75.二人の少女、一つの武器
ブオオオオオ!
巨人となったベイゲンの咆哮が辺りに響き渡る。
「うわぁぁ!」
「きゃああ!」
驚いた人々が広場から逃げていく。
「どうなってるんだい!?」
ルミナは巨人を見上げながら声を上げる。
コールスも同じように見つめた。
ベイゲンの胸の部分には石板が張り付いている。
石板の中心には紅い宝玉のような光の球があり、そこから紅い光が枝のように伸びている。
枝の光は石板からはみ出してベイゲンの頭や胴、手足に絡みついている。
紅い光は血液のようにドクドクと脈打って見える。
「え!?これがあんなになっちゃうの?」
ぎょっとしているアナスタシアの手から、コールスは慌てて石板を取り上げた。
しかし、いくら見ても何の変哲もない。
一体、あの石板には何があったのか?
そう思っていると、後ろの方でギャッと男の悲鳴が上がった。
振り返ると、ジンクの足元でログジュが気絶していた。
「隙を見て逃げようとしていたので殴っておきました」
とジンクは涼しい顔をしている。
「あ、ありがとうございます」
コールスはログジュの馬に乗せられていたルシーラをそっと下ろした。
「ルシーラ、ルシーラ!」
呼びかけると、少女はうっすらと目を開けた。
「ん、うん……ハッ!ど、どこですか、ここ!?」
気がつくと、ルシーラは戸惑った様子で周囲を見回していたが、巨人の姿を認めるとスッと表情が変わった。大きな瞳は緑色に輝き始める。
少し前にコールスたちを助けてくれた時と同じだ。
再び“王の器”として起動したらしい。
ルシーラは「あれはあの石板特有の現象」と言った。
「石板にトラップが仕掛けられている。鍵をもたないものがあれを起動させようとすると、暴走するという仕掛け」
「メイレールは無事だったってことは、彼女はカギをもってたってことか」
「おそらくそうなんでしょうね」
とソフィヤも頷く。
「それで、どうやったら巨人を倒せるんでしょうか?」
ターセンは首を傾げる。
「あの赤い珠を破壊すればいい」
ルシーラの答えに「わかった!」とコールスは弓を構えて矢を放った。
ギイン!
矢は間違いなく宝玉の中心を突き、その衝撃で巨人は後ろに倒れた。
地面が大きく揺れて周囲の悲鳴が大きくなる。だがーー
ブ、オオオ……
数秒後に巨人は起き上がり始めた。
そして、紅い珠はまだ健在だ。
「どうして!」
「……例えレベル99の技をもってしても、通常の武器では傷一つつけられない」
平然と答えるルシーラ。
「ちょっと、どうすんのさ!」
とルミナは詰るが、
「心配ない。方法はある」
ルシーラはアナスタシアの方を見ると、「こちらへ」と手招きした。
「え、なぁに?」
アナスタシアがルシーラに近づくと、
「私とキミとで一つの武器になれる」
とルシーラが言った。
「武器?」
「そう。キミのパートナーが使える武器に」
「わかったわ、どうすればいいの?」
するとルシーラは何も言わずにアナスタシアの額に自分の額を当てた。
直接、脳に方法を伝えるつもりらしい。
1秒後。アナスタシアは
「え!?」
と言って顔を真っ赤にした。
「そ、そんなのできないよぉ!」
突然恥ずかしそうにし始めたアナスタシアに
「恥じらっている場合ではない。これしか方法はないんだ」
とルシーラは静かに諭す。
アナスタシアは訝しんでいるコールスをちらりと見た後、
「うん、わかった」
と頷き、ルシーラと抱き合った。
その瞬間、少女2人の身体は緑色の光に包まれる。
光がはじけ飛ぶと、細い体は水あめのように形を変えて、大きな弓へ変化した。
「これって!」
驚くコールスの脳内にルシーラの声が響く。
「さぁ手に取って」
「え……!」
「お願い、コールス!」
とアナスタシアの声。
「う、うん!」
空中に浮いている緑に輝く弓を取ると、力がみなぎってくるように感じられる。
弦に手をかけて引き始めると、緑光の矢が現れた。
再び立ち上がりかけた巨人の胸に狙いを定めて矢を放つ。
矢は光の尾を引きながら一直線に飛び、石板の紅い珠に突き刺さった。
グオオオオ……!
珠はドクンと大きく脈打ち、赤い光が十倍ほどに膨れ上がって消えた。
そして石板から伸びた“枝”はあっという間に白く枯れてボロボロと崩れる。
巨人は膝を折り、その場に倒れる。
みるみるうちに身体は縮み、元の魔術師へと戻った。
「ふぅ……」
息をつくと、緑光の弓はぴょんとコールスの手から離れた。
再び空中に浮かんだ弓は再び光に包まれ、徐々に元の2人の姿に戻っていく。
だが、光が弱まるにつれ大変なことが分かってきた。
抱き合っている少女たちは白い肩が露になっている。
変身したときに光となってはじけ飛んでしまったのだろう。
「「マズい!」」
「いけません!」
そのことにコールスとルミナ、ソフィヤはいち早く気づいた。
コールスは慌てて背を向けて、自分が纏っていたマントをソフィヤに渡し、ソフィヤとルミナは自分のローブと合わせて急いで2人にかけた。
他の男たちも慌ててアナスタシアたちに背を向け、彼女たちを守るように囲いになって立つ。
やがて光が消えると、
「ふぇ?……え、えぇー!ど、どうして私裸なんですかーっ!?」
元の人格が戻ったルシーラの悲鳴が響いた。
「お、落ち着いて、ルシーラ……」
慰めるアナスタシアの声も恥ずかしさから少し震えている。
それを背中で聞きながら、コールスの脳内には先ほど見たアナスタシアの細い肩が蘇っていた。
――な、何思い出してるんだ、僕は!
慌てて自分自身を叱りつけたとき、
「う……」
ベイゲンの呻きが聞こえた。
ーー確保だ!
コールスは急いでベイゲンに駆け寄った。