73.反撃
別の隠れ家を用意する。
そう言われたとき、コールスの胸に浮かんだのは、歓喜ではなく疑念だった。
匿ってもらった場所から勝手に抜けだした以上、もはやアイレーネたちには、自分たちを庇う理由も義理もない、と思っていたからだ。
これ以上コールス達に協力して、教会や公爵家といった権力を敵に回してでも、彼らが得るものがあるのだろうか?
むしろ、敵にコールスを売り渡そうとしているのではないのか?
すると、その疑念の色を感じ取った様子で、アイレーネは苦笑いを浮かべた。
「どうやら、引き続き匿うなどと言って罠にはめて、敵に渡そうとしているのでは、と疑っているね?」
「それは――」
「いや、お前さんたちが疑うのも無理はない。確かに普通なら、ここで縁を切って追い出してしまうところだろうからね」
「そうしない理由がある、ということですか?」
それは何か?というコールスの問いに、アイレーネは頷いた。
「あぁ。……ルシーラのことでね」
ルシーラ。
“王の器”として覚醒し、アナスタシアを守った少女。
彼女は別室でまだ眠っていて、この場にはいない。
「今まで気づかなかったが、ルシーラもその、“王の器”というやつなんだろ?だったら、奴らは狙ってくるはずだ。あの子を奪われたくはない」
と、柳眉を寄せて苦い顔をしている。
確かに、このまま大人しく公権力の捜査を受け入れたら、ルシーラは連れていかれてしまうに違いない。
“スキルを無効化する”というのはかなり強力な能力だ。ぜひとも、ゴートセンたちは手に入れたいに違いない。
するとアナスタシアが声を上げた。
「そんな!ルシーラは私たちも助けてくれたのに!」
そしてコールスの手をとる。
「ねぇ、今度は私たちが助ける番だよ、コールス!」
コールスも「あぁ、そうだね」と頷き、アイレーネを見た。
「ルシーラを守ることに協力すれば、引き続き匿っていただける、ということですね?」
「あぁ、そういうことだ」
とアイレーネは微笑んだ。
「匿ってもらうのはありがたいけど、それで確実に奴らの手から逃れられるのかい?」
ルミナが疑問を呈する。
「確かに、隠れ場所を変えたとしても、アイレーネファミリーに捜査の的が絞られてしまっている以上、見つかるのは時間の問題のような気がしますね」
ソフィヤも思案顔をする。
「……僕も、隠れているだけじゃダメだと思う。態勢を整えたら、打って出よう」
「打って出る、ですか。具体的には?」
コールスの言葉に、ジンクから指摘が飛ぶ。
「ターセンを、彼の父上である、ビクセン・ヴィルネイス様の元へと届けます」
「俺が、正式にビクセン様の息子と認められれば、後継争いに終止符が打たれる、というわけですね」
とターセンも頷く。
今回の騒動の根源は、ヴィルネイス公爵家の後継争いだ。
ゴードセンは当主の座を兄から奪うため、関係する貴族の後ろ盾を得ようと多額の金を贈与している。
その金を得るために魔草を売りさばいている。
魔草の栽培に教会が、魔草の流通にスゲイルファミリーが関わっている。
それら全てを黙らせるにはこの方法が一番効果的だ。
「しかし、そもそもそれができないからわがファミリーを頼ってきたのでしょう。この状況をどう打開するのですか?」
ジンクが腕組みをすると、
「メイレールに近づいてみます」
とコールスは答えた。
コールスたちに敵対していると周囲に思わせながら、実際には元仲間であるアナスタシアのために諜報活動を行っているという女性。
――彼女の言葉を100パーセント信じるわけには、まだいかないけれど……
でも、もう一度彼女の様子を見て、真に自分たちの味方なのか確かめてみたい。
とコールスは考えた。
「確かにあの者の協力を得られるなら、心強いですが……」
実際に現場にいてメイレールの強さを知っているジンクは唸る。
「勿論、僕たちを欺いている可能性はあります。敵であった場合も考えなくてはいけません。そのとき彼女に対抗するための力が必要となりますが――」
そこでアイレーネが膝を叩いた。
「なるほど、そのときはルシーラの力を借りる、というわけだね?」
「その通りです」
「でも、ルシーラを王の器として目覚めさせた石板はメイレールが持ってるんだろ?それで操られたらどうするんだ?」
とルミナが首を傾げる。
「うん。でも、石板なら僕たちも持っているよ!」
そう言って、コールスはカバンから石板を取り出した。
アナスタシアが眠っていた遺跡から見つけ出した石板。
そして、ルシーラ本人が無意識のうちに惹かれていた石板。
――これなら、対抗できるかもしれない!
そう思ったとき、突如バキバキと何かが砕ける音が聞こえた。
「な、なんだ!?」
音はルシーラがいる寝室の方向からだ。
「た、大変ですっ!」
ジンクの部下が部屋に駆け込んできた。
「ろ、ログジュさんが、寝室の警備を破って、ルシーラを奪っていきましたっ!」
「!?」
「何ぃ!?」
コールスとジンクは同時に驚いた。
――ログジュって、昨日ルシーラとぶつかっていた男か!
コールスの脳裏を、厳つい男の顔がよぎる。
「奴め、敵方に売るつもりかっ!」
ジンクは唸るように叫んだ。
「行きましょう!」
コールスたちは駆け出した。
一目散に部屋の外へと駆け出した。