81.アルクマール
「あ、あ……!」
その顔を見たアナスタシアは大きな瞳から涙を流し、口元を覆って泣き崩れる。
それを慌てて抱きかかえながら、コールスは水盤の上を見る。
――この女性が、アルクマール!
数百年もの間、世界を放浪している半妖精族の魔術師。
だが顔立ちはイメージと違って若い、というより幼いとすら言えるほどだった。
前髪の間から覗く緑色の瞳は、くりっとつぶらで、緩く結ばれた口元は猫を連想させた。
「長いこと放っておいて本当にすまなかったね」
水盤の上から優しい声で話しかけると、アナスタシアは「うぅん」と小さく首を振りながら、
「会えて、良かった……」
と嗚咽を漏らした。
すると女性は小さく笑って、コールスに声を掛けてきた。
「はじめまして、アルクマールです。どうやら、ナーシャがお世話になっているみたいだね」
「いえ、こちらこそ。コールスといいます」
「ありがとう、コールス君……本当ならこちらから連絡をとってお礼を言うべきなんだけど。実はちょっと立て込んでてね」
アルクマールは、わずかに周囲を伺うような仕草を見せる。
「すみません、マズい状況でしたか?」
「いや、大丈夫だよ。……正直に言えば、敵が迫ってるっぽくてね。まぁ、ダメそうだったらその時に言うから」
そう言ってアルクマールは横を見て、メイレールと顔を合わせた。
「久しぶりだね」
「あぁ」
顔を合わせるのは十年ぶりだという話だが、2人のやり取りはあっさりしていて、ある意味親友同士らしいともいえる。
――それに、長命のエルフやハーフエルフの時間感覚は僕たちと違うかもしれないな
とコールスは思った。
次いで反対に顔を向けると、ルシーラと目が合う。
「ルシーラもよく頑張ってくれたね」
「いや、問題ない」
ルシーラは静かに頷いた。
「ルシーラにはパワールに潜入してもらってたんだ。真魔族の手が街に及び始めていたから、その監視のためにね」
とアルクマールが解説する。
「それで、アイレーネさんの夢に干渉して、彼女に託したんですね」
「そう。小さいほうのルシーラは知らないだろうけど、“王の器”として覚醒して人格が替わっているときのルシーラからいろいろ報告は受けていたんだよ」
「ナーシャもそうですけど、“王の器”というのは本人とは別の意識を持っているものなんですか?」
とコールスが訊く。
「そうだね、ナーシャはルシーラを参考にして作ったから、意識の構造が似たものになっているね」
アルクマールは腕を組んだ。
「ルシーラは、超古代期の遺跡に眠っていたんだ。王の器というのは文字通り、国王や領主が自ら使役するものだったと言われてる。
超古代って、今と違って王が自ら軍の先頭にたってたらしいからね。剣にせよ魔法にせよ、戦闘能力に秀でていないといけなかった。で、彼らは突出した力を持つために、“王の器”という道具を作らせたってわけ」
「なるほど、他の者たちに追随を許さないほどの能力を欲したのですね」
スキル無限生成やスキル無効化など“チート”な能力が必要だったというわけだ。
「そういうこと。けれど、せっかくの“王の器”も、他のものに奪われて使われては意味がない。だから、王たちは自分たちだけが使えるような『仕掛け』を用意した」
「ど、どんな仕掛けですか?」
とスミーリャが口を挟んだ。
振り返ると、彼女の頬は紅潮し、前髪の向こうの瞳は輝いている。
超古代の技術が専門分野だから、黙っていられなかったのだろう。
アルクマールは微笑みながら、「君の名前は?」と問い返した。
「す、すみません!スミーリャといいます」
「ありがとうスミーリャ。仕掛けというのは『血』だよ」
「血?」
「そう。自分と最も近しい者、つまり自分の子どもを“王の器”に改造したんだ。そして血を起動キーにした」
「……!」
「自分の血と“王の器”の血。照合させて型が合えば、“王の器”としての意識が目覚めて、王の言うことを聞くようになる、というわけだね」
「……ナーシャも同じなのですか!?」
コールスは硬い声で問いかける。
「アルクマール、あなたの言うとおりに動く道具として生み出したのですか?」
コールスの腕の中でアナスタシアも息を呑んで生みの親を見つめている。
だが、魔術師はきっぱりと首を振った。
「いいや、違う。それは違うよ。確かにアナスタシアを“作った”のは私だけど、そもそも血のつながりはない。直接の親は別にいるんだ」
「どういうことですか?」
「順を追って説明しようか。私はある友人とともに“王の器”の研究をしていた。その過程でルシーラと会ったんだけど、彼女を調べるうちに、今度は自分たちの手で“王の器”を作り出してみよう、という話になった」
そう言いながらアルクマールはまっすぐにアナスタシアたちを見つめた。
「勿論、興味本位で扱うつもりは全くなかったよ。一人の人間として大事に育てるつもりでいた。ちょうど友人は子どもが欲しいと言っていた時でもあったからね。だから、友人の血を採取して、私の魔力核の一部をコアとして作ったのがナーシャなんだ」
「そのご友人がナーシャの実の親なんですね」
「うん……といっても」
アルクマールは目を伏せると、こう言った
「完成したナーシャが目覚めて間もなく、彼女は私たちを裏切って真魔族がわに寝返ったけどね」
「えっ!」
するとメイレールが口を開いた。
「そいつの名はギネバ。今は真魔族軍の参謀をしているよ」
次話は今夜投稿します。