表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鉄の戦士  作者: 松山みきら
第一章 黒鉄の戦士降臨
5/82

冒険者デビュー、の前に ~申込編~




 ロンダリア王国、王宮内私室。

 王子ベルトランは届けられた書類に目を通していた。

 蒼穹隊救護班からの報告書だった。


『レクソール・フォルナイトの記憶は依然戻らず。

 魔力による甲冑一式を形成・装着し、盗賊捕縛に協力。

 甲冑装着時の姿は戦魔族侯爵ゼロディオスに酷似。

 先日同様、血液等の生体検査に戦魔族の反応なし。

 幻夢の呪石と共に施された魔法陣は継承術の可能性あり。

 現在はアルシャロッテ・アーヴァルムと生活を共にする。

 引き続き上記冒険者に保護、観察を依頼』


 ふと、扉の向こうから衛兵の声が聞こえてきた。


「殿下、王女様がお見えになられました!」

「入れ」


 私室の扉が開かれ、王女スノウローズが入ってきた。


「お兄様、お呼びでしょうか。

 ……あら、蒼穹隊からの報告書ですか?」


 机を挟んだ向かい側に立ち、静かに声をかける。

 一通り目を通し、ベルトランは報告書を机に置いた。


「そうだ。マリエルは良くやっている。

 信頼の厚い英雄と行動を共にさせて兄の身を守り、

 同時に兄の存在が安全であることを証明しようとしている」

「マリエル術士はお兄様へ慈悲を求めているのかもしれませんわ。

 家族が戦魔族の手先と疑われるのはおつらいでしょう」

「無用な心配だと伝えるさ。

 それよりもスノウ、これを見ろ」


 机の上に積み重なった書類から、小さな紙を取って差し出す。

 紙には男性の名前が一つ、その隣に「騎士団」と走り書きが続いている。


「騎士団の、デュウ・アザー?」

「王国騎士団に入団して一年目の若い男だ。

 ガフが捕縛した戦魔族から聞き出したのだ」


 王女が瞳を鋭くする。

 それは王国騎士団の中に、戦魔族と関わりを持つ者がいたということ。

 スノウローズの胸に焦りと怒りが絡み合う嫌悪が沸き起こった。


「バルガ村は騎士団員も巡回に訪れる場所。

 この男が戦魔族と通じ、襲撃のために村へ引き入れた……?」

「恐らくな。聞けば襲撃の日から行方が分かっておらんという。

 バルガ村で戦死した兵たちの中にも見当たらない」


 ベルトランの眼差しが私室の窓へ向く。

 王都の空は今日も快晴だった。

 しかし、バルガ村から上がる農作の煙はもう見えない。


「幼い頃、よく父上に連れられてバルガ村へ出かけたのを覚えているか。

 土を触り、泥に汚れて、民の暮らしや食料の産み方を学んだ」


 王都の近くに農作の拠点を作ることで、

 王国からの支援を迅速にし、民と協力して築き上げたバルガ村。

 魔法を農作に活用した方法は王国に広く普及し、

 各地の様々な産業を短期間に活性化させるきっかけとなった。


「今は病の父上に代わって、我々が王国を守らねばならん。

 父上や民たちの想いを踏みにじった者に容赦はせん。

 周囲に目を配れよ、スノウ」

「……はい、お兄様」


 二人の美しい瞳が燃えた。






 戦魔族侯爵ゼロディオスから謎の力を遺された俺は、

 妹のマリエルの計らいによって、

 英雄として慕われるアルシャロッテと一緒に暮らすことになった。

 彼女と生活を共にすることで、

 俺の安全と自由を確保してもらったわけだ。

 マリーからは、


『仲良しだからって変なことをしてはダメですよ!』


 と釘を刺されているのだが――。


「なんでいつも布団に入ってくるの?」

「私のおうちなんだから私の勝手でしょ~」


 朝起きると高確率でアルが俺の布団に入っている。

 しかも肌着姿で。

 鎧を脱ぐとスタイルがいいし、嬉しいのやら苦しいのやら。

 生殺しという言葉の威力、身をもって知ったぞ。


「妹君から同居をお願いされたんだから、

 しっかり面倒見ないといけないじゃない?」

「寝床まで?」

「寝床まで」


 食い気味にきっちり言われた。笑顔で。

 ……ま、気にかけてもらえるのは嬉しいよ。


 アルの家は王都の居住区にある。

 冒険者として度重なる戦果を挙げてきた彼女は、

 王国への貢献が認められ、褒賞として土地が与えられたそうだ。

 それ以降、王都を拠点に冒険者ギルドの依頼や魔物討伐、

 時には王族の護衛任務などをこなすようになったという。

 家の中には彼女の貢献を示すかのように、

 彫像やメダル、賞状などが飾られていた。


 身支度をして顔を洗い、二人分の朝食を作った。

 食事を作るのは俺の役目になっている。

 この世界の食事は主に洋食だった。


「うん。やっぱりレックスの作るご飯は美味しい!」

「ありがとう」


 次から次へ食べ物をほおばり、笑顔で食べてくれる。

 食卓が楽しく感じるのは久しぶりかもしれない。

 思えば、前の世界では喉も通らないほど気まずく、

 一人で食べていた方がまだマシだったな。


「今日は冒険者ギルドへ登録に行くんだっけ」


 思い出しかけた過去を押し込むように話題を切り出した。

 アルから提案された、冒険者ギルドへの登録。

 先日の誘拐騒ぎで発現した俺の力を見込んでのことらしい。

 口に押し込んだ食べ物を紅茶で流し込んで一息つき、

 よく食べる美人が真剣な表情でうなずいた。


「うん! レックスの力は冒険者として活かすべきだよ」


 力なき人々に代わり、様々な依頼をこなす強き者たち。

 世界各地を旅し、危険な場所を踏破する。

 凶悪な魔物や人物と戦い、それ破って名誉を得る。

 冒険者ギルドはそういった強者たちに、

 民からの依頼を斡旋して報酬を与え、一定の秩序を保つ組織だ。


「冒険者か……。旅をする予定はないんだけど、いいのかな?」

「絶対に冒険しろってわけじゃないから大丈夫。

 ギルドへの登録はレックスの身を守るためでもあるんだよ」


 身を守るために組織へ所属する。

 仮に俺が無所属で魔物討伐や依頼を引き受けてしまえば、

 冒険者として貢献している人々の立場がなくなる。

 そうすれば煙たがられ、恐れられ、命を狙われることもあるかもしれない。

 この力を活かすなら、冒険者と同じ土俵に上がれということだ。




 朝食を終えた俺たちは、早速冒険者ギルドへやってきた。

 王都の入り口、すぐ近くにある堅固な石造りの建物だ。

 周囲の建物と合わせて白い石材で造られていることから、

 ホワイトストーンズと名付けられたそうだ。


「王都ロンダリスの冒険者ギルド、ホワイトストーンズだよ」


 外には大勢の冒険者たちが行き交っていた。

 建物の中からもガヤガヤと声が聞こえてくる。

 王都の冒険者ギルドともなれば、活気があって当然か。

 アルに連れられて中に入り、まっすぐに受付カウンターへ向かう。


「おう、英雄さん!」

「おはよーさん!」


 ギルド内に入った途端、中にいる冒険者たちがアルに挨拶をする。

 アルも笑顔で応じていく。冒険者たちからの信頼も厚いらしい。

 彼女に泥を塗らないよう、俺も頭を下げておく。

 奥の受付では眼鏡をかけた桃色ストレート髪の女性が座っていた。

 特に笑顔も浮かべず、淡々と頭を下げられた。


「おはようございます。ご用件は何でしょう」

「おはよう、リンさん。

 今日は彼の冒険者登録に来たんです。

 私とパーティを組んでもらおうかと思ってね」


 アルが背中をポンと叩いてくれた。

 一歩前に出て挨拶をする。


「初めまして。レクソール・フォルナイトと言います」

「冒険者ギルドへようこそ、レクソール様。

 私はリン・モーゼルと申します。

 ホワイトストーンズで受付窓口担当をしております」


 受付嬢のリンはカウンターの引き出しから青い紙と、

 名刺サイズぐらいの白い石板を取り出し、俺の目の前に置いた。

 青い紙には『ホワイトストーンズ所属冒険者登録用紙』と書かれており、

 記入欄するのは姓名だけとなっていた。


「こちらの青い紙にお名前をお願いします。

 記入が終わりましたら、紙の上にギルドストーンを置き、

 ご自身の手を上に重ねてください。

 名前と魔力を登録し、ご本人様の確認が取れるように致します」


 アカウント乗っ取り防止みたいなものか。

 魔力の性質は個人によって違いがあるのかもしれない。

 いずれにせよ、過去にいた世界よりも便利に思える。

 カウンターの上にある羽ペンをとって、

 身体が覚えているこちらの世界の文字で名前を記入する。

 言われた通り、青い紙の上に白い石板を乗せ、更に自分の手を重ねてみる。

 すると、石板が一瞬、強い光を放って青い紙にわずかな焦げ跡を残した。

 リンが眉をひそめたのが分かった。


「ギルドストーンに登録されたか確認致します。少々お待ちください」

「は、はい」


 紙と石板が引き上げられた。

 何だか不穏な空気になったぞ。

 戸惑っていると、アルが苦笑いで肩をすくめた。


「レックスの魔力が強すぎて紙を焦がしちゃったみたい」

「そ、そういうことか。不正登録になるのかと思ったよ」

「……お待たせ致しました。お名前と魔力の整合性は取れております。

 現在は仮登録となっておりますので、本登録の試験を行います」


 ギルドストーンが差し出される。

 石板の中に先程書いた名前が入り込んでいた。

 石でラミネートをしたような具合だ。


「試験というのは?」

「冒険者に依頼する仕事には危険なものもございます。

 依頼を完遂できるかどうか、実力を確認しなくてはなりません」


 そりゃそうだ。

 自分の命も守れず、依頼も完遂できなければ、

 仕事を斡旋する側としても商売にならない。


「分かりました。試験の内容は?」

「魔物との戦闘を含む依頼を一つ完遂していただきます。

 こちらの依頼票を持ち、依頼人から内容を確認してください」


 カウンターの上に出されたのはギルドストーンと同じ大きさの黄色い紙。

 依頼人の名前と住所、依頼の内容が簡単に書いてあった。

 手に取って確認してみる。


『依頼主:ガフ・ウェールズ

 依頼主問い合わせ先:王都ロンダリス内 王宮

 依頼内容:バルガ村南の森のゴブリン討伐』


 ゴブリンの討伐か。

 RPGでも序盤に依頼されるクエストに多い内容だ。

 問い合わせ先に王宮とあるが、

 行政からの討伐依頼ということだろうか。

 アルが顔を寄せて依頼票を覗き込んでくる。

 こんなときだけど、彼女から香る匂いに少し心が躍った。


「あれ、大臣から直接の依頼なの?」


 アルが首を捻った。

 病に伏せている国王の側近、ガフ・ウェールズ大臣。

 現在、王に代わって国を守っている王子の補佐をしているそうだ。


「今朝早く、王宮から届けられた依頼です。

 大臣からは冒険者試験に使っても良いと許可をいただいています」

「へえ。珍しいね、大臣じきじきにゴブリン討伐依頼なんて」


 人里近くの廃墟や森林、あるいは山奥などに棲みつくゴブリン。

 彼らは稀に盗みや作物荒らしを働いたりする魔物で、

 定期的に王国から討伐が依頼されることがある。

 そのときの依頼主は王国名義だというが、今回は大臣の署名付き。

 何か手続き上の問題でもあったのだろうか。


「でも、ラッキーかもしれないよ。

 この依頼をレックスがこなせば、大臣に認めてもらえるんだしさ!」

「ああ、確かに。これは運がよかったな」


 彼女の言う通りだ。

 序盤の腕試しであるゴブリン討伐が大臣署名付きで依頼されている。

 この依頼を正確にこなして報告すれば、

 冒険者として認められて、危険視されることもなくなるかもしれない。


「完了の報告は依頼人に行い、依頼票に印をもらってください。

 印をもらった依頼票を窓口に届けていただければ合格です。

 依頼人からの報酬もこちらでお渡しとなります」

「分かりました」


 ギルドストーンと依頼票を腰につけた小さな鞄に入れる。

 最後に、とリンがカウンターの上に革袋を乗せた。


「今回、依頼人から支度金を預かっています。

 現地に向かう前に装備を整えていくことをお勧めします。

 お店は――アルシャロッテ様がよくご存知でしょうか」


 リンの不愛想な顔が隣のアルへ向く。


「存じてるよ! 装備は私がちゃんと見るから安心して」

「ありがとうございます。

 それでは、説明は以上となります。ご武運を」


 こうして、俺の冒険者デビューへの試練が始まった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ