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84.幸せを運ぶ銀の狼

だが、もう一人の自分が顔を出す。


――だからってどうするんだ?この場の雰囲気まで壊すつもりか?それで公爵様に迷惑がかかると思わないのか?



だが、そのとき後ろから「行きなさい」とメイレールの声がした。

「君の思う通りにすればいい」


「!」

 振り返ると、ターセンも頷いた。

「後のことは僕たちに任せてください!」


「……ありがとう!」

 コールスは大股でバルコニーを離れた。


 それを見送りながら、メイレールは微笑む。

「そう、それでいい。君はどうも周りに遠慮しすぎなんだよ。それは獣人の君が人間社会で生きていくための術だったかもしれない。けれどもう、そんなのは必要ない。自由に生きていい。自由に愛する人を求めていい。君には資格があるのだから。……そう、王にさえなれる資格が」


 *      *        *


 アナスタシアは冷や汗をかいていた。

 目の前にいる侯爵家の息子がしきりに踊りに誘ってくるからだ。


 紳士らしく振る舞っているものの、“地位にも美貌にも恵まれた自分になびかない女はいない”という傲慢さが見え隠れしている。


 男のギラギラとした感情の圧に、きっと踊りだけでは終わらないだろう、という予感がして、少女は愛想笑いの仮面の下で泣きそうになっていた。


 付き添いのクレアが間に入って断ろうとしてくれているが、伯爵家の娘ではなかなか侯爵家に歯向かえないらしく苦戦している。


――コールス、どこにいるの?

 思わず視線をさ迷わせて、少年の姿を探そうとしたとき、手を掴まれる感触がして「ひぅ」と小さな悲鳴を上げる。


 男が焦れたような表情で腕をつかんで、自分を連れて行こうとしている。

 ぞわっと恐怖と嫌悪感が身体を駆けあがり、


――助けて、コールスっ!

 ぎゅっと目をつぶったとき、ふわっと風を感じた。


 思わず見上げると、空を駆ける狼の姿が見えた。

 シャンデリアが放つ黄金の光に照らされて、銀色の狼は燃えるように輝いている。


「コールスっ!」

 狼は近くのテーブルにどんと降り立つ。


「うわっ、なんだぁ!?」

 驚く男に向かって、コールスはグァッ!と吠える。

「ひ、ひぃ!」

 男はアナスタシアの手を離すと尻もちをつき、アナスタシアは狼の首に抱き着いた。


 少女を乗せると、コールスはテーブルから跳躍し、驚きと悲鳴が上がる中を駆け抜けていく。


「ぶ、ぶ、無礼者ぉーー!」

 例の男が上げる罵声は後ろに遠ざかり、二人は夜空の下へと飛び出した。



 *      *       *


「やぁ、コールス。……あぁ、こっちは大丈夫だよ。ターセンが公爵に事情を話してくれたからね、公爵が間に入って侯爵家と話をつけてくださったから、とりあえずお咎めなしだよ」


「すみません……」

 と念話の向こうのメイレールに頭を下げると、彼女はフッと笑った。

「君が謝る必要はない」



「あんなドラ息子、恥をかくくらいでちょうどいいんだって」

「そ、そうですね、ら、乱暴はよくないですからね」

 ルミナとスミーリャの声も聞こえる。


「こちらのことは気になさらずに、しばらくお二人で過ごしてください」

 ソフィヤの優しい声に

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

 と返して念話を切った。


「後で、公爵様やターセン、みんなに御礼を言わないとね」

 背中に乗るアナスタシアがそう言うと、コールスは「うん」と頷いた。


 二人は今ゆるやかな山道の途中にいる。

 さっき「どこへ行くの?」とアナスタシアが聞いてきたとき、コールスは「秘密」といたずらっぽく答えた。


 脇道に入って少し行くと、森を抜けて視界が開けた。

「うわぁー!」

 少女は感嘆の声を上げる。


 そこは見晴台のように張り出した場所で、パワールの街が一望できた。

 家々から溢れる色とりどりの光で街は宝石箱のように輝き、さっきまで二人がいた晩餐会会場のホールも、その中心でひと際強く光を放っている。


「最近、パトロール中に見つけたんだ」

「素敵……」

 アナスタシアは声を弾ませると、コールスの背から降りてヒールを脱いだ。


 いつもより着飾っているせいか、そんな仕草にもどこか艶っぽさを感じて、コールスはドキッとしてしまう。


――何やってんだ、僕!いちいちドギマギしてる場合じゃないぞ!

 と自分を叱る。


 そう、ここへ来たのはアナスタシアに大事な話をするためだ。

 腹を決めて人間の姿に戻ると、彼女の隣に座った。


「いよいよ、明日だね」

 コールスが切り出すと、アナスタシアは「うん」と頷いた。


「あの山を越えていくんだよね」

 そう言った少女の視線の先には、白い雪を被った山脈がある。

 その先のどこかで、アルクマールは待っている。


「そうだね。アルクマールと合流したら、真魔族との戦いが始まる」

 真魔族の中枢には、アナスタシアを狙うギネバがいる。


――奴を倒さなければ、ナーシャに平穏は訪れない……

 コールスは少女の細い指に自分の手を重ねる。


「大丈夫、必ず君を守るから」

 という少年の言葉に、アナスタシアは


「うん……」

 と微笑み頷く。

 けれど、どこか寂しさと言うか、もどかしさを抱えているような反応にも見える。


 今なら、その理由も分かる。

 アナスタシアが求めている言葉は別にある、ということだ。


 コールスは小さく息を整える。

 このパワールに来た最初の夜に、アナスタシアの口から(こぼ)れた寝言。

 コールスの事を好きだと言ったあの言葉。

――あれが自分の聞き間違いじゃないとしたら……


「ナーシャ、君が好きだ」

「!」

「一人の男として、君が欲しい、君を愛したいと思ってる。いつか戦いが終わってもずっと君の傍にいたい、いさせてほしい!」


 コールスの言葉にアナスタシアは目を見開き、やがてその大きな瞳から涙が零れて急に顔を背けた。

「え、あれ?」

 ダメだったか、と一瞬背筋が凍る。

 だが、次の瞬間。

 

 ぺチン!

 とコールスは両頬を挟まれた。

「!!」


「もぉ、遅いよぉ……」

「え?」

「わだじも、ずぎ、だよぉ、大好きだよぉ!」


 目を真っ赤にして、唇をわななかせるアナスタシア。

「ずっどずっど最初から好きだっだんだから!でも、ごわくて言い出ぜなくて……」

 そう言って肩を震わせている。


「ご……」

 ごめん、と言いかけて、それではダメだと気づく。

 

 コールスは、しゃくりあげている少女を抱きしめた。

 アナスタシアも細い腕で抱き着いてくる。


 どれほど抱擁していただろうか。

 少し体を離すと、アナスタシアと瞳があった。


「やだ、お化粧が……」

 涙でメイクが崩れて恥ずかしいのか、顔を隠そうとする少女の手を優しく留めて、コールスは彼女の唇に自分の唇を重ねた。


 柔らかな感触と共に温かさが流れ込んでくる。

 もっと相手を感じたい、と互いの唇を求めあうと、頭も心も溶けていくような心地がした。

 

 あぁ、自分はこの出会いを求めていたのだと感じられる。

 この子を必ず幸せにしたい、いや、一緒に幸せになりたいと心から思えた。


 そのとき、パッと光が空に散った。

「!」

 思わず見上げると、大輪の花が夜空に咲いた。


 街を囲む川岸から花火が打ちあがり始めたのだ。

 次々と漆黒の空を彩り、音が谷にこだまする。

 

 前途を祝うかのような光と音の饗宴を、少年と少女は寄り添って眺める。

 遥か遠くでは、銀に輝く一等星が山の稜線から上り始めて、二人を導くように輝いた。




(第一部・完)


ここまでお読みいただきありがとうございました!

第二部開始まで、少しお時間をいただきたいと思います。

また皆様にコールスとアナスタシアの物語をお届けできるよう頑張ります!

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