71. スキル無効化
“王の器”と呼ばれたルシーラは、その言葉に反応することなく、ゆっくりとアナスタシアのほうを振り返る。
その虚ろな瞳にどんな思いを宿しているのか、伺うことはできない。
するとルシーラはメイレールのほうに向きなおりながら、口を開いた。
「同胞に、手出しは、させない」
静かで、感情のない声。
アナスタシアが“王の器”として覚醒したときと同じだ。
そして今、ルシーラはアナスタシアを同胞と呼んだ。とすれば、
――やっぱり、ルシーラも王の器なんだ!
コールスは息を呑んだ。
メイレールは口元を緩めて「なるほど」と呟いた。
「さっきの光はナーシャだけでなく、君にも作用してしまったというわけか。この石板でナーシャは“オフ”になったが、それとは逆に君は“王の器”としてのスイッチが入ってしまったんだな」
女エルフが持つ石板をコールスも見つめた。
さっき、「王の器としての機能をオフにしたり、逆に目覚めさせることができる」と言っていた石板。
メイレールはアナスタシアを封じようとし、それは成功した。
だが一方で、図らずも新たな“王の器”を生み出したというわけだ。
まったく予想外の事態にも関わらず、メイレールは弓を張ったまま、落ち着いた様子でこう言った。
「とすれば、君もまた、ナーシャと同じようにスキルの宝庫というわけかな?」
その言葉にルシーラは首を振った。
「いや。私が、持っている、スキルは、ただ一つ。スキルを、停止させる、スキルだ」
「スキルを停止させる?」
オウム返しに呟いたメイレールに向かって、ルシーラはバッと手を突き出した。
「!」
弓を構えていたためか、それとも油断していたためか、メイレールの反応がわずかに遅れる。
カンと乾いた音がメイレールの篭手に響いた。
見ると、小さなナイフが篭手に刺さっている。
ナイフの柄からは細い糸が伸びてルシーラへと繋がっていた。
そしてルシーラから紅い稲妻が迸り出ると、糸を伝ってメイレールへと駆け抜けた。
「うっ!」
稲妻を受けたエルフは小さく呻く。
急いで糸を切ると、メイレールは自分の腕を見た。
その瞳には魔法陣が浮かんでいる。
自分の身体に何が起こったのか、鑑定スキルで見定めているのだろう。
切れ長の目がわずかに見開かれた。
「……なるほど、私のスキルを使えなくしたのか」
その呟きに、コールスも自分に残っていた鑑定スキルを発動させて、メイレールを見る。
確かに彼女に宿っている各種スキルの全てが、“使用不能”と表示されている。
――す、すごい!
アナスタシアの無限スキル生成も驚くべき能力だが、ルシーラが秘めていた力も規格外と言えた。
あっという間にメイレールの力を封じて、彼女に有利になっていた状況をひっくり返したのだから。
――この機を逃すわけにはいかない!
コールスは力を振り絞って体に刺さった矢を引き抜くと、振り向きざまにメイレールへと投げつけた。
「くっ!」
体を庇った腕に矢が刺さり、メイレールはたまらず距離をとった。
「……ふぅ、潮時のようだね」
そう呟くと、再び石板を掲げた。
赤い閃光が再び周囲を眩しく照らす。
そして2,3秒後には、メイレールの姿は消えていた。
それに伴って、あの巨人たちもまた霧のようにいなくなっていた。
「ど、どうなったんだ?」
と、コールスたちの後ろで戦っていたジンクたちも周囲を見回し、戸惑った表情を見せている。
そして。
放心していたコールスの目の前で、ゆっくりとルシーラの身体が倒れていく。
「!」
コールスは少女の身体を抱きとめた。
「大丈夫!?」
ルシーラに呼びかけるが、瞳は閉じられていて反応はない。
慌てて呼吸を確かめると、それは正常で、眠っているだけのようだ。
ホッと息をついていると、「うぅん……」と声がした。
アナスタシアの声だ!
「ナーシャ!!」
―コールスは安堵の息を漏らす。
「「コールス様!」」
ソフィヤとターセンがこちらに駆けよってくる。
2人とも無事だったようだ。
「ひどいケガ!すぐに治しますね!」
「まずは矢を抜かないと」
とターセンが矢を抜く手伝いをして、ソフィヤは杖を掲げて矢が抜けた部分から治療を始めた。
「奴ら、あっという間にいなくなっちまったね?」
屋根に上って戦っていたルミナも、地面に降りて辺りを見回す。
「ルシーラのおかげだよ。この子に僕も救われたんだ」
そう言ったとき、
「コールス?」
眠っていたアナスタシアが目を覚ました。
「ナーシャ、大丈夫?」
何度か瞬きをした後、アナスタシアは瞳をいっぱいに広げてコールスに駆け寄った。
そして、獣人姿のコールスにぎゅっと抱き着いた。
「!」
「ありがとう、コールス。守ろうとしてくれて!動けなかったけど、私ずっと見ていたから」
「見ていた?」
赤面するコールスに、アナスタシアは毛皮に顔を埋めながら頷いた。
「うん。体は動かないけど、意識はあって。その間、メイレールと話していたの」
「メイレールと!?」
コールスは驚いた。一体、彼女はアナスタシアに何を語りかけてきたのか。