を抉り、深い傷跡を残すほどの、大きな大きな爆発だった」

「爆発事故……」

「発破なんてものじゃない、すごく大きな爆発だって伝えられてる。

 鉱山は吹き飛ばされ、働いていた戦魔族は全員消息不明。

 その原因究明の最中に、今度は未知の魔物が現れた」


 爆発の爆心地から姿を現した魔物は、初めて見る存在だった。

 素早く、屈強で、地上の生命をひたすら殺して回る凶悪な魔物。

 未知の魔物は『悪鬼』と呼ばれ、戦魔族の国ウィルシエに流れ込み、

 鉱山の事故を越える、多くの死者を出すことになった。


「事件を聞いた世界各国は、国が誇る精鋭を選抜して、

 悪鬼討伐と人命救助のためにウィルシエの救援に向かわせた。

 でも、救援に向かった彼らの間に噂が広がって……」

「噂?」


 ――悪鬼の根源、レジュドに在り。


 それは短い噂で、意図の分からないもの。

 どこからともなく囁かれたという。


「噂はすぐにウィルシエ中へ広まった。

 大勢の犠牲を出した戦魔族は、疲弊と悲しみのあまり、

 レジュドが戦魔族を滅ぼすために悪鬼を呼んだと思い込んだ」


 悪鬼の凶悪な強さと、人々を煽動する噂。

 各国の精鋭たちは更なる事態悪化を防ぐため、

 悪鬼出現の真相解明が為される前に、

 発生源とされる爆心地に堅固な魔法封印を施した。

 封印によって悪鬼の増加は防がれたが、

 戦魔族側に大きな犠牲が出た事実と噂は、

 レジュドとの国交に深い溝を残した。


 ウィルシエとレジュドの対立は長期化し、

 戦魔族は無関係の人間族も憎むようになり、

 人間族も無関係の戦魔族も蔑むようになった。


 こうして、三百年に渡る戦魔族と人間族の敵対が始まったのだった。


「小さな噂が形を変えて何百年も根強く残るなんて……。

 真相も分かっていないのに、

 互いに憎しみを無関係の人々に向けるのはダメだ」

「私もレックスと同じ気持ちだよ。こんなこと、絶対に間違ってる」


 アルが足を止めた。

 未だ焦げ臭い空気が漂う、殺戮された村の前に着いた。

 騎士団と蒼穹隊の人々が村の入り口に立って警備をしている。

 焼け落ちた木造家屋、崩れた塀、赤黒く残る染み。

 俺とマリエルが生まれ育った、村。


「……行こう。依頼、やらなくちゃ」


 アルが俺の手をそっと握る。

 うなずいて手を握り返した。

 俺たちは南の森へ向かうべく、村を迂回することにした。


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