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黒鉄の戦士  作者: 松山みきら
第一章 黒鉄の戦士降臨
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ただいま、異世界




 青空の下、木々に囲まれた農村から火の手が上がっていた。

 悲鳴と共に大勢の命が斬られ、貫かれ、打ち砕かれた。

 そして、村は死んだ。


「一対一だ。貴様が我を殺せば、この男は助かる」


 マントを羽織る黒甲冑に、白銀の鎧が対峙していた。

 顔の見えない黒いフルフェイスから聞こえるのは冷たい女の声。

 彼女の背後には茶髪の少年が青ざめた顔で倒れている。

 仰向けで倒れた少年は上着を破かれ、

 露になった腹部に赤黒い魔法陣が描かれていた。


「善意のつもり? もうお前たちの罪は覆らない!」


 黒甲冑に対するのは、長い銀髪の少女。

 身の丈に合わない大剣を片手に、青い双眸が黒甲冑をにらむ。


「この村を襲ったのは我ではない。

 野蛮な連中と一緒にしないでもらいたいが」

「それなら、私の足止めをやめて。

 村を壊した連中は蒼穹隊そうきゅうたいが捕まえる。

 連中と違うなら、彼を解放して潔白を証明してよ!」

「断る。貴様には戦ってもらわねば困るのだ」


 黒甲冑が腰に佩いている長剣を引き抜いた。

 刀身が紫色に光り、強い魔力を漂わせる剣だった。

 キン、と空気が凍てつく。

 明らかな殺気に、少女も大剣を正眼に構えた。


「どうして……。また戦魔族せんまぞくが嫌われるんだよ!」

「今更な話だ。三百年前のことは知っているだろう、英雄」

「……まだ真相は分かっていないことだよ。

 私は一人の冒険者として中立でいる。

 戦魔族に敵視されても、私は偏らない」


 三百年前、この世界では大きな災禍が起きた。

 それは、獣人族でも魔族でもなく、

 人間族が引き起こしたものと噂されるもの。

 あくまで噂に過ぎないが、

 魔族の中で最も多くの被害を受けた戦魔族は、

 災禍以来、人間族と敵対するようになったのだった。


「さすがはヒトの英雄か。気高いものだ」

「一部の誰かが起こしたことを、

 無関係な遠い誰かのせいにし続けるのはいけないんだ!

 お前だって分かってるはずでしょ!」

「分かっている。我も無策でこうしているわけではない。

 真に世界を救うために、こやつに悲しみや苦しみを背負ってもらう」


 背後で倒れている少年を指さす。


幻夢げんむ呪石じゅせきを打ち込んだ。

 我々が言葉を交わすわずかな間に、こやつは数十年分の悪夢に苦しむ」

「な……!?」

「貴様が勝てば腹を裂いて石を取り出せ。

 だが貴様が負ければ、石はこやつに究極の苦しみを与えて殺すだろう」

「それが真に世界を救うための行為!?

 それが、人間と戦魔族を和解させるきっかけになるっていうの!?」

「ああ、そうだ。そうだとも!」


 黒甲冑がわずかに身を前に傾けた瞬間、

 少女の目の前で禍々しい剣が振り上げられていた。


「(――速い!)」


 大剣を盾にして斬撃を受け止める。重たい金属音と共に空間が震えた。

 たった一撃で、踏ん張った両足が土をえぐりながら後ろに滑った。


「この力……! お前、高位の戦魔族か!」

「我は戦魔族侯爵、ゼロディオス。

 今この時より、世界を救う一歩が始まるのだ!」


 黒甲冑が再び剣を振り上げて少女に迫る――!








「――おーい! 返事をして!」

「う、ん……?」


 呼びかける大声と、頬をぺちぺち叩かれて瞼が開く。

 ぼんやりと焦点が定まっていき、青い瞳の若い女と目があった。

 青空を背景に、銀色の長い髪が揺れている。

 おお……。これはべっぴんさんだなぁ。

 多分、家を追い出される前にやってたゲームの夢だ。


 でも、こんなキャラクターいたっけ?

 追加DLCか?


「ちょっと痛いかも。そのまま私の目を見ていて。

 いくよ……いち、にの、さんっ!」


 その瞬間、腹部に感じたことのない、凄まじい激痛が走った。

 微睡んでいた意識が一気に覚醒し、全身が勝手に暴れだした。


「うぐあああああああっ!」


 絶叫を聞いて若い女はわずかに顔を歪めたが、

 俺の肩を強く押さえつけて優しく声をかけてきた。


「ごめん、ごめんね。でも――!」


 腹部から何かが引き抜かれる感覚。

 火花が飛ぶ俺の視界に映ったのは、女の手に握られた血塗れの丸い玉だった。

 女は丸い玉をにらみ、手を震わせながらそれを握りつぶした。

 途端、暴れていた手足に制御が戻った。


「よし。次は傷の処置を……」


 荒い息を繰り返す俺に微笑みかけて、女が玉を握りつぶした手を開いた。

 手のひらに玉の欠片はなく、黒い煙だけがわずかに上がり、空間に消えた。

 そのまま俺の腹部に手をかざして何かをつぶやいた。

 優しい光が腹に集まっていき、激痛の波がすうっと引いていく。


「どう?」

「だ、だいぶ楽になりました」

「やだ、かしこまっちゃって。私とレックスの仲でしょ」

「え、えっと……? レックスというのは?」


 銀髪碧眼の少女は俺の発した言葉に目を見開いた。

 少しの沈黙の後、彼女は悲しげに尋ねてきた。


「レックス、嘘でしょ?」

「いえ、あの。レックスって誰なんでしょう」

「あなたのことだよ。私のことも覚えてない?」

「初対面じゃないんでしょうか」


 俺の返答は彼女を深く落胆させたらしい。

 肩を落とし、ため息をついた。

 魔法陣の後遺症かしら、とつぶやく声が聞こえた。


「……私は冒険者のアルシャロッテ。

 混乱してると思うけど、落ち着いて聞いてね」


 凄まじい激痛を感じた腹部にはうっすらと縦に傷痕が残っていた。

 戦魔と呼ばれる魔族に悪夢を見るヤバい石を埋め込まれた俺は、

 この少女、アルシャロッテに緊急の開腹手術を受けたと説明された。

 そしてここは俺の生まれ育った村。

 彼女の施した回復魔法のおかげでどうにか傷は塞がっている。

 家屋は焼け落ち、田畑は荒らされ、住んでいた人々は死体になっていた。


「あなたはここに住む若い農民。名前はレクソール・フォルナイト」

「レクソール。だからレックスか」

「聞き覚えは?」

「いえ、ありません……」


 崩れた家屋に背中を預け、腹を押さえながら質問に答える。

 青空の下に焼け落ちた村はバルガという農村。

 戦魔と呼ばれる魔族が突如として現れ、

 人々を殺し、作物を奪い取っていった。

 王国の特務部隊も派遣され、全力で戦ったが、大きな被害が出たという。

 アルシャロッテが救援に駆けつけたときにはもう、村は壊滅状態だった。

 少女は言葉を選ぶことなく、淡々と事実を述べていく。


「襲った戦魔族の一団が引き上げる直前、

 高位の戦魔族、ゼロディオスが現れたの」

「ゼロディオス?」

「うん。戦魔族侯爵、強いやつだった」


 逃げる戦魔族たちは特務部隊が追撃し、

 アルシャロッテは俺を人質に取ったゼロディオスと決闘に臨んだ。

 真に世界を救うため、ゼロディオスは俺の腹に呪いの石を埋め込み、

 ヒトの英雄と語られるアルシャロッテに戦うことを迫ったという。

 戦いの末、彼女はゼロディオスを討ち滅ぼし、

 悪夢の根源であった呪いの石を砕いたのだった。


「あれが全部、夢……」


 俺が眠りに落ちた場所にあった雪もなく、

 村の建物はどう見ても俺の地元にあるものとは違う。

 彼女が話す状況や回復魔法という言葉。


 流行りの異世界転生かと思っていたが、違った。

 俺は異世界に転生したんじゃない。

 本来俺がいるべき世界はここで、あの世界が悪夢だったんだ。

 着ている服もジャージじゃない。

 取り乱すどころか、一気に気楽になった。


 だって、最大の障害に感じていた兄がいないんだから。


 でも……。


「ひどい夢だった?」

「……これよりは、まだマシだったかもしれない」


 アルシャロッテと一緒に村の惨状に目をやる。

 こっちの世界の記憶は一切ない。

 残っている記憶は悪夢の中、現代日本での記憶しかない。


 それでも。

 人が死に、みんなが築き上げたものが壊されている光景は、

 とてもつらくて悲しくて、あの悪夢以上に恐ろしかった。


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